「教育勅語」も「はだしのゲン」も、思想教育であることに変わりはない
『あれ、オレいまナニジンだっけ?』第10回

3月 03日 2017年 社会

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呉 亮錫(ご・りょうせき)

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作家、翻訳家。米ボストン大学国際関係学部を卒業後、雑誌編集者を経て独立。「第8回 真の近現代史観懸賞論文」(アパ日本再興財団主催)にて佳作受賞。著書に『「親日の在日」として』(LUFTメディアコミュニケーション)がある。在日韓国人三世(2016年12月に日本国籍取得)。横浜市出身。好きなものは、ミスチルと寅さんとベイスターズ。

学校法人「森友学園」をめぐる問題が、安倍政権を揺るがすスキャンダルへと発展している。ここまで安定した支持率を誇ってきた安倍晋三首相は、自民党の総裁任期の延長をやすやすと実現するなど、空前の長期政権に向けて着実に歩みを進めてきただけに、野党側は千載一遇の攻撃のチャンスを逃すまいと追及に余念がない。

問題のキッカケは、国有地が異様な低価格で払い下げられていたことだったが、気がかりなのは、ここにきて追及の矛先が学校法人の教育方針にまで及んでいることだ。

野党側やマスコミは、この学校が特定の思想を子供に教えたりしていることを、特に問題視している。報道によれば、同学園が運営する幼稚園の運動会で、園児が「安倍(晋三)首相がんばれ。安保法制、国会通過よかったです」などと選手宣誓していたという。

韓国では幼稚園児に太極旗を持たせ、「独島(竹島の韓国名)は我が領土」と叫ばせる大人たちもいる。問題になっている幼稚園の選手宣誓の話題が本当であれば、これに似たような異様さを感じずにはいられない。

その一方で、考える必要があるのは、国民には自分の望む教育を受ける自由があるべきだし、私立の学校にも教育内容を決める自由があるべきだという論点である。

安倍政権を追及する側は、この学校法人が子供たちに「教育勅語」の素読を行わせていることを問題視している。「教育勅語」が戦前の軍国主義の思想を子供たちに植え付けるものだという批判だ。しかし、「教育勅語」の内容の多くは、「親孝行をしましょう」だとか、「人格の向上に努めましょう」といった真っ当な内容であるどころか、むしろ教育上とても好ましいものである。

また、「国に危機が迫ったなら国のため力を尽くし、それにより永遠の皇国を支えましょう」という部分について、「重大事態があれば天皇のために命を投げ出せと子どもたちに教 え込むもの」などという批判もある(2月17日付「しんぶん赤旗」電子版)。しかし、当時は皇室の存在が国家と一体だと理解されていたためにこうした記述だったのであって、万が一の事態があれば、国民が国を守るために武器を取らなければならないことがあり得るのは、今日でも一緒である。

今回のスキャンダルに乗じて、「森友学園」と「教育勅語」と安倍政権を、すべて「戦前回帰」の危険な動きとして一緒くたに批判しようという流れが起きている。しかし、こうした論調は、思想教育から子供たちがまったく自由であることはできないという事実を忘れさせてしまう。

「教育勅語」が思想教育であるのと同様に、見方によっては、「はだしのゲン」も「火垂るの墓」も、あるいは日本国憲法ですら、特定の思想を子供たちに教える思想教育である。その内容がなんであれ、教育が思想から完全に独立していることはできない。

それならば大切なのは、子供が納得できる教育を選べるようにすることであり、もし子供が幼いのであれば、親が納得できる教育を子供に受けさせられるようにすることである。その意味では、「教育勅語」を教える学校は存在する意義があるし、それを望む親や子供がいるのであれば、そのニーズに応じて、様々な思想に基づいた多様な学校があるべきである。

問題は、「危険思想」という安易なレッテルを貼り騒ぎが大きくなることで、親や子供が自らの望む教育を受ける自由や権利が損なわれてしまうことだ。もっとも、本来なら無用のスキャンダルを生んでこうした自由が失われることがないように、土地の売り買いなどは、もっと透明なプロセスを踏んで行われるべきだとは思うが。

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