「文章を書く」ということ
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第111回

1月 19日 2018年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

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バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住19年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

のっけからいきなり愚痴で申し訳ないが、私にとってこの「ニュース屋台村」の記事を書くことは正直「プレッシャー」であり、大変な「苦痛」である。「ニュース屋台村の発起人の一人である」という使命感から、2013年7月17日の創刊号以来110回以上にわたり記事を投稿し続けてきたが、毎回、毎回生みの苦しみを繰り返している。執筆陣の中には、山田厚史さん、引地達也さん、佐藤剛己さんなど新聞記者としてのご経験を積まれた方が多くいる。こうした方々の記事を読んでいると、その着眼点の良さと情報の引き出しの多さにいつも畏敬(いけい)の念を持つ。それに比べて私の文章は銀行屋の企画書である。しかしながら私にはこのやり方しか出来ない。不器用な自分の性格を恨むしかない。

◆「小澤塾」での修業

ところが最近では、この「文章を書く」ことが全く出来ていない人が多い。バンコック銀行ではインターネットのメール機能を使い、銀行商品の質問の受け付けを行っている。このインターネットによる相談コーナーに「たった1行の質問文」しか送ってこない人に時々出くわす。たった1行の文章ではトラブルの内容や質問の背景が全くわからず、われわれとしても回答のしようもない。こうしたケースは極端なものであるが、一見まともな体裁を整えながら、内容が全く通じない文章もある。インターネットや携帯メールの発達によって、文章を書くことに慣れていない人が多くなっているようである。

バンコック銀行日系企業部で行っている新入行員研修、通称「小澤塾」では、銀行商品の基礎知識や貸し出しの基本を勉強する。毎回私が塾生に対して宿題を出し、塾生はこれらの宿題を英語で答えなければならない。塾生はバンコック銀行の商品群を知らないため、それらの商品の専門部署に聞きに行く。

しかし話はこれだけでは終わらない。宿題の回答に対し、私が「Why?」を何度も問いかけ、商品の背景となる事象や法律、また商品間比較や銀行比較などをさせていく。こうした過程を繰り返していくことにより、「自分の力で考え、理解する」癖をつけさせる。また、私が「Why?」を繰り返すことで塾生があいまいな判断をすることを許さない。塾生は「Yes」か「No」を自分が決定しなくてはいけない。メールのやりとりに慣れた現代の人達は、「好き」「嫌い」の価値基準でコメントをすることには慣れているが、物事の真偽について自分の責任で「決定をする」ことには慣れていない。判断を先送りしようとするのである。これを私は許さない。

こうした銀行業務関連の勉強以外に、私は塾生に対して講義中の6カ月間内に1本のレポートを書くことを課している。目的は、上述した講義とほぼ一緒である。レポートの内容は、世界経済や日本経済のようなマクロ分析、塾生の出身自治体の地方創生の提言などそれぞれである。しかし、大半の塾生は今まで本格的な文章を書いたことがない。また書いたことがあったとしても、他人の文章をつぎはぎし“それらしく”まとめるだけである。そんな彼らのやり方を私は一からぶち壊している。

◆データの収集・比較と因果関係の解明

まず私が最初に塾生にやらせることは、徹底したデータの収集である。インターネットの世界は「偽の情報」や「思いつき意見」であふれ返っている。塾生達はこうした文章の「コピペ」(コピーしてつなぎ合わせること)で済まそうとする。しかし私は、情報の真偽性について徹底して自分達で検証させる。

その際重要なことは、データそのものを長期的に見比べることと他者と比較することである。日本経済の分析を例にとってみよう。日本経済を分析するならば、データは30年程度集めなければ歴史的な大きな動きはわからない。しかし最近では、人々のモチベーションに働きかける「行動経済学」理論を錦の御旗(みはた)に掲げ、「短期的データだけを取り上げて楽観的な情報を流す」ことが日常化している。これは政府の情報操作であり、こうした楽観的な情報をそのまま伝える報道機関の姿勢にも憤りを覚える(経済専門誌などきちんとした情報を伝達する報道もある)。

日本経済を議論するならば「他国との比較」も重要である。より多くの国と比較して日本経済の立ち位置を知るようにする。日本経済を分析する際には経済関連のデータだけでは不十分である。人口、労働力、賃金、教育水準などなるべく多くのデータで他国との比較を行う。こうしてまず事実認識から始める。

次に行うことは因果関係の解明である。他国との比較を行う中で日本の優位性と劣位性のデータに特に着目し、日本と同様の優位性と劣位性を持った国を列挙し、共通点を見つけ出す。こうすることで日本の優位点、劣位点の原因がわかってくる。また各種データを見比べ、各種データのグルーピング(分類)をすることにより、思わぬ関係性が見えてくることがある。

こうした作業を行うためには、収集するデータの範囲は広いに越したことはない。こうした地道な作業を通じて初めて正しい事実の発見がある。レポートを書き上げてきた塾生の多くは、こうしたデータ収集と分析を自ら行うことによって、「いかに自分自身が間違った認識でいたか」、更には「いかに世の中には間違った情報が流布されているか」ということに気づく。

◆「マインド・ワンダリング」を制御する

さて、レポートを書く作業は、ここまででようやく半分である。次に塾生がやらなくてはいけないことは、自分なりの論理構築である。せっかく正しい情報を集めても、自分なりの論理構築作業を怠ると、これらの知識は雲散霧消(うんさんむしょう)してしまう。

心理学で「マインド・ワンダリング」という言葉がある。われわれ人間の生活のうち47%にも及ぶ時間は、過去の記憶を思い出したり、未来を漠然と想像したりする心の迷走状態にある。こうした心の迷走状態をマインド・ワンダリングと呼ぶのである。人はこのマインド・ワンダリングによって大きなストレスを感じる。これは「自分の考え方が確固たるものになっていないから生じるストレスである」というのが私の仮説である。

こうしたマインド・ワンダリングの状態をコントロールする方法が、自分の考え方を逐一論理化し、その論理を自分の記憶にとどめていくことだと考える。そして、この自分の考え方を論理化していくために「文章を書く」ことが必要になってくるのである。

このため、私が塾生にリポートに文章をまとめさせる段になってまずやらせることは、各種のデータ分析を基にして自分の論理展開の骨子を箇条書きで書かせることである。この過程を踏むことによって、自分で納得出来る考え方が記憶をつかさどる脳内の海馬(かいば)で整理される。
この過程でもう一つ重要なことは、この論理展開を自分で強くイメージすることである。人間が言葉を開発し使用し始めてまだ2千年しかたっていない。人間は言葉で考え方の整理を行うが、同時に視覚的に覚える努力をする方がより強く記憶されるのである。

◆「生みの苦しみ」から享受できるものがある

さて、ここまで来てレポート作りが完成するかと言えばそれだけではない。ここで改めて、読者に対してわかりやすい文章に手直しすることが必要となる。人間の思考回路は残念ながら、それほど複雑ではない。人間には約1千億のニューロン(神経細胞)と150兆のシナプス(神経細胞をつなぐ伝達網)があり、きわめて複雑な動きをする。

しかしそれが人間の論理となると、単純な一次方程式のレベルになる。すなわち、他人に理解してもらう文章を作るためには、この一次方程式を簡潔につなぎ合わせた明快な論理展開が必要となる。自分の論理構成を構築した後、他者に理解してもらいやすいように内容を整理し、その内容に基づいた明快な文章作成が要請される。

小澤塾の塾生にとって、こうした作業は今までに経験したことがない。私は塾生のレポートに対して数十回も「ダメ出し」をする。多くの人は私の「ダメ出し」の理由がわかっていない。それも「むべなるかな」である。なぜなら私がこのようなことを理解するようになったのは、この「ニュース屋台村」を書き始めてからだからである。

塾生にとってのレポートを書くことに伴う「生みの苦しみ」が、私にはこの「ニュース屋台村」に記事を2週間ごとに投稿するたびにやってくるのである。それでも私は投稿し続けている。この苦しい作業を通じて「新たな発見」「自分なりの考えの整理」「情報の引き出しの増加」など多くの有益さを享受しているからである。われと思わん方はぜひ、「ニュース屋台村」にご執筆あれ!!!

※『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』過去の関連記事は以下の通り
第78回 英語の出来ない日本人―「小澤塾」のチャレンジ
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第73回 日本企業の営業力不足を憂う
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第60回 新年に振り返る師走の光景
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第50回 銀行貸出と稲盛経営哲学
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