「焼け焦げる国々の中南米」と中国(上)
『中南米徒然草』第2回 

9月 19日 2018年 国際

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石井清史(いしい・きよし)

グアテマラ・カトリック大学留学後、外務省勤務。在コスタリカおよび在ボリビア日本大使館参事官、ブラジル・リオデジャネイロ広報文化センター所長などを歴任。中南米生活35年余。退職後の現在はエルサルバドルに在住。専門は存在論を中心とした哲学。40年来取り組む人生の課題は、仏教とキリスト教の比較研究、日本文化・東洋文化と西洋文化の全般的比較研究。

伊藤千尋氏が朝日新聞サンパウロ支局長としての取材経験を基に1998年に「燃える中南米―特派員報告」を著してから、20年が経過した。90年代以降、かつては中南米で吹き荒れた軍事政権は終焉(しゅうえん)し、現在の中南米は「離陸」して巡航速度を保っている国々と、いまだに東西冷戦時代の古典的思想から抜けだせず「21世紀の社会主義」を標榜(ひょうぼう)する国々との乖離(かいり)が拡大している。中南米の現状とそこに食指を伸ばそうとしている中国の動向を、筆者が生活するエルサルバドルを例に取り、2回に分けて報告する。

◆中南米の混沌とした現状と中国の急接近

メキシコは既に経済協力開発機構(OECD)の一員であり、チリ、ペルー、コロンビアは中産階層の拡大がベースとなり、左右に大きくぶれない政治状況が奏功して、目覚ましい経済発展を遂げている。ブラジルではルーラとルセフの両元大統領のブラジル労働党(PT)政権は超巨大な国営石油公社(PETROBRAS)の収益から50億ドル以上の組織的横領を行い、これが暴かれ、ルーラには実刑判決、ルセフは国会の弾劾により罷免されたことは記憶に新しい。更に、このPT政権時代にブラジルの巨大建設企業オデブレヒト(Odebrecht)がブラジルのみならず、ほとんどの中南米各国の公共事業を巨額な賄賂で獲得したこと、関係各国でほとんどの贈収賄が暴かれたことも記憶に新しい。

既に起訴され実刑判決が確定しているルーラ元大統領は今年の大統領選挙に出馬しようとしたが、最高裁より阻止されている。ボリビアのモラレス大統領は既に国民投票で3選が禁止されたにもかかわらず、大統領選に立候補している。

既に離陸した国々は抽象的時代錯誤の思想ではなく、極めて現実的に歴史的縦軸と国際社会といる横軸の視野の下に、自らの存在位置を確保しつつある。

ベネズエラでは文字通りの独裁政権が強化されており、米州機構(OAS)のアルマグロ総裁は制裁決議を何度も試みたが、ALBA諸国(米州ボリーバル代替統合構想=キューバ、ベネズエラ、ニカラグア、エクアドル及カリブ8か国が参加)の反対があり、3分の2以上の支持を得られずに今日に至っている。既に難民化した3百万人近くのベネズエラ人が隣国のブラジル、エクアドル、コロンビアに避難している。また、ニカラグアでは独裁強化に反対するデモ隊に治安当局が実弾発砲し、既に300人以上が死亡している。この極端な人権侵害状況に対して国連は監視団を派遣していたが、オルテガ大統領により国外退去を余儀なくされている。

こうしたラ米の混沌(こんとん)とした状況下で、中国は「一帯一路=新シルクロード構想」をラ米にも適用しようとしている。ラ米諸国が軍事政権であった時代には日本の報道機関はこぞって書き立てたが、「21世紀の社会主義」を標榜するエセ極左政権が国家を私物化し、横領・汚職・麻薬にまみれ、治安は悪化の一途、経済破綻(はたん)と失業激増により、難民化した国民が続々と国外に避難している。こうした現況下で中国は新シルクロード構想を具体化するべく、豊富な天然資源と農産生産活発な国々、そして経済破綻と債務で動きの取れない国々に食指を伸ばしている現状は日本ではほとんど報道されていない。

筆者が居住する中米のエルサルバドル(以下エルサル)もその例外ではなく、8月20日に台湾と外交関係を断絶し、中国と急激に接近している。筆者は中南米諸国に40年余、勉学し、外交官として在勤し、退職後はエルサルに在住している。以下、第一に、この国の混沌と中国との急接近の事実関係を例に取り、第二に背景を説明し、第三に日本のあるべき立場について小論を試みたい。

◆エルサルバドルの現状と中国

エルサルの元極左武装ゲリラ・ファラブンド・マルティ国民解放戦線(FMLN)政権は、前フネス政権後は来年6月までのサンチェス政権と現在7年半継続している。フネスは約3.5億ドルの横領容疑とさまざまな収賄容疑で検察庁が捜査を開始するやいなや、「政治亡命」と称して、ニカラグアに逃亡した。彼の国外逃亡にはサンチェス現政権が関係しており、同政権は現在もフネスに生活費を送金し続けている。フネス政権時の検事総長は横領・収賄容疑で起訴され、実刑が確定して収監されている。更に、かの有名なギャング組織マラスはエルサルに数グループあり、フネスは「和平手打ち金」と称して、2大ギャング組織に2百万ドルを支払っている。これでマラスによる被害が収まったかというと、全く逆で、窮鼠(きゅうそ)猫を噛(か)むのごとく、マラスに暗殺された今年の治安当局(軍人・警察官)の数は既に200人以上である。既に国庫は破綻し、国債の発行及び世銀や米州開発銀行(IDB)の融資によりかろうじて息をつないでいるが、返済のつけは重くのしかかっている(17年の債務総額は181億ドルで国内総生産〈GDP〉の60%以上に相当。最近7年間で年平均10億ドルのペースで増加中だ)。

歴史の古今東西を通じて、極左思想に経済発展モデルがないことは中国を例外として証明されており、FMLN政権も例外ではなく、既存のパイの奪い合いである。かつての右派政党・民族主義共和同盟(ARENA)政権時代の経済発展は低減し、極端な治安の悪化もあり、実質上の難民と言える米国中心の出稼ぎ移住は後を絶たず、米国への出稼ぎ移住者数は200万人弱に上っている。行政への信頼は地に落ち、既にベネズエラやニカラグアと同様に焼け焦げつつある(なお、FMLN政権の誕生については、拙稿「中南米徒然草」第1回「『中米の日本』を目指した国、エルサルバドル」(14年6月6日)をご参照願いたい)。

来年2月に大統領選挙を控えるエルサルでは、国民の大半は行政能力のないFMLN政権に愛想をつかしている。外交筋や政治情勢分析筋の見方では、FMLNの大統領候補(マルティネス前外相)が勝つ見込みはほとんどなく、悪くても決選投票に持ち込まれた場合、ARENA候補のカルロス・カジェハ氏(エルサル最大のスーパーマーケット創設者の孫でカジェハ企業グループの副社長)が勝利すると大半の国民が信じている。

来年6月にはFMLNからにARENA政権交代されることは確実な状況であり、既にカウントダウンが始まっている。この時期に中国がFMLN政権に大接近し、8月20日、エルサル政府は台湾政府と国交断絶を発表した。

FMLN政権と中国の思惑は何なのか。次回、詳述したい(以下、次号に続く)。

※『中南米徒然草』過去の関連記事は以下の通り
第1回「中米の日本」を目指した国(2014年6月6日)
http://www.newsyataimura.com/?p=2343#more-2343

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