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コルビュジエの小さな作品から見る「人と空間」
『ジャーナリスティックなやさしい未来』第79回

5月 27日 2016年 社会

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引地達也(ひきち・たつや)

コミュニケーション基礎研究会代表。就労移行支援事業所シャローム所沢施設長。ケアメディア推進プロジェクト代表。毎日新聞記者、ドイツ留学後、共同通信社記者、外信部、ソウル特派員など。退社後、経営コンサルタント、外務省の公益法人理事兼事務局長など。東日本大震災直後から「小さな避難所と集落をまわるボランティア」を展開。

◆世界文化遺産登録へ

東京・上野の国立西洋美術館が建築家ル・コルビュジエ(1887~1965)の作品群の一つとして世界文化遺産に登録される見通しとなった。フランスをはじめとしたヨーロッパ、インドの教会など世界に点在する作品群のうち東アジアでは唯一の建物であるのだが、私個人としては、彼の小さな作品に魅力を感じ、それは思想を変革させるようなインパクトを伴うほどの力強さがあると考えている。

本欄2015年1月16日の第34回「コルビュジエの思い、小さなハードウエア」で記したように、両親のためにスイス・レマン湖のほとりに建てた「小さな家」、そして晩年、南仏のマルタン岬に妻イヴォンヌに捧げたともいわれるキャバノン(休暇小屋)、この二つの小さな作品に引き付けられるから、私はコルビュジエを慕う。都会では「狭小住宅」と呼ばれそうな、その空間にはぬくもりという思想がある。

◆純粋なストーリー

今回の世界文化遺産登録は、フランス、ベルギー、ドイツ、スイス、インド、アルゼンチンと日本にまたがる7か国の計17作品。特に有名なのはフランスのサボア邸、ロンシャンの礼拝堂、インド・チャンディガールの都市計画となり、国立西洋美術館は地味な存在と言える。それでも元文化庁長官の青柳正規・東京大名誉教授が「近年、世界遺産や記憶遺産がナショナリズムを担っているような面があるが、今回の推薦は国際的で人類共通のものといえる」(16年5月18日付朝日新聞)と言うように、文明という広さや人類という単位でみる場合、日本の列記されることは、文明の中において意味あるものであろう。「これほど離れた地域の文化財が、1人の名前でまとめて世界遺産になるケースはほとんどないはず」(イコモス国内委員長・西村幸夫東京大教授、16年5月18日付朝日新聞)であるならば、その文明のつながりの一部としての世界文化遺産を上野からアピールできる良い機会である。

この文脈の中で、先ほど挙げた二つの「小さな作品」に光が当たることを私自身は望んでいる。一つは両親のために、一つはロマ人とされる妻イヴォンヌに捧げたといわれる作品には確実なストーリーがある。建築の依頼主の考えに沿うわけではなく、自分が自分の大切な人のために建てるもの、という純粋な動機。それは河原のシロツメグサで首飾りを作るような純粋な制作意欲から導かれたと解釈したい。コルビュジエは77歳で休暇小屋近くの海で亡くなっているが、この事実もストーリーの一部に思えてしまう。

このストーリーの中に登場する建物ものは、豪華でもなく、壮麗でもない。自然との調和の中で、質素でひっそりとしたたたずまい。小さな家は約60平方メートル、休暇小屋は16平方メートルでしかない。人が傍らにいれば、その呼吸の音さえも聞こえてくるほどに、小さい。そして、私はそれが人間のサイズなのだと考えている。

◆ぬくもりに希望

小さな空間には、生活の豊かさと愛情が詰まっている、とも評価されるが、建築家の西沢立衛(にしざわ・りゅうえ)さんは「生きることの喜びがあふれ、また人間の未来を感じさせる」と話す。1923年に設計し、25年に完成した小さな家を「これからの生活はどんなものか、どうあるべきかということを、住宅をつくることで表現してみせた」と評価する。

大きさは日本において高度経済成長のアパートや長屋を連想させる。そこで人はひしめき合うように暮らしていた。今となっては、子どもの頃の昭和の思い出。私は懐かしさと幸せに向かう人のにおいがする空間の中にいた。その空間を懐かしく思いながら、コルビュジエが訴えたかったのは、関わり合う者同士の空間コミュニケーションであり、それは決して「大きいものではない」ということなのだろうか。

小さいことがよいことである――。そんなメッセージであるならば、私はそこに人のぬくもりとともに希望を見いだしている。

関連記事は以下です。
コルビュジエの思い、小さなハードウエア
https://www.newsyataimura.com/?p=3735

■ケアメディア推進プロジェクト
http://www.caremedia.link

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