п»ї トランプ大統領就任で変わること 『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第86回 | ニュース屋台村

トランプ大統領就任で変わること
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第86回

1月 27日 2017年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

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バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住19年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

ドナルド・トランプ氏が1月20日、第45代米国大統領に就任した。その就任演説はテレビなどで何度も放映され、日本のマスコミでは多くの解説記事が出されている。しかしその大半が、トランプ大統領に批判的なものである。日本のマスコミによるトランプ大統領への批判は以下のようなものに集約される。

①米国第一の強権主義は世界の秩序を混乱に陥れる。特に対中国強硬路線は米中戦争の危険を高める

②保護貿易主義の経済政策は新自由主義、グローバリズムの中で謳歌(おうか)した繁栄を奪う

③移民排斥などのポピュラリズム施策は人道主義に反し、ひいては米国経済の活力を奪う

④保護主義と規制緩和など政策が矛盾だらけで今後どうなるかわからない

⑤白人主義者、女性蔑視主義者であり人格的に問題

⑥保護主義は日本企業に不利益を与える

こうした批判を見るにつけ、過去20年にわたり、米国が推し進めてきた「グローバリズム」「新自由主義」「人権主義」にすっかり洗脳されてしまった日本のマスコミや知識人に驚愕(きょうがく)する。トランプ大統領によって今、自分達が信じていた価値観が否定され、それにあわてふためくとともに、こうした施策を打ち出したトランプ大統領の人格や能力にまで攻撃を加えている。

また、トランプ大統領の新施策が日本に与えるであろう影響も、今になって強調する。しかし過去20年間、日本はアメリカの推し進める「グローバリズム」「新自由主義」や「人権主義」から日本は何らかの恩恵を受けたであろうか? 日本の名目国民総生産額は1990年代から500兆円で横ばいである。

◆三つの概念とその変容

そもそも、現在当たり前に信奉されている「グローバリズム」「新自由主義」「人権主義」の三つの考え方は、90年ごろになって生まれてきた概念である。89年の「ベルリンの壁崩壊」に象徴される東欧革命により、米国とソ連(当時)の冷戦は終結する。

政治的、軍事的に世界の覇権を確立した米国は従来、国防総省(ペンタゴン)や航空宇宙局(NASA)に蓄積されていた分散系コンピューターシステムの仕組みを一般開示し、パソコン技術の飛躍的に進展させた。一方で86年の英国のビックバンに端を発した世界的な金融地図の変更の中で、米国も次々と金融規制緩和を行い、金融業務を「金のなる木」へと変えていった。こうして冷戦終結と時を同じくして発足した米国の新たな二大産業はその性格からグローバルな側面を持つ。米国はIT産業と金融産業を儲け頭として繁栄を狙い、グローバル経済の進展を図った。これが政治的には「新自由主義」であり、各国の閉鎖的な制度をこじ開けるための「錦の御旗」となったのが「人道主義」である。

一方、経済的には第2次世界大戦以降、社会福祉型資本主義が採用される。29年の世界大恐慌の教訓と、その後発足した社会主義への対抗から、一定程度の分配の平等が目配りされたのである。

しかし、米国経済学会では「シカゴ学派」と呼ばれる「新自由主義経済論」が徐々に勢いを増し、これとともに株主資本主義が世界の潮流となっていく。企業の所有者(オーナー)と経営者が同一であった頃、経営者にとって企業価値は企業活動そのものによって高めていくことと考えていた。ピーター・ドラッカーの経営学や稲盛経営哲学がこれらの考え方を代表していた。しかし、企業の所有と経営が分離し投資家が企業の所有者となると、これらの投資家は従来の所有者と全く異なる態度を取る。企業を実力以上に良く見せ、将来的な株価値上がり(キャピタルゲイン)を利益の源泉とするようになる。著名な英国の経済学者であるケインズがその著書の中で「株式投資は美人投票なものである」と述べたが、株式資本主義の本質をついた言葉だと思い知らされる。こうして欧米の投資ファンドは世界の株式、証券市場を圧倒し、キャピタルゲインを享受した。2016年の日本の株式市場の売買高の60%は外国人投資家によるものであり、彼らはしっかり日本でも収益を得ているのである。

こうして米国は自分達のイデオロギーを各国に押しつけながら、世界各国の市場をこじ開け、収益機会を増やしてきた。しかしこれらの政策の綻(ほころ)びが顕在化したのが、08年のリーマン・ショックと09年のイラク戦争からの撤退である。株主資本主義はそもそも、資産価値を膨らませることにより利益を確保するが、欧米諸国の金融緩和によって投資総額を増やしたファンドはその投資対象を不動産、石油、資源などに拡大し、世界中にバブルを引き起こした。しかしキャピタルゲインによる利益は所詮(しょせん)、「ババ抜きゲーム」である。誰かが得すれば、誰かが損をする。こうして巨大な経済的インパクトを持って実現されたロスカードがリーマン・ショックである。

一方、1991年イラクのクウェート侵攻から始まった湾岸戦争はいったん収束するものの、2001年3月11日の米同時多発テロを契機にブッシュ大統領は03年、再度イラク戦争へと突入する。米国を始めとする多国籍軍は圧倒的な軍事力でフセイン大統領を打倒したものの、その後のイラク統治に失敗する。「軍事力で一時的に政権を倒せたとしても、軍事力で統治が出来ない」という事実を世に知らしめてしまった。

08年ごろの米国は、従来掲げていた「グローバリズム」「新自由主義」「人権外交」が曲がり角に来た時期であった。そしてこの時期、米国大統領に就任したのがバラク・オバマである。オバマ大統領は、ブッシュ政権下での政策の大幅な転換を試みようとした。米国の主流経済学であるマネタリズムから脱却し、財政政策による景気浮揚を試みた。リーマン・ショックを起こした金融機関の暴走を抑えるために金融機関を規制するドット・フランク法を制定した。社会的公平性を実現するため、医療保険改正(オバマ・ケア)を断行した。また外交上は、イラク戦争からの撤退を表明し、世界の治安に対する米国の介入を限定的にする試みを開始した。

◆米国「一強」体制崩壊の行き着く先

しかしながら、オバマ大統領の現実的かつ社会福祉重視の政策は既得権益層からの反発により、中途半端な政策になってしまった。オバマ氏は国民からの支持を最大の武器として大統領となったが、カリスマ性を持たず現実的であるがゆえに国民からの支持が離れていったのは皮肉な結末である。こうした流れの中で、トランプ氏が米国の大統領に就任した。

歴史には、その時代の経済状況、社会体制、軍事バランス、それに対する人々の考え方などにより必然性を持った動きがある。一方で、そうした状況の中でも指導者の個性や資質、考え方により、世界が動くこともある。まずは経済状況や社会体制から来る、世界の大きな動きを見てみたい。

まず経済体制であるが、1980年ごろから顕著になった株主資本主義については、すでに投資家が巨大化している中でこれに代わる経済システムは生まれてくる可能性は少ない。第2次大戦当時には福祉型資本主義が志向されたが、先進国の中間層の没落からこの福祉型資本主義への巻き戻しが起こる可能性が無いとはいえない。ただし、大きな社会制度の変更や政治制度の改革なければ、「利益と所有の分離」が破壊されることはないだろう。

政治制度は、絶対君主制への回帰を恐れて発達した議会制民主主義により「三権分立」などの制度的抑制が開発されたものの、第2次大戦以降は一部特権階層のための政治が横行し始めた。これに対して強い反発が起こったのが、英国のEU(欧州連合)離脱であり、今回のトランプ大統領誕生である。インターネットの普及から感情的意見が瞬時に拡散する世界が具現化し、世界中にポピュラリズムが広がってきている(『ニュース屋台村』1月13日号拙著第85回「インターネットで加速する虚構の世界」をご参照ください)。

一方、軍事外交面を見ると、米国の「一強」体制は崩れれば米国は自国への回帰を図っていく。2012年12月に米国家情報会議が発刊した「グローバルトレンド2030」(4年に1回発刊)によれば、米国は30年までに覇権国家としての地位を失うと述べられており、米国自身が自国の弱体化を予想している。

オバマ大統領が世界レベルでの軍備縮小を打ち出したのはこの流れであり、トランプ大統領のアメリカ第一主義はこうした米国の現状を素直に表現したものに他ならない。「米国は今一度自国に回帰し、力を蓄えてから世界に打ってでる」というトランプ大統領の意思表明である。トランプ大統領のもとでは「人権主義」は放棄され、各国が主権国家として存在する時代に戻るのである。

◆政治理念を軽視し経済原理で判断

さてここまで見てくると、トランプ大統領の基本政策である①軍拡路線②移民排斥③保護主義貿易④雇用創出――などの施策は世界の潮流と軌を一にしていることがわかる。トランプ大統領はこうした世界の動きについて大衆に向かって「直接的かつ感情に訴えかける言葉」で語っているに過ぎない。

しかし一方で、トランプ氏の個人的資質や生い立ちから来る波乱要因もある。トランプ氏は生粋の政治家でないが故に、政治理念を軽視し経済原理で物事を判断することも増えるであろう。これは他国との外交交渉では弱みとなる可能性がある。また既存特権階級である、保守本流財閥、IT成功者、金融業者とボピュラリズムの中でどのような調整を図っていくのであろうか? トランプ氏自身による個性や資質で左右される政策が残っている以上、この面についてはもう少し様子を見ていく必要があろう。

※『ニュース屋台村』過去の関連記事は以下の通り
第85回「インターネットで加速する虚構の世界」
https://www.newsyataimura.com/?p=6260#more-6260

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