トランプ次期政権下で気になる米国の税制改革
『国際派会計士の独り言』第10回

11月 29日 2016年 経済

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国際派会計士X

オーストラリア及び香港で大手国際会計事務所のパートナーを30年近く務めたあと2014年に引退し、今はタイ及び日本を中心に生活。オーストラリア勅許会計士。

英誌エコノミストと連携して出している日経BP社の『2016世界はこうなるThe World in 2016』を最近になって読み返してみました。

昨年、15年版については、同誌の予想がある程度当たっていたのかあまり強い印象はなかったと記憶しますが、16年版については、一つ目は昨年末時点の予測ではほぼ予想していなかった英国のEU(欧州連合)からの離脱決定(Brexit)とその衝撃があります。そして次に、米国でのヒラリー・クリントン候補の大統領選挙の勝利とその後に続く議会の過半数を占める共和党との確執を予測していました。しかし、大方の予想を裏切る形で共和党のドナルド・トランプ氏が勝利。来年1月に第45代大統領に就任し、トランプ政権が誕生することとなりました。

◆現実路線へ修正の可能性も

政治経験はないもののトランプ氏はメディアや不動産を中心として露出度の高い成功したビジネスマンです。大統領候補となってからの言動は、選挙公約として発表したものに比べてより受け入れやすく、より現実路線に変えているようで、更にこの傾向は続くのはあり得るところだと思います。

ただし、例えば、過激とも言える移民政策、TPP(環太平洋経済連携協定)離脱も含めアメリカ第一主義とも言える外交政策や通商政策などかなりの部分は、今までオバマ政権下で自由主義に基づいてとられてきた政策の大幅変更となることは間違いなさそうです。

このように今後、オバマ政権での政策の修正・廃案もあり得るかもしれません。こうした中で、トランプ氏が選挙運動期間中に掲げた公約のうち、税金関連については既に米ドル高・株高(2016年11月29日時点)が起こるなど今後の世界経済にとっても大きな影響を及ぼす可能性があります。私は米国税制については基本的に門外漢の立場ですが、以下に私なりの解説と検討をしたいと思います。

◆「大幅減税と簡素化」トランプ税制改革案

トランプ氏の税制上の政策提案について昨年12月と今年10月に解説、分析している米国の超党派シンクタンク、タックス・ポリシー・センター(The Urban Institute & Brookings Institution Tax Policy Center-TPC)でまとめているので主なものを引用させてもらいます。

1. 個人所得税関連
*現行の10%〜39.6%の範囲で7段階に区分された累進税率を12%、25%、33%という3段階に簡素化すると共に減税
*標準控除(Standard Deduction)を1万5千ドル(独身者)と3万ドル(夫婦合算申告)に引き上げ
*医療費、支払利息、勤務関係諸経費や寄付金などの項目別控除(Itemized Deductions)に対する控除枠上限を10万ドル(夫婦20万ドル)に設定
*人的控除(Personal Exemption)の撤廃
*子供などに対する扶養経費控除導入
*投資収益所得税3.8%の撤廃

2. 相続税・贈与税関連
*連邦相続税(Estate Duty)・贈与税 (Gift Tax)の廃止
*死亡時のキャピタルゲイン課税(500万ドルまでの控除あり)

3. 事業法人税関連
*現行15%から35%までの8段階の税率が適用される法人税率の15%までの引き下げ
*パートナーシップなどでの個人パートナーへのパススルー課税所得に対する税率の15%への引き下げ
*税法上の特別措置の撤廃
*法人代替ミニマム課税制度(Alternative Minimum Tax)の撤廃
*国外子会社からの配当所得に対する10%での課税(10年間の時限立法)
*国外子会社の留保利益に対するみなし課税

4.医療費負担適正法に伴う高額所得者投資課税(Affordable Care Act Taxes)の廃止

トランプ氏の税制改革提案は以上の通り、基本的に大幅減税を行うとともに簡素化していくというものであると思います。

◆ドル高の背景に巨額の国外留保利益の還流見通し

法人税関連でいうと、「ニュース屋台村」の2016年9月30日号の拙稿(第6回)でも取り上げましたが、米配当課税制度の齟齬(そご)からアップル社を含む米国企業の留保利益のうち国外にたまっているものが約250兆円にも及ぶといわれています。トランプ氏の税制改革案が導入されれば、国外留保利益に対する課税案と配当所得に対する一時的な優遇制度によって、かなりの部分の国外留保利益が米国に還流する見通しだとされます。

このため、一部の予想に反して既に米ドル高(と日本や新興国の通貨安)や株高が起こっているともいわれています。海外からの留保利益が配当という形で米国に還流し企業の納税額が大幅に増えることは当然、税収増につながり、一定の経済効果は期待できるのだろうと思われます(ただし、留保してきた海外子会社によって既に海外で支払われた法人税がもし米国で控除が出来ない場合は二重課税になり得ることを懸案材料に挙げている米国の識者もいます)。

米国で法人税率が大幅に下げられ、NAFTA(北米自由貿易協定)やTPPからの離脱が現実となり、新興国などからの輸入品に高い関税が掛けられるなどした場合、一部の海外の生産拠点は米国に戻ってくる可能性はあります。ただし、既に製造サプライチェーンが海外で確立され、新興国などで低賃金などでの生産体制で代表されるグローバル化された経済の中で、どこまでその効果が出るかは疑問が残ると言えます。

また、法人税が低率で相続税もない米国がいわゆるタックスヘイブン(租税回避地)対象国になるのか、例えば一般的にタックスヘイブンと認識されている香港の法人所得税率は16.5%、これを下回るhttp://www.newsyataimura.com/?p=5914#more-591415%という税率の脅威が各国の法人税引き下げ競争を招かないのか今後注目されます。

個人所得税でいうと、上位1%の高額所得者、例えば、100万ドル以上の所得のある納税者については、もしこのままトランプ改正案が導入される場合、ニューヨーク大学のバチェルダー教授によれば、彼らには30万ドル以上の減税効果が見込まれるという意見もあり、まちがいなく大幅な減税が見込まれます。一方、低・中所得者のかなりの部分(一説には半分近くの納税者)は、一定の減税は見込まれるものの、税額が元々低かったりするために減税効果をほとんど享受できないのではと指摘されています。

民主党候補だったクリントン氏の提案では、500万ドル以上の所得について4%の上積み増税をする案やキャピタルゲイン課税強化などで富裕者に対する課税案が目玉になっていました。トランプ改正案は共和党の税制改革草案に沿って立案されているといわれており、米国が抱える大きな課題の一つとされる所得の不均衡がさらに進んでしまうようで問題だと感じています。

連邦遺産税・贈与税についても、既に富裕層はファミリー・トラストや慈善団体への寄付などいろいろな節税対策がとられていると思われ、税収の中での割合は0.2%程度でそれほどインパクトはないのかもしれません。また、死亡時のキャピタルゲイン税導入もあるにはありますが、米国にとっては今以上に富の偏在を是認する要因となるのではなり得ると思います。

『2016世界はこうなる』によれば、国際NGO(非政府組織)オックスファムの推計では、世界の人口の1%に当たる裕福な人たちの富の累積は残りの99%の人々の富の累計を今年中に超える見込みと指摘されています。世界で最も豊かな米国でのこうした動向が、諸外国でも問題視されている富の配分の是正についてどういう影響を与えるのか心配しています。

◆10年間で600兆円規模の税収減

これらの税制改革案は昨年12月にトランプ税制改革案として発表されて以降、かなりの見直しをされてきましたが、トランプ氏が大統領就任後に決まる最終案に至るまでには更に見直しが加えられる可能性はあると思います。

ただし、少なくとも今の段階では10年間で600兆円規模の税収減が見込まれており、トランプ氏は一連の減税やインフラ投資、米国への生産拠点などの回帰などを通じて得られる経済成長による財政好転が生ずると想定していると思います。

トランプ氏が大統領に就任する来年1月20日以降、潜在的に膨大なコストを含んでいる税制改革を含め、新政権がどう舵取りをしていくのか懸念はいっぱいですが、注目していく必要があると思います。

※「ニュース屋台村」 関連記事は以下の通り
第6回多国籍企業を取り巻く国際税務の混迷
http://www.newsyataimura.com/?p=5914#more-5914

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