孫正義の存在感、首相をしのぐ?
『あれ、オレいまナニジンだっけ?』第2回

12月 27日 2016年 国際

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呉 亮錫(ご・りょうせき)

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作家、翻訳家。ウェブメディア「ザ・ニュー・スタンダード」編集長。米ボストン大学国際関係学部を卒業後、雑誌編集者を経て独立し、現職。在日韓国人三世。横浜市出身。著書に『「親日の在日」として』(LUFTメディアコミュニケーション)がある。好きなものは、ミスチルと寅さんとベイスターズ。

安倍晋三という政治家が観光大臣だったとしたら、ロシアのプーチン大統領のこのたびの訪日における活躍は、申し分ないものだったと言えた。安倍氏は地元である山口県長門市の老舗温泉旅館で同大統領をもてなし、トラフグの刺身や和牛のステーキなど、地元の食材をふんだんに使ったごちそうをふるまって、心づくしの接待に努めた。

プーチン大統領は温泉での歓待について、「温泉は疲れがとれるが、一番いいのは疲れないことだ」と語り、日本側の「おもてなし」を歓迎。萩市の「東方美人」という日本酒がいたく気に入ったようで、最終日の共同記者会見でも、「すばらしいお酒です。おすすめします。ただし、ほどほどにしなければいけません」と述べた。

海外首脳の訪日という注目の集まるシーンで、温泉や和食、日本酒といった日本文化を存分に発信する。プーチン氏の訪日は、絶好の機会となった。安倍氏が観光大臣だったとしたら、100点満点の働きぶりである。

◆ アメリカ依存をやめてまで問題を解決する覚悟はあるか

だが、首相としてはどうか。プーチン氏との会談は、今回で16回目に達したが、懸案の領土問題や平和条約で目立った成果は生み出せていない。今回も、交渉が重要だという点で一致し、方向性を確認したにすぎない。主権に関わる重要なテーマだけに交渉に慎重さが要求されるのは言うまでもないが、16回も会談を重ねながら目立った進展がないというのでは、物事の進み方があまりにも遅いのではないか。

点検されるべきなのは、日本という国家の意志として、日露関係を前に進める用意があるのかどうかであり、安倍氏のプーチン氏との会談が、領土問題の解決に向けて必死の交渉を続けていると国内向けにアピールするためだけの材料になっていはしないかという点だろう。交渉を重ねるのは、その先にある成果のためであり、会うことそのものが目的となってしまっては国費の無駄づかいである。

問題を本当に前に進めたいのであれば、ロシアとの友好関係を築くそれなりの覚悟が必要となる。それは、アメリカ依存ではなく、日本の立場から外交を組み立てるだけの覚悟が要求されるという意味だ。何よりも、プーチン大統領の言葉が問題の本質を言い表している。

プーチン氏は訪日前に読売新聞などとの会見で、次のように述べた。

日本が(米国との)同盟で負う義務の枠内で、ロ日の合意がどれぐらい実現できるのか見極めなければならない。日本はどの程度、独自に物事を決められるのか。我々は何を期待できるのか。最終的にどのような結果にたどり着けるのか

つまり、アメリカにお伺いを立てるだけで、独自に物事が決められないのであれば、日本との交渉の余地は限られるということである。アメリカとのお付き合いでロシアを制裁で締め付けながら、それでいて領土問題で譲歩してもらおうというような、「うまい話」はあり得ないということでもある。

安倍首相は経済協力を軸として、ロシア側の譲歩を引き出したい考えで、今回の日ロ首脳会談を機に交わされた合意でも、投資案件は官民合わせて80件にのぼり、総額は3千億円規模になった。

しかし、一方で経済制裁を相手に科しながら、経済協力を進めるという矛盾した姿勢は、どこまで通用するだろうか。日本の報道では「譲歩しないかたくななロシア」という見方がされがちだが、プーチン氏の側に立てば、米ロ両方の間で風見鶏のように振る舞う安倍氏は、交渉相手として期待できないと思われていてもおかしくない。問題を解決しようという腹を決めなければ、いつまでも「会うだけの会談」が続くことになりかねない。

このようなどっちつかずの態度は、アメリカのトランプ次期大統領とのやり取りでも目につく。安倍氏がニューヨークのトランプタワーを訪問して、次期大統領としてのトランプ氏に会った初めての海外首脳になったところまではよかったが、その後の方針が定まらない。TPP(環太平洋経済連携協定)の国会での批准を押し通し、広島訪問への実質的な返礼となる真珠湾訪問を決めるなど、安倍氏は現職のオバマ大統領に対して際立った政治的な配慮を見せている。

わざわざ自宅まで訪ねてトランプ氏のご機嫌をとったにもかかわらず、それと同時に、トランプ氏の徹底的な反対で望み薄となったTPPを無理やり押し通そうとする。トランプ氏の側から見れば、風見鶏と思われても仕方がない。そして、真珠湾訪問はアメリカに対するご機嫌取りになるとしても、「ストロングマン」が好きなトランプ氏からは、弱いリーダーと見られ、逆にこのことで足元を見られるかもしれない。

オバマ氏はどちらにせよ1月で退任し、トランプ大統領の時代が来る。オバマ氏への配慮はもはや無用であるはずだが、「アメリカの現職大統領」である以上は、お伺いを立てなければという配慮がはたらいたのかもしれない。それはそれで、安倍氏の外交センスがうかがい知れる。

◆ トランプ、プーチンが示した孫正義への親近感

安倍首相が、トランプ氏やプーチン氏といった強気のリーダーとの関係構築を満足に進められない中で、独特の存在感を示しているのはソフトバンクの孫正義社長だ。トランプ氏もプーチン氏も、彼に対してはパーソナルな親近感を率直に表している。

12月6日にトランプタワーでトランプ氏と会談した孫氏は、アメリカ国内で新興企業に対して500億ドルの投資を行い、5万人の雇用を創出すると約束。雇用創出を政権の旗印とするトランプ氏の懐に飛び込み、見事に得点を挙げた。トランプ氏は会談後にわざわざ1階まで降りて孫氏を見送り、「業界で最もすばらしい男の一人だ」と持ち上げた。2人で報道陣の前に姿を現したことが、信頼関係の何よりのアピールとなった。外交上の配慮があったにせよ、外務省が写真数枚を公開したにとどまった安倍・トランプ会談との違いが見える。

プーチン氏との関係も同様だ。16日に行われた「日ロビジネス対話」で、プーチン氏は孫氏の肩に手を回すなど、親しげな仕草で同氏と立ち話をした。ロシアへの投資を呼びかけたプーチン氏に対して、孫氏は人工知能(AI)など先端技術の開発の話題で応じ、来年5月に訪ロする意向を示したという。

もっとも、首相と一経営者では背負っているものが違うし、外交上の制約で安倍首相の言動が制限されることも事実だろう。海外首脳に恩を売ってビジネスチャンスをつかもうという孫氏の行動は、まるでグローバルな政商にも見える。しかし、16回も会談して話が進まない首相と、1回会っただけで数百億ドルの投資を即断してくれる経営者なら、重んじられるのは後者である。安倍首相と孫氏を前に、トランプ氏やプーチン氏がいかに振る舞ったかを見ると、実際に段取りよく物事を進めることの大切さを考えさせられる。

さらに浮かび上がってくるのは、「アメリカについていく」ということ以上の哲学を持って独自に外交関係を構想する力を持たなければ、安倍外交はトランプ・プーチン時代を生き残っていけない可能性が高いということである。

ゴルフクラブを贈ったり、温泉旅館でもてなしたりというように、安倍首相は接待を重んじ、心づくしの待遇でご機嫌をとることが、外交上の優先事項と考えているかのようだ。しかしそれではまるで、在日コリアンだった孫氏よりも、安倍氏の方が、むしろ半島の接待文化を体現しているかのような振る舞いだ。観光大臣ならそれでもいいかもしれない。しかし、安倍氏に問われているのは、「おもてなし」の心よりも、世界のリーダーたちと渡り合い、首相として交渉を前に進める力ではないだろうか。

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