п»ї 宗教に対する不寛容が蔓延するインドネシア 『東南アジアの座標軸』第23回 | ニュース屋台村

宗教に対する不寛容が蔓延するインドネシア
『東南アジアの座標軸』第23回

12月 20日 2016年 国際

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宮本昭洋(みやもと・あきひろ)

インドネシアのコンサルタント会社アマルガメーテッド・トライコール顧問。関西大学大学院で社会人向け「実践応用教育プログラム」の講師、政策研究大学院大学で「地域産業海外展開論プログラム」の特別講師を務める。1978年りそな銀行(旧大和銀)入行。87年から4年半、シンガポールに勤務。東南アジア全域の営業を担当。2004年から14年まで、りそなプルダニア銀行(本店ジャカルタ)の社長を務める。

◆マイノリティー宗教者に対する迫害

インドネシアではイスラム強硬派によるマイノリティー宗教者に対する迫害や弾圧が増加しています。バンドンではイスラム強硬派が公共の場でのクリスチャンの礼拝を妨害して中止させました。中部ジャワのジョグジャカルタでは、宗教の多様性を重視するミッション系大学の広告塔に写っている数人の学生の中にイスラム教の服装をした女子学生も交じっていました。イスラム強硬派は「イスラムへの侮辱行為」だとして大学側に強硬に抗議し、広告塔を撤去させました。同じ地域の他大学も同様の広告塔を出していましたが、イスラム強硬派の妨害を恐れて、自主的に撤去する動きに出ています。

実は、ユドヨノ前政権時代からマイノリティー宗教への暴力は増加しており、インドネシア国内での信教の自由を監視する研究所の調査によると、暴力事件の件数は2007年の91件から13年には220件と急増しています。

マジョリティーのスンニ派イスラム強硬派から攻撃対象になっているマイノリティー宗教は、キリスト教各宗派、イスラム教シーア派、アフマディア派(イスラム改革派教団で創設者が救世主としており他派から異端扱い)などです。マイノリティー宗教への暴力行為の増加を受け、ユドヨノ前政権が憲法に定めた「信教の自由」を擁護することを怠り、国家警察や政府関係者もマイノリティー宗教団体に対する暴力や迫害に加担。他方でイスラム強硬派による迫害や暴力を取り締まらず放置したことが、彼らの増長を許したとの批判があります。

さらに暴力事件が増加の一途をたどる背景には、10年4月に憲法裁判所が1965年の「冒とく法」を支持して、「政府は、安全保障上の配慮に沿って宗教の自由に制限を加える権限を有する」との見解を出したことにも原因があります。

「冒とく法」違反により、最高5年の懲役刑が科されることになります。宗教に対する不寛容が社会に蔓延(まんえん)したのは、政府側の都合で宗教の自由を制限できる「冒とく法」の存在により、イスラム強硬派がマイノリティー宗教団体を迫害する口実を与えているとして、法改正をすべきとの声もあるのです。

インドネシア宗教省は、六つの宗教グループに公的な地位を与えています。具体的には、イスラム教徒、カトリック、プロテスタント教徒、仏教徒、ヒンドゥー教徒および儒教の信徒です。未承認のマイノリティー宗教グループは、一定の人権上の権利は有していますが、差別的な法律や規制により、事実上権利行使ができない状態に置かれています。

しかし、この国のイスラム強硬派団体による迫害や暴力行為の矛先は、現実には未承認の宗教グループだけでなく、公的地位が認められている宗教グループにも向けられています。もちろん、大多数のスンニ派イスラム教徒は穏健ですが、一部のスンニ派イスラム強硬派が、自派以外の宗教集団に対して攻撃姿勢を強めているのが実態です。とりわけ、国内で最も攻撃的で過激とされるイスラム強硬派は、シーア派への聖戦を主張して大規模集会を開いたこともある「イスラム防衛戦線(FPI)」です。

FPIやその他の強硬派集団は、ユドヨノ前政権時代に政権側の緩慢な対応や処分の間隙(かんげき)を突いて台頭しました。ジョコ・ウィドド現政権は、ユドヨノ前政権が残したネガティブレガシーを受け継いでおり、イスラム強硬派による相次ぐマイノリティー宗教者への人権侵害を厳しく取り締まり、宗教に寛容な国を取り戻す重い宿命を背負っています。

◆アホック・ジャカルタ特別州知事の再選に黄信号

ジャカルタでは来年2月に実施される特別州知事選の選挙活動が真っ盛りですが、再選を確実視されていた現職のアホック知事に黄信号が灯り始めました。9月に地方プラウスリブ県プラムカ島で島民への選挙活動中に本人が何気なく口にした発言で「コーランを冒とく」したと糾弾されたのです。これまで暴言癖や直接的な物言いで反感を買うこともあったアホック知事ですが、この発言が引き金になり、とんでもない事態に陥りました。

発言を問題視したのは、半官組織の「インドネシア・ウレマ評議会(MUI)」です。MUIはこれまでもマイノリティー宗教に対して敵対的な対応を示し、独自に数々のファトワ(イスラム法学者の宣告)を出し、迫害行為を繰り返してきましたが、ユドヨノ前政権はその行為を非難あるいは禁止することを怠ってきました。

今回もアホック知事の発言に過剰反応を示して、10月にイスラム指導者を侮辱した「宗教冒とく」に該当するとのファトワを出しました。これを契機にアホック知事を糾弾する声が高まり、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を通した非難も増幅。11月4日にはジャカルタ市内でイスラム強硬派集団、イスラム防衛戦線(FPI)が主導した大規模なデモで一部が暴徒化。さらに12月2日にもジャカルタ市内の独立記念塔広場で「合同祈とう会」と称した第2陣のデモを実施し、「宗教を冒とく」したアホック知事の逮捕を訴えました。

ジョコ大統領は、このデモの背後に特定の政治勢力が動いていると、記者会見で述べています。黒幕としてうわさされているのは、長男アグス氏を知事選に出馬させているユドヨノ前大統領と、ジョコ大統領が従来の慣行を無視して選抜した国軍司令官人事に不満を持つ国軍の一派です。

12月2日の大規模集会の前には、国家警察がメガワティ元大統領の妹や野党グリンドラ党の一派など10人を国家転覆や情報・電子商取引違反(ネットで他人を中傷、名誉棄損)の容疑で逮捕しています。

この一連の騒動は、アホック知事のうかつな発言に端を発していますが、アホック知事の後見人ともいわれるジョコ政権への揺さぶりにも発展しているのです。

国家警察は、一連の大規模デモやアホック知事の処分次第でさらに大規模デモを仕掛けるとのイスラム強硬派の脅しに憂慮してアホック知事への事情聴取を開始。結果的に検察がアホック知事を宗教冒とく罪で起訴し、現在公判が続いています。

イスラム強硬派による現政権への度重なる圧力により、本来起訴する必要のない人物が法廷に立たされるというのは、一国の民主主義の根幹を揺さぶる憂慮すべき重大な事態です。

インドネシアの各地では、小規模ですが過激派組織「イスラム国(IS)」に感化されたイスラム過激派の単独もしくは少数のグループによるとみられるテロが発生しています。12月中旬には国家警察対テロ特殊部隊(デンスス88)が大統領宮殿(イスタナ)への自爆テロを計画したイスラム過激派7人を逮捕しています。実行犯役だった1人の女性は、SNSを通じて過激思想に感化されたと語っています。

イスラム強硬派が国の根幹に揺さぶりをかければ、その間隙を突いて過激思想に感化されたテロ行為が増加する危険性も高まります。この国の今後の行方が大いに気がかりです。

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