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恵比寿映像祭の「ポピー:アフガン・ヘロインをたどって」
『データを耕す』番外編1

2月 17日 2017年 社会

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山口行治(やまぐち・ゆきはる)

在野のデータサイエンティスト。元ファイザーグローバルR&Dシニアディレクター。ロンドン大学St.George’s Hospital Medical SchoolでPh.D取得(薬理学)。東京大学教養学部基礎科学科卒業。中学時代から西洋哲学と現代美術にはまり、テニス部の活動を楽しんだ。職業としては認知されていない40年前から、データサイエンスに従事する。冒険的なエッジを好むけれども、居心地の良いニッチの発見もそれなりに得意とする。趣味は農作業。

第9回 恵比寿映像祭「マルチプルな未来」(東京都・恵比寿、2月10~26日)に行ってみた。自動掃除機ルンバだけが出演者という実験的な映画もあったが、最大の収穫は「ポピー:アフガン・ヘロインをたどって」の作者、ロバート・ノースとアントワネット・デ・ヨングの話を直接聞けたことだった。2012年の作品だが全く色あせていない。20年間の活動を映像作品としてまとめたもので、同時代性の厚みが際立っている。場所や生活環境は全く異なっているけれども、作者の生きた時間と私たちの生きた時間が重なっている。そして映像作品に残されたマルチプルな世界での時間も。残念ながらアフガニスタンの人々には未来はなく、今日を生きることすら危ういけれども。

「ポピー」(ここでは、麻薬のヘロインの原料となるケシを指す)の主題はグローバリゼーションが生んだ闇の世界であり、ヘロインの密売ビジネスが国際紛争の原動力となっていることを「告知」している。告発のように対外的なものではなく、解決への道程が示されるわけでもない。しかしその作品は単なる「表現」とは言い難いリアリティーをもって訴えている。その作者たちが現在取り組んでいるのは、「ポピー」をインタラクティブ(対話型)にすることで、部分的にフィクションを取り入れているというのだからとても驚いた。かつてはジャーナリストとして戦地で写真を撮り続けた作者が、現在はユーチューブの映像を作品に取り込んでいるという。グローバリゼーションが世界を変えてしまったことを、本当に肌身で感じているのだろう。ノンフィクションの映像は世界にあふれ、無視されている。

「ポピー」が生み出す巨額の地下資金は闇の世界を増幅している。国際犯罪組織と日常的に対峙(たいじ)しているのはボランティア団体とジャーナリストであって、軍隊ではない。おそらく国際警察でもない。

国際的な組織犯罪は「お金」の動きに過ぎない。なぜこの巨額な闇の資金の実態が明らかにならないのだろうか。貧富の差が極限のように大きくなり、「お金」の価値が生活実感を離れてしまったことに関係があるように思われた。食べるものが無く飢餓だからこそ、小麦ではなくポピーを栽培する。そしてその資金は武器に姿を変えて、未来のないテロリストを生み出している。日本銀行はひたすら紙幣を刷り続けている。その紙幣がアフガニスタンのポピー栽培と無縁ということはないだろう。ただし、どういう関係があるかということはわからない。

グローバリゼーションはインターネットが必要十分条件だ。ネットワークをどのように探索するのかという数理的な問題として考えると、富はハブ(中央)に集中し、貧困はポーク(周辺)に分散する。国際犯罪組織という闇の世界はおそらくハブにもポークにも存在しえない。「データを耕す」が目指していること、それはネットワークのニッチ(隠れ家)とエッジ(成長点)を探索する方法を考えて、その哲学的な意味を明らかにしたい。真偽や勝敗ではない世界を数理的に表現する方法を探索している。ニッチとエッジは医学関連のデータ解析から生まれたアイデアだ。遺伝子ネットワークでは中間層の遺伝子発現調節因子(※注1)の探索、新薬開発ではドラッガブルターゲット(※注2)を発見するための研究から発想を広げてみた。見方を変えると、ニッチは闇の世界の分析に役立つかもしれないし、エッジはテロ実行犯が生まれる条件を明らかにするかもしれない。いままで考えたこともない応用課題を「ポピー」に教えてもらった。

アフガニスタンの山岳地帯にポピー畑がある。乾燥した、見るからに痩(や)せた大地で、小麦の栽培は難しいに違いない。ソバであったらポピーと同程度に栽培しやすいのではないだろうか(※注3)。アフガニスタンのソバ畑は美しいだろう。しかし、アフガニスタンのソバがおいしいとは限らない。ソバは健康食品として世界的に評価されているので、アフガニスタンのソバをおいしく調理することも大切になる。「データを耕す」ヒトは本当に大地も耕している。データも調理次第だけれども、調理は農作業ほど得意ではない。

「ポピー」を無料で観ることができる日本で生きていることに感謝して、番外編を書いています。恵比寿映像祭は2月26日(日)が最終日。

※注1~3の関連記事のURLは以下の通り
(注1)遺伝子ネットワークのイメージ、このイメージではハブとポークが描かれているが、中間層の遺伝子発現調節因子は明確ではない
https://yeastcolloquium.wordpress.com/2012/08/07/%E7%AC%AC%E5%8D%81%E4%B8%83%E5%9B%9E%E3%80%80%E3%82%A8%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%81%AE%E5%BD%B1%E9%9F%BF%E3%82%92%E7%84%A1%E3%81%84%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%AB%E8%A6%8B%E3%81%9B%E3%82%8B%EF%BC%9F%E5%A4%A7/

(注2)ドラッガブル「薬学用語解説」をご参照ください
http://www.pharm.or.jp/dictionary/wiki.cgi?%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AC%E3%83%96%E3%83%AB

(注3)ミャンマーでのケシ(ポピー)からソバへの転作の事例
http://teamseeds.sakura.ne.jp/adpea/project.html

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