п»ї 日本の農業を破壊したのは誰か『教授Hの乾坤一冊』第10回 | ニュース屋台村

日本の農業を破壊したのは誰か
『教授Hの乾坤一冊』第10回

11月 22日 2013年 文化

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教授H

大学教授。専門は環境経済学および理論経済学。政府の審議会の委員なども務める。「知性は、セクシーだ」が口癖。趣味は鉄道(車両形式オタク)。

日本の農業は謎だらけだ。たとえば1990年代、ガット・ウルグアイラウンド(関税および貿易に関する一般協定の多角的貿易交渉)の農業交渉で日本がオレンジ・牛肉の自由化に踏み切ったとき、「これでミカン農家も畜産農家も壊滅的打撃を受ける」という声高な批判があった。私も大いに危惧したものだ。しかしそのようなことは起きなかった。今でもおいしいミカンを食べられるし、和牛に至っては世界から注目されている。批判の根拠がなんだったのか今もって謎だ。

もう1つの大きな謎は米だ。米の輸入自由化には各層から反対が巻き起こり、「1粒たりとも米入れず」などという戦争中のようなプロパガンダさえ掲げられた。輸入を最小限に抑えるために、現在では輸入米には800%近い関税がかかっている。その結果どうなったのか。米作のプロ化は遅々として進まないばかりか、農業就労者は高齢化するばかりだ。1961年の農業基本法が目指した農業のプロ化、すなわち主業農家育成が遅れているのが米作なのである。プロ化の進んだ畜産とは大違いだ。なぜなのだろうか。

こうした謎に答えてくれるのが、山下一仁著の『日本の農業を破壊したのは誰か 「農業立国」に舵を切れ』(講談社、2013年)である。著者は農林水産省の官僚出身の経済学者で、JA農協の実態から世界の農業の現状そして農業を巡る国際交渉に至るまで、およそ農業のすべてを知り尽くした研究者である。

まず著者は、多くの人が持つ日本の農業に対するイメージが間違っていることを指摘する。それは、たとえばこんなイメージだ。農村にはたくさんの農家がいて、先祖代々の土地を守りながら米作りに励んでいる。農業は環境にも優しい。にもかかわらず、農家は零細で貧しく報われない。まさに「おしん」の世界のイメージだ。

著者によれば、これは全くの神話に過ぎない。農業集落の中での農家の割合は激減した。農家が7割を占めている農業集落は全体の1割に過ぎない。農家の割合が3割未満の集落が半数以上なのである。農家が貧しいというのも嘘で、1965年ごろから農家の所得が勤労世帯の所得を上回るようになった。しかも、副業(兼業)農家の所得は主業農家の所得よりも上回っている。副業農家は副業収入が多いからである。一方、主業農家は規模拡大で所得を伸ばしたいところだが、現在の農政によってそれができないでいる。

また、現在の農業が先祖代々の土地を守っているわけではない。日本では農地を守るゾーニングが緩いため、転用のチャンスがあれば比較的簡単に農業用地以外の土地に転用されてしまう。農地の転用によって「今でも毎年1兆8000億円、約2兆円の利得が発生している」というから驚きだ。また、日本の農業が環境に優しいわけでもない。日本の1ヘクタール当たりの農薬使用量はアメリカの8倍だし、窒素投入量は世界平均の2倍だという。

◆農業のプロ化でTPPにも対応

なぜこんなことになってしまったのか。それは、主業農家(プロの農家)の育成が阻まれているからである。では、それを阻んでいるのは誰か。JA農協であるという。JA農協は主業農家が増えて欲しくない。副業農家がたくさんいた方が良いのである。その方が出資金も多いし、副業農家(いわばアマチュアの農家)は肥料や飼料の購入、そして販売までJA農協に頼ってくれるから有り難い存在だ。商社張りのビジネスをし、集めた資金をウォール街で運用するには、たくさんの副業農家がいてくれた方がよほどよい。

一方、プロの農家にとってJA農協は原則不要だ。営農指導(農業の技術指導)もろくすっぽできない独占体のJA農協は迷惑な存在でしかない。プロの農家が増えれば、複合的な農業が増え、農産物付加価値も高まるから国際競争力も高まる。安い米は輸入する一方、付加価値の高いブランド米を輸出して稼ぐこともできる。穀物自給率も上がる可能性が大きい。現に、米のように政治的に守られておらず関税の低い野菜生産に関してはプロ化が進んでいて、十分な競争力も持っているという。それに低農薬農法や有機農法ができるのもプロの農家だ。加えて、プロ化すれば環太平洋経済連携協定(TPP)にも対応できると著者は言う。それどころか、農業のプロ化によってTPPを機に日本の農業の活性化が図れるというのが著者の主張である。

著者の主張をすべて紹介するのはこの書評の範囲ではとても無理だ。日本の農業について「目から鱗(うろこ)」の分析が満載の本書を実際に読んでいただくしかない。1つだけ付け加えておくことがあるとしたら、それは農業について知り尽くした著者が、データと経済学の分析をもとに実に説得的に議論を展開しているということである。著者は、大学の研究者の中には、農業の実態や農業データのクセを知らずに発言している者も多いと手厳しい。分野こそ違え、私にも耳の痛い批判だ。

とまれ現在の日本の農業は、例えて言うなら、イチローとアマチュア野球の選手が一緒にプレーしているような世界である。それが趣味の世界なら許されるかもしれないが、プロの世界ではあり得ない話だ。日本のサッカーがJリーグによって国際水準に近づきつつある。日本の農業もそうあって欲しい。本書は日本の農業に関心を持つ人すべてに読んで欲しい本である。

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