п»ї 日本企業の営業力不足を憂う『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第73回 | ニュース屋台村

日本企業の営業力不足を憂う
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第73回

7月 15日 2016年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

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バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住18年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

多くの企業が売上低迷に苦しむ中、1年半ほど前からタイからの撤退を検討し、私たちバンコック銀行のところに相談に来られるケースがある。こうした相談ごとをうかがっていると、多くの日本企業に共通する事項が見えてくる。「営業力不足」である。また、撤退までいかなくても現状を打破しようと私のところに相談に来られる企業がある。今回は、現在の日系企業が抱えるこの「営業力不足」について述べたい。

◆総じて低調な日系企業の業績

在タイ日系企業の業績が思わしくない。タイに進出している日系製造業は自動車産業、二輪車産業、エアコン産業、IT産業の四つの分野に産業集積がみられる。このうち最大の産業である自動車産業については、国内販売・輸出とも低調だといわれる。国内販売は2013年の133万台から14年には88万台に落ち込んだ。

これだけ見れば国内販売は低調に見える。しかしタイの国内販売の実力は2010年代を通して80万台から90万台だというのが私の見立てである。08年のリーマン・ショックや11年の東日本大震災、更には同年のタイの洪水の影響によって自動車販売は好不調の波にもまれ、12年と13年は大幅に自動車販売が増加するという正夢を見てしまった(2015年4月10日付ニュース屋台村「潮の変わり目?タイの日系企業」をご参照ください)。

一方タイからの自動車輸出についても、2000 年代を通じて中東や欧州向けは好調であった。これは、高騰した石油価格に支えられた中東とEU(欧州連合)拡大を通じて経済を伸張させた欧州の経済状態がいずれも堅調であったからに他ならない。しかしながら、シェールガスの実用化に伴う石油価格の低迷と英国のEU離脱で加速する欧州経済の低迷で、今後の自動車輸出に大きな期待は持てない。

二輪車については、輸出先などが四輪車とは違うものの、国内販売・輸出ともトレンドは自動車販売に近い。ハードディスクを中心としたタイのIT部品産業は、そもそも、ICチップの機能向上に伴い、ハードディスクの生産量が減少。部品メーカーはスマートフォン部品への製品転嫁を図ってきた。

しかし今年に入り、スマートフォンの世界需要が頭打ちであることが顕在化し、メーカー側からの生産調整にあい、各社とも苦しい状況にある。わずかにエアコン産業や一部自動車部品メーカーなどはバーツ安に助けられて輸出が好調であるが、総じてタイにいる日系企業の業績は低調である。

◆営業力が落ちた三つの要因

いつの頃からであろうか? パーティーなどで日本企業と名刺交換をすると、「私のところは○○の販売している会社です。バンコック銀行が私たちにお客を紹介してくれるなら、銀行取引をしてもいいです」と、しゃあしゃあと言われる方が何人かいる。銀行に戻ってタイ商務省に登録されている財務データを閲覧すると、こういうことを言われる会社の大半は業績不芳先である。

また最近では、バンコック銀行の他部署のタイ人などを通して、こうした顧客紹介依頼を直接私のところにしてこられる日系企業も多くある。しかし、こうした依頼に対して私はつれなくお断りをしている。

在タイ日系企業の大半とお取り引きしているバンコック企業の日系企業部としては、その中の1社のみに便宜を図ることは、他社との取引に影響を与えてしまう。それ以上に、私は以下の信念に近い考えを持っている。「そもそも営業行為は企業本来の固有業務であり、それが自力で出来ないような企業はタイで存在する意味も無い」

それでは何故(なにゆえ)に日本企業の営業力がこれほどまで落ちてしまったのであろう。私はその要因は三つあると考える。

・マーケティングの重要性が認識されていない

・コンプライアンス社会の弊害

・マーケティングのやり方がわからない

◆業績拡大の意思は本当にあるのか

上記3点の中で最も問題なのは、多くの企業が本気になって営業をする気になっていないことである。当地に来ている多くの人は新たに顧客を見つけて業容を拡大するより、日本で取引がある企業のメンテナンスをすればよいと考えているようである。

従来通りの仕事を無難にこなし、失点をせず本社の役員に気に入られるようにしている。もちろんサラリーマンであれば、組織の意向を気にすることも必要であり、自身の出世意欲も必要なことである。しかし、こうしたことばかりに注力する人が多いということは、会社全体として、業績拡大の意思が無いことの表れのような気がする。

「良い商品を作れば売れる」ということを盲目的に信じ(もしくは信じるふりをし)、営業をしない方たちもいる。「その製品が良いものである」と顧客に伝えなければ売れるはずがない。日本の取引のあった顧客が自動的にタイでも商品を買ってくれると信じておられる会社も多い。しかし、後発でタイに進出した会社は特に取引先を競合先に取られているケースが大半である。真剣に営業しなければ、タイに進出してきた意味が無い。

せっかくタイに進出してきたのだから、日本で取引のある顧客だけでなく新規顧客も追いかけなければもったいない。日本よりも企業の系列取引が薄くなっているタイだからこそ、新規取引先が取れる可能性が高い。

また、日本企業のみならず外資系もチャンスがある。外資系については、そのサプライヤーがタイに進出しているケースも少ない。新規取引が取れる可能性は高い。もちろん新規取引は幾多の困難も伴う。特に外資系の場合は、言葉の問題、商習慣の違い、契約書の記入などのハードルも高い。しかしいったんこうした経験をすれば、取引は日本や他国まで拡がる可能性がある。まずは、企業目的の原理に戻って欲しい。企業は売上を伸ばし利益を出してこそ、存立出来るのである。そのためには営業行為は必須である。

◆「コンプライアンス=金科玉条」という盲信

日本企業の営業力の低下の二つ目の原因は、コンプライアンス社会の出現である。最近ではインターネットやSNSを使って他者の間違いを指摘、糾弾することが容易になってきている。誰しも自分の身の安全を考える。誰しも他人から批判はされたくない。こうなると政府の役人や企業の企画、管理部門の人間は「コンプライアンス」を高らかに謳(うた)う。なぜならコンプライアンス重視は彼らの権限を強化する絶好の武器になるからである。

こうして日本全体がコンプライアンスを金科玉条の如く、取り扱うようになる。しかし、リスクを取らずに商売が成り立つわけが無い。営業の一線に立つ人は「商品価格」「数量」「納入時期」「その他条件」などリスクを取って商売をしているのである。しかし、マニュアルや規則はこうした行為を許さない。最近の企業の不祥事はこうしたリスクを営業部門にだけ付け回した結果である。初めから利益が確定した商売があるなら、誰でもそんなことはやっている。

コンプライアンス社会の出現は、更に副次的な弊害を生み出す。コンプライアンスによって多くの「報告もの」が生まれ、営業に割く体力が著しく減少する。営業マンが一日中社内にこもり、「報告もの」の処理に明け暮れるという馬鹿な事態が生じる。そもそも、何のための「報告もの」だろう? あとで不祥事や顧客クレームが起こった際に、経営陣や本部スタッフの言い訳のために作らせている書類だと思うのは、私の穿(うが)ち過ぎであろうか?

日本企業の営業力が落ちた3番目の要因は、営業そのもののやり方がわかっていないということである。冒頭にも述べたが、私の所には「タイでの営業のやり方を教えてくれ」と言ってくる会社の経営者がおられる。こうしたことを言ってこられる会社の中には日本の一部上場企業も含まれる。こうした方たちに対し、私は次の3点について説明している。

1.自社の製品内容を良く理解する

2.競合他社の動向を調査し自社製品の優位性をつくる

3.顧客のニーズに合った商品を売る

私がこの話をすると、ほとんどの方が「何を今更?」という顔をされる。しかし私はかまわす、バンコック銀行日系企業部でやっている新入行員向け「小澤塾」の話をするのである。

まず「小澤塾」では新入行員に対して、約6カ月の座学研修を行う。内容は「バンコック銀行の商品ならびに貸出の基本的な考え方」についてのグループレッスンと、個人別テーマについての企画書の作成である。

最初のグループレッスンでは毎回私が宿題を与え、それについて塾生が調査、勉強し1人ずつ英語で発表する。それに対して私が「WHY?」の質問を繰り返すことによって、塾生の理解度を深めさせる。

例えば、銀行預金について言えば、各種預金の商品説明、取り扱い手続き、その預金商品が必要とする顧客の類型、預金の準拠法の内容、他行商品との比較、当行商品の強みなどについて勉強しなければならない。これが答えられなければいつまでたっても授業は前に進まないのである。

週2回で計120~150時間のグループレッスンとなるが、塾生にとって最も大変なのは、「自分で調べてくる」ことにある。また、毎回個別に発表を強要されるので、本当に自分で理解出来なければ乗り越えられない。また、個人別テーマを与えて企画書を完成させることにより、物事を分析し、企画する能力を醸成する。

コンピューターの発達した現代は、多くの人たちが「コピペ」(他人の文章を切り貼りすることにより、自分の文章を作り上げる)で済ませようとする。しかし「小澤塾」では表やグラフを作成する過程からやらせることによって、「コピペ」は許さない。この企画書の作成は、顧客ニーズの把握や本来的には企業分析に役立つ。

「小澤塾」ではこうした作業を反復させることにより、先に述べた自社製品の理解や、他者との比較、顧客ニーズの把握能力などが身につくのである。半年間の「小澤塾」を終え、実際の営業現場に出ると、皆生き生きと働き始める。真にお客様のためになる営業活動に邁進(まいしん)出来るからである。「一生懸命お客様のために働き、お客様に喜んでもらえる」ことは営業マンの最上の喜びである。成功体験が一層の営業活動を生み出していくのである。

ここまで「小澤塾」の話を進めると、営業のやり方について私のところに聞きに来た人たちは異口同音におっしゃられる。

「よく分かりました。タイだからといって特別なことがあるわけではないのですね。やはり営業は基本が大事なのがわかりました。もう1回基本に立ち返ってがんばってみます」

※『バンカーも目のつけどころ、気のつけどころ』過去の関連記事

潮の変わり目?タイの日系企業 2015年4月10日
https://www.newsyataimura.com/?p=4259

競争力を取り戻そう(その1) 2014年10月3日
https://www.newsyataimura.com/?p=3138

競争力を取り戻そう(その2) 2014年10月17日
https://www.newsyataimura.com/?p=3222

コンプライアンスが日本企業をだめにする 2013年10月18日
https://www.newsyataimura.com/?p=811

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