日韓関係を前進させるための、斬新な「ウルトラC」を考える
『あれ、オレいまナニジンだっけ?』第13回

6月 23日 2017年 社会

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呉 亮錫(ご・りょうせき)

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作家、翻訳家。米ボストン大学国際関係学部を卒業後、雑誌編集者を経て独立。「第8回 真の近現代史観懸賞論文」(アパ日本再興財団主催)にて佳作受賞。著書に『「親日の在日」として』(LUFTメディアコミュニケーション)がある。在日韓国人三世(2016年12月に日本国籍取得)。横浜市出身。好きなものは、ミスチルと寅さんとベイスターズ。

世の中には、どれだけシュールな茶番を演じていても、本人たちさえその滑稽さに気づかないというケースがある。話のスケールが大きくなればなるほど、分からないものなのかもしれない。

韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権は、2018年に平昌(ピョンチャン)で開く冬季オリンピックを、北朝鮮との「共催」とする案を検討しているという。一部の競技や聖火リレーを北朝鮮で開催し、金正恩(キム・ジョンウン)氏の音頭で建設された東部の馬息嶺(マシクリョン)スキー場も開催地の候補に挙がっているもようだ(6月22日付 産経新聞)。

北朝鮮の体制は、いくら控えめに言っても、「人殺し政権」である。最近では、拷問を受けた末に脳が損傷したとみられるアメリカ人を“解放”と称して送り返し、理由について「人道的見地から」と強弁した。最高指導者は、自分の異母兄を海外まで追いかけて暗殺させ、それでも平然としている。相手が身内であろうと外国人であろうと、殺人や拷問に手を染めることに躊躇(ちゅうちょ)がない。このような殺人者の“庭”で、「平和の祭典」を行おうとする文政権の姿勢が、茶番でなくていったい何なのだろうか。

日本には、安倍政権が2020年の東京オリンピックに向けて、憲法改正やテロ等準備罪の新設を進めようとしていることについて、「オリンピックの政治利用」と揶揄(やゆ)する意見もある。しかし、たとえ安倍政権が数々の疑惑にまみれているとしても、少なくとも、政治犯を20万人も強制収容所に押し込めたり、海外で外国人を拉致して身代金を取ったりということはしていない。もし東京オリンピックの「政治利用」を批判するならば、その前に、文政権が北朝鮮の悲惨な状況を見過ごして、南北統一という政治目的のためにオリンピックを利用しようとしていることの方を、批判するのが公平な見方だろう。

もっとも、南北統一に向けた気運を盛り上げたいという文大統領の気持ちは、ナショナリズムの自然な表現として分からないわけではない。朝鮮半島は歴史的に大国に挟まれるかたちで外圧の影響を受け、時に他の国の支配に屈することもあった。朝鮮半島に「統一コリア」をつくって、国際的な影響力を高めたいという願いは、確かに民族の悲願かもしれない。

しかし、ナショナリズムを追求することが、本当にその民族を幸福にするとは限らない。南北統一を実現するにしても、北朝鮮の体制や核ミサイル開発をそのままにしておくわけにはいかない。そうした条件を踏まえず、今回のオリンピック共催案のように、なし崩し的に統一へのムードを盛り上げようとすれば、結局は外貨の獲得などで北朝鮮に利用されるだけに終わりかねない。

日本との関係も、ナショナリズムが茶番を生む一つのケースである。文大統領は米紙のインタビューで、慰安婦問題について、「日本が法的な責任を取り、正式な謝罪を行うことが問題解決の核心だ」と述べた。2015年の日韓合意が、「国民、特に犠牲者に、受け入れられていない」というのが理由だという。では、どのようにすれば、謝罪が国民に受け入れられるようになるのかについては、結局のところ謎のままだ。

日韓の両政府が、「完全かつ最終的に」解決されたと宣言しても、「最終的かつ不可逆的に」解決されたと確認しても、問題は解決していない。政府間でいくら合意したところで、「民意が受け入れていない」と言い訳されれば、いつまでも問題は続くだろう。日本外務省がこれから、日本中から類語辞典を買い集めて、「完全」でも「最終的」でも「不可逆的」でもない、まったくクリエーティブな新しい言葉をひねり出したとしても、状況が変わる見込みはない。

おそらく、日本が膝を屈して、属国か植民地にでもならない限り、韓国のルサンチマン(怨恨〈えんこん〉)は晴れないのだろう。「日本に植民地化され、暴虐の限りを尽くされた」という歴史を韓国側が信じ、それを前提に日本と付き合おうとしている以上、その恨みは、日本をひざまずかせることでしか解消されない。端的に言えば、「日本人を奴隷にしてやりたい」という、国際的に見れば野蛮な願いなのだが、正義を追求していると思い込んでいる本人たちは、気づかない。

南北統一に向けた動きにしても、解決の意思が見えない慰安婦問題にしても、外から見ている側にとっては茶番もいいところなのだが、それを演じている当の本人が自分たちの狂気に気づかない限り、一連のシュールな寸劇は続くだろう。日本に暮らす私たちにできることといえば、万が一、「統一コリア」が実現した場合のために、国を守る備えを怠らないことと、一方的な主張を受け入れて安易に謝罪しないようにすることくらいかもしれない。

いや、悲観するのはまだ早い。いっそのこと、このほど『今こそ、韓国に謝ろう』(飛鳥新社刊)という皮肉に満ちた著書を書かれた作家の百田尚樹氏を、日本政府が特使として韓国に送り、代表として“謝罪”してもらえば、韓国側が自分たちの行いのシュールさに気づくきっかけになるかもしれない。もちろん、同書に書かれている内容を、公式な声明文にまとめれば、よりいっそう効果的だ。これまでにないまったく斬新なアプローチで、茶番に茶番で応えれば、ひょっとして、日韓関係を前に進める「ウルトラC」になるかも!?

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