п»ї 時代のスピード感 『WHAT^』第7回 | ニュース屋台村

時代のスピード感
『WHAT^』第7回

7月 03日 2018年 文化

LINEで送る
Pocket

山口行治(やまぐち・ゆきはる)

株式会社エルデータサイエンス代表取締役。中学時代から西洋哲学と現代美術にはまり、テニス部の活動を楽しんだ。冒険的なエッジを好むけれども、居心地の良いニッチの発見もそれなりに得意とする。趣味は農作業。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。


技術の変化が速すぎると感じることはよくあるかもしれない。アナログ技術からデジタル技術へ、大きく技術基盤が転換した時代の変化を感じているのだろう。社会システムの変化が遅すぎると感じることはないだろうか。政治・経済は20世紀前半から、多くの社会的破局・破壊を繰り返して、生き延びてはいるが目的地を失ったままだ。技術は量子機械や人工知能の時代を目前にして、社会システムから遊離してしまうのだろうか。立ち止まって再考しよう。スピード感覚は変化速度であって、加速度なのだから、どこかに力が働いているはずだ。進歩感に直結した直線運動ではなく、自立するコマのような回転運動も見失わないようにしたい。現在の社会システムは老年期をむかえている。老人であっても健康でありたいし、次世代を大切にしたい。文明論的な視点で、社会システムの変化を計測すれば、ひとびとの生活は感じている以上に変化しているはずだ。生活の変化にとって、技術の役割は限定的なものでしかない。

戦争の勝敗にとって、技術の役割は限定的なものだったのだろうか。福島県白河のアウシュヴィッツ平和博物館(http://www.am-j.or.jp/index2.htm)で立ち止まって再考しよう。現在の社会システムは認知症のおそれがある。記憶力が失われているのではなく、忘却できるような過去の整理ができていないのだ。毒ガスを発明し、核兵器を発明した。技術の役割を限定的なものとするためには、宗教と民主主義が、万能計算機との共生を選択し、「ランダムなひとびと」が統計力学的な数の社会プロセスを生成しよう。そのスピード感覚に技術が追い付けないような、生活が技術を取り込む、日々自転する生活力を信じたい。

WHAT^(ホワット・ハットと読んでください)は何か気になることを、気の向くままに、写真と文章にしてみます。それは事件ではなく、生活することを、ささやかなニュースにする試み。

コメント

コメントを残す