米朝会談と「2割、8割」の法則
『あれ、オレいまナニジンだっけ?』第22回

6月 19日 2018年 社会

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呉 亮錫(ご・りょうせき)

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作家、翻訳家。米ボストン大学国際関係学部を卒業後、雑誌編集者を経て独立。「第8回 真の近現代史観懸賞論文」(アパ日本再興財団主催)にて佳作受賞。著書に『「親日の在日」として』(LUFTメディアコミュニケーション)、訳書に『クリントン・キャッシュ』(同。ピーター・シュバイツァー著)がある。在日韓国人三世(2016年に日本国籍取得)。横浜市出身。

―― シンガポールでの米朝会談は、核兵器の問題だと思っていましたが、「2割、8割」の法則というのは、どういうことでしょうか?

今回の米朝会談は、アメリカが主張してきた「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」という表現が、共同宣言に盛り込まれなかったために、失敗だったという批判が、大勢を占めています。しかし、そうした見方で批判するだけでは、今回の交渉をまとめたトランプ米大統領の真意は分からない。それを理解する鍵は、「2割、8割」の法則にあるということです。

―― 「2割、8割」の法則はそもそも、ビジネスの世界でよく使われる考え方ですよね? それが、核交渉となにか関係があるのですか?

「2割、8割」の法則は、有名な「パレートの法則」のことで、もともとは、「社会のたった2割の人々が、全体の富の8割を握っているものだ」という考え方です。それを仕事に様々に応用して、たとえば、「重要な2割の部分をおさえると、仕事全体の8割を片付けたことになる」などとも言われています。
今回のトランプ氏の交渉のやり方は、まさにこの法則を実践したもののように思えるのです。

◆細かい交渉は部下に任せる

―― 具体的には、どういうことでしょうか?

先ほど述べたように、トランプ大統領は今回、CVIDが共同宣言に入らなかったことで、批判されています。北朝鮮は「完全な非核化」と言ってもうそをつくだろうから、できる限り詳細まで詰めた、逃れようのない合意をつくらなければ意味がないという考え方ですね。

でも、トランプ氏は実のところ、CVIDを入れるかどうかというのはとても細かい話であって、そこまでの詳細な論点の交渉は、トップである自分がやるべきことではないと思ったのかもしれません。

外交交渉は、事務方が相手のカウンターパートと内容を詰めて、最後にトップ同士が話をするのが一般的です。その典型例が、トランプ氏がシンガポール入りする前に、渋々、参加していたG7です。今回のG7でも、事務方が事前に用意した、誰が読むのか分からない、英語で4千ワードを超える共同宣言が、会議の“成果”として発表されました。

トランプ氏はおそらく、こういう仕事のやり方は大嫌いで、ボトムアップよりも、トップ同士で話し合って大枠を決め、あとの詳細の議論は部下に任せるというやり方を好むのでしょう。

◆外交交渉というよりは“セールス”

ですから、トランプ氏は、北朝鮮との交渉のスタート点として、金正恩氏と実際に自分で会い、「完全な非核化に応じる」という文書にサインしてもらうことが、「2割、8割」のうちの重要な2割だと考えたのではないでしょうか。

トランプ氏は外交交渉というよりは、“商談”や“セールス”をしに行ったように見えます。金氏との会談の冒頭には、事前にわざわざ準備したPRビデオを見せて、「核開発と戦争の道に進むか、アメリカと協力して平和と経済繁栄の道を歩むか、世界の運命はあなたの決断にかかっています」とプレゼンしていました。

これはまさしくビジネスマンのやり方で、まるで、「うちと取り引きしたら、おたくさんにもいいことありまっせ」と言っているかのようです。

―― そうすると、今回の会談は、本格的な米朝の対話のはじまりということになりますね。

トランプ大統領は、今回の会談と共同宣言で、これからの交渉の大枠を示しただけです。ですから、これからの交渉は、ポンペオ国務長官の手腕によるところが大きいと言えます。そして、ボルトン大統領補佐官です。彼らが今後の協議で、どのように詳細を詰め、北朝鮮の非核化に向けた現実的な道筋をつけていくのかが重要です。

ポンペオ氏はシンガポールを発った後、韓国などを訪れて、トランプ大統領の1期目の任期が終わる残りの2年半で、重要な非核化のめどをつけたいと発言しています。

―― それでも、CVIDが盛り込まれなかったことで、今後、北朝鮮が約束を破って、核開発を再開させるといった恐れはありませんか?

この点については、金正恩氏が自ら「完全な非核化に応じる」とサインしたことの意味を考える必要があります。1994年に交わされた「米朝枠組み合意」にしても、2005年に発表された六カ国協議についての共同声明も、サインしたのは外交官であって、国のトップではありません。

重要なのは、金正恩氏が今回、世界が見ている前で、「完全な非核化に応じる」という書面に、自らサインしたことです。国家の絶対の存在である“最高尊厳”が自らサインしたのですから、今後、非核化の約束を破った場合、国を滅ぼされても、北朝鮮は文句を言えません。

それを踏まえると、アメリカは今回の首脳会談で、万が一の時には本当に北朝鮮を完全に破壊(“totally destroy”)できるという準備を整えたという見方も成り立ちます。

現在のところは、米韓軍事演習も中止される流れになっており、トランプ氏が北朝鮮に譲歩しすぎているのではないかという懸念も聞こえます。しかし、予測不能を売り物にしてきたトランプ氏ですから、また必要があれば、金氏を「ちびのロケットマン」などと罵(ののし)り始めるのではないでしょうか。

―― なるほど。ここからが本当の正念場ということですね。

CVIDが入らなかったからといって、これでもう北朝鮮の核には手が付けられなくなったということではなく、今回の米朝会談がアメリカと北朝鮮の一連の言葉と脅しの応酬の終わりということでもありません。米朝の交渉のゴールではなく、これははじまりです。ここからどのように、北朝鮮の“武装解除”を進めていくのか、トランプ政権の本当の腕試しはここからです。

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