英国のEU離脱で加速するアベノミクスの崩壊
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第72回

7月 01日 2016年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住18年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

今年5月の初めに、この「ニュース屋台村」にも執筆してくれている、元財務官で現在OECD(経済協力開発機構)事務次長を務めている玉木林太郎君に日本で会った。その時、彼が私に語ってくれたのが「日本ではほとんど報道されていないが、英国がEU(欧州連合)から離脱する可能性がかなり高い。欧州各国はそうした事態に備えて準備を行っている」ということであった。

英国の国民投票についてほとんど関心のなかった私であるが、それ以降、海外のテレビ報道を気をつけて見るようになった。

◆同一意見だけに流されている日本のマスコミ

6月23日の国民投票の結果を受け、日本のマスコミが英国のEU離脱について「意外な結末」「まさかの事態」など全く予想していなかったような書き方をしていたが、私にはきわめて怠慢な態度としてしか映らない。現在も「英国が今回の結果を覆すことが可能」なような記事を多く目にするが、自分の希望的観測を書き付けているようにしか思えない。さもなくば「炎上」を恐れて、読者が嫌がることを書かないということであろうか?

6月11日放送のNHKスペシャルでインターネット社会と報道の在り方の問題点を指摘していた。SNSの登場によって人々は簡単に意見を言えるようになったが、人間が本元的に持つ同質性を好む気質(脳内のドーパミンが自身の社会帰属を確認することにより快楽を覚える)により、同一意見の人達だけが固まる傾向が加速したようである。

インターネット内にはほとんどの対立意見の議論は起こらず、同一意見のグループがいくつも発生するのである。同一意見だけを好む民衆は、インターネット業者が巧みに使用するステルスマーケティング(読者の好みの話題、記事、商品を優先的に広告、宣伝する)によって、いよいよ同調性を強める。

こうした状況下で日本の報道機関は「炎上」を恐れ、民衆迎合の記事しか配信しなくなったという意見が出されていた。昨今の「報道の自粛」姿勢は官邸による政治的な締め付けだとする一部メディアがある。それが事実かどうか私には分からない。しかしNHKスペシャルでは、一部の人達から「マスコミ自体の姿勢がリスクを取らないものになっている」との指摘があった。今回の英国のEU離脱報道を見ていると、日本のマスコミが事実を冷静に伝えるのではなく、同一意見だけに流されていることに、私は怖さを感じる。

◆アベノミスク3本の矢の失策

さて、英国のEU離脱の影響についてこれから論じていくわけであるが、私はアベノミクス自体が間違った政策だとかねてより論じている(拙著2014年12月26日付ニュース屋台村「アベノミクスが日本を壊す」及び2016年2月19日付ニュース屋台村「目の前のバブル崩壊に備えよう」をご参照下さい)。

まずは、アベノミクスに対する総括から入りたい。そもそもアベノミクスは「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」の3本の矢から始まっている。

このうち「機動的な財政政策」は、第2次安倍政権発足当初の2013年1月に20.2兆円の「緊急経済対策」、さらに同年12月には「好循環実現の為の経済政策」として、18.0兆円を追加投資した。この財政政策は、実際に政府が金を支出するわけであるから、当然のことながらGDP(国内総生産)を押し上げる。

しかしかねてより指摘しているように「財政政策ではケインズ経済学で言われているような乗数効果は働かない」というのが、現代経済学の世界的通念となっている。時系列上の分配効果―すなわち後世代につけをまわしているだけである。

ましてや安倍首相は消費税の延期という愚策を2度にわたり実施してしまった。現政権は国内の選挙対策ばかりに目を奪われているが、世界は日本政府の巨額な借入金(国債・政府借入金)に懐疑的な目を向けている。今回の消費税延期により「日本政府は巨額な財政赤字を解決する気がない」と思われてしまった。

それが証拠に、日本国債の格付けはムーディーズAIで中国や韓国よりも下位。あと2段階下がれば投機的格付になってしまう状況である。日本全体では依然として対外資産が対外負債を上回る状況が続いており、国全体の信認はあると思われる。しかし、日本政府ならびに政府負債を多く抱えこんでいる日本の金融機関に対しては、金融市場の信用力は大きく低下している。

アベノミクスの2本目の矢は「大胆な金融政策」である。黒田東彦日銀総裁は、就任の翌月である2013年4月には異次元緩和策を打ち出したが、14年4月の消費税増税の反動による総需要減に伴う景気低迷から、同年10月には追加金融緩和策を打ち出した。これらの政策は「円安」と「株価高」の現象をつくり出し、日本経済回復のムード作りに貢献した。

しかし、15年に入ると日本経済の減速が顕著となり、黒田総裁は同年12月には金融政策の補完措置として借入国債の年限拡大策を導入。16年2月には「マイナス金利の導入」するなどしたが、金融市場は日本政府の施策効果をすでに見くびっており、逆に「円高」「株価安」の方向に動くようになっている。

「金融緩和は資産バブルを引き起こすが、長期的な経済成長にはほとんど寄与しない」というのは私の持論であるが、金融緩和策の是非については、歴史の検証を待たなければいけない。しかし、ここで一つ間違いなく言えることは、アベノミクスによって日本政府は海外のヘッジファンドに対抗する術(すべ)を既に使いきってしまったということである。15年12月以降の日銀施策が、思惑とは逆方向に動いていることが何よりの証左である。

アベノミクスの3本目の矢は「民間投資を喚起する成長戦略」である。「日本再生のために最も重要な本施策について、安倍政権は何もしていない」というのが私の見立てである。アベノミクスが登場した際に、私がこの「ニュース屋台村」で問題提起した、米国やタイでの構造改善策(拙著2013年8月8日及び8月22日付ニュース屋台村「今だからこそ問うアベノミクス」をご参照下さい)に準ずるような施策は全く行われていない。関係者の利害調整が生ずるような規制緩和や政策決定には、みな逃げ腰となり、補助金行政に終始しているとしか私の目には映らない。

それを示す端的な例が自動車の自動運転技術である。16年6月28日付の日本経済新聞は「警察庁は6月27日自動運転者の無人運行実現に向け、有識者による検討委員会の初会合を開いた」と報道したが、いかにも対応が遅すぎる。日本の自動車メーカーの最大のライバルになると思われる米グーグル社では16年末時点で、34台の無人運転プロトタイプの自動車が既に総走行距離数150万マイルの走行実験を行い、ディープラーニング技術でデータの蓄積を行っている。

グーグルの積極的なロビー活動により、17年にも米国は「レベル4」と呼ばれる完全自動運転車の指針を出すものと期待されている。日本全体に蔓延(まんえん)したリスクを取らない姿勢は、いよいよ日本を世界から見放される状況をつくり出している。

◆英国もEUも弱体化、円高加速の公算大

さて、いよいよ英国のEU離脱についてであるが、その経緯などについては多くのメディアが後追いで報じているので、ここでは今後の金融市場への影響についてだけ論じたい。まず図1を見て頂きたい。2008 年のリーマン・ショック以降、米国の金融緩和政策により膨大なドルが市場に流され、現在世界を駆け巡っていることがよくお分かりいただけるであろう。欧州ならびに日本も金融緩和により膨大な資金を市場に流しているのは同様である。

表1

これだけ多額の資金を受け入れられる市場は世界に四つしかない。それは、米国債、欧州債、日本国債、そして資源国市場である。2008年以降、世界経済をけん引してきた中国が200兆元(約3500兆円)にのぼる過剰投資のつけにより、15年に入ると一挙に経済減速した(拙著2016年3月4日付ニュース屋台村「中国の崩壊はいつ来るのか?」をご参照下さい)。これに伴い、資源国市場向けの資金は回収される。今回の英国のEU離脱で欧州向け資金もリスクが高まり、引き上げられる。こうした事態では資金は一気に米国と日本に向かう。

日本は前述したようにアベノミクスによってほぼすべての金融手段を使い尽くしてしまった。ヘッジファンドの資金流入に対して日本政府は対抗手段をほとんど持たないため、今後米国ドルに対しても円は上昇していくと思われる。私が今年2月の「ニュース屋台村」の記事で予想した1ドル=100円の水準はすでに突破してしまったが、来年には1ドル=80円台になる可能性もあると私は思っている。アベノミクスで円安を享受していた輸出企業には、また大変な試練が訪れるだろう。

また英国のEU離脱は、英国ならびにEU双方の国力を弱める。現在ロンドンの金融街はユーロやドルを中心に世界の外国為替取引の4割を担っているが、EU加盟国の看板を失うことにより地盤沈下を起こす。一方、EU内でドイツに次ぐGDPを誇っていた英国が離脱することにより、ギリシャ危機が再燃し、その火がスペインやイタリアなどに飛び火することも考えられる。

現に6月27日付の日本経済新聞が報じているように、世界の金融市場でドル不足が強まり、日本の金融機関がドルを調達するコストは、11年の欧州債務危機を上回る水準になっているとのことである。マスコミにはほとんど取り上げられなかったが、過去1年以上にわたり、日本の金融機関はドルの調達が出来なくなってきている。

前述したように世界の金融市場の中で日本の金融機関に対する信用力は落ちている。実際に直近では日本の金融機関に対するリスクプレミアムは、英国や欧州各国の金融機関のプレミアムより高くなっているのである。リーマン・ショック以降、日本のメガバンク3行は欧州銀行の穴を埋める形で海外向け貸出を伸ばしてきたが、この貸出原資は海外でのドル調達である。今回の問題が世界の金融市場の縮小を引き起こせば、日本の金融機関は調達が出来なくなり、資産の投げ売り、貸出回収の動きが起こるであろう。実際に1997年のアジア通貨危機や2008年のリーマン・ショックの際には日本の金融機関がこうした行動をした事実があるのだ。

◆危機に際しては常に最悪の事態を想定する

最後に、タイならびに海外で活動する日系企業の方々対して、以下の注意点を述べておきたい。今後起こる可能性の第一は、「円高・バーツ安(現地通貨安)」の進行である。かねてより、バンコック銀行日系企業部のお客様にはお願いしているように、一般事業会社が為替リスクを取るような行為は出来るだけ避けるべきである。

「円建て親子ローン」や「親会社向け円建て買掛金」を持つ企業は、早急に手立てを打たれるべきである。また貿易為替についても同様である。当面は必ず為替予約を取られることをお薦めしたい。本業でいくら1円、2円のコスト改善を行っても、為替で大損を食らってしまっては「元も子もない」のである。

また、金融市場全体については当面不確実性が増すと思われる。借入金についても慎重に考えられたほうが良いと思われる。少し厚めの資金手当てをするよう、併せてお薦めしたい。

私が申し上げていることは最悪のシナリオについてである。今回書いたことが必ず起こると申し上げているわけではない。人間の英知により危機が避けられてきた過去も幾度となく見てきた。しかしながら危機に際しては常に最悪の事態を想定して行動されることが重要であり、あえて最悪のシナリオを提示させていただいた。

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