п»ї 解散は「首相のクーデター」? 日本国債格下げの不気味『山田厚史の地球は丸くない』第36回 | ニュース屋台村

解散は「首相のクーデター」? 日本国債格下げの不気味
『山田厚史の地球は丸くない』第36回

12月 19日 2014年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

与党圧勝となった解散・選挙に、もう一つの対立構造がある、という見方が盛んに流されている。首相VS財務省。改革派の首相が、守旧派増税勢力をねじ伏せた、という構図だ。後出しジャンケンのように喧伝(けんでん)される対立構造に、長期政権を狙う安倍体制の軸足が見えるようだ。

◆「首相の真意」を伝える翼賛報道

「安倍首相の解散の真の狙いが、消費税先延ばしに対する政府・自民党内の強い反対論を封じ込めることにあったのは明らかです」

投票を前日に控えた13日の読売新聞で、橋本五郎特別編集委員は「拝啓 有権者の皆さんへ」という記事でこう書いた。解散に大義がないとい批判に対し、「このままでは(消費税増税を)先延ばしできなくなる。この際『国民の信』を背景に先延ばしを確かなものにする」のが首相の意図なので、「そのことの是非を含めて、私たちは審判を下せばよいのです」と有権者に訴えた。要するに、この選挙は増税派に対する闘いなのだ、と鼓舞したのである。

さすが首相与党の読売新聞、と思っていたら朝日新聞まで17日の1面に同じことを書いた。

「消費税を先送りしたい安倍首相は、財務省や与野党の増税派を抑え込むために解散に打って出た」

星浩特別編集委員の「安倍政治その先に」の一節である。特別編集委員という肩書が付いた政治記者がそろってこうした見立てをするところが、いかにも日本の政治報道である。首相の肉声を聞くことができる特別な記者が「真意」を代弁する。

選挙は「与野党の対立」だと思っていたら、政治には複雑な争いがあるらしい、首相でも思い通りできないことがあって、安倍さんはけっこう頑張っている、というストーリーが導かれる。広報戦略を練る首相周辺がメディアを使って「敵は誰か」を知らしめよう、という巧みな戦術のようだ。

この見方を真っ先に書いていたのが夕刊フジだ。報道各社の世論調査で「自公で3分の2超」と報じられると、「安倍、財務省を粉砕」の大見出しが躍った。選挙の趨勢(すうせい)が見えだしたころから、改革派の首相が守旧派の財務省や自民党内の増税派と闘っているのが今回の選挙という、「郵政選挙」をモデルにしたような描き方がメディアに登場する。

◆「財政再建派」と「景気重視派」の対立

「首相の真意」を伝える翼賛報道の裏には、経済運営を巡る対立がある。安倍首相の足元では二つの流れが拮抗(きっこう)していた。増税は避けがたいとする「財政再建派」と、増税はアベノミクスを崩壊させると反対する「景気重視派」の対立だ。前者は自民・公明・民主の3党合意で決めた増税路線を政府方針として引き続き進めようとする財務省を核とする行政組織。後者は経済ブレーンとして首相官邸に机を持つで「首相のお友達」だ。

身近なお友達の意見に耳を傾ける首相は、財務省の増税路線に否定的といわれる。しかし行政は積み上げで進められるもので、国内・国外で説明してきたこととの整合性が求められる。首相の思いつきで突然政策が変わるというのはありえない。そこで解散という手を使い、「国民の声はここにある」と示すことで舵(かじ)を切り替えた、というのが安倍さんの言いたい「解散の大義」である。それが本当なら首相のクーデターだ。

首相周辺が「クーデター説」をとるなら、これからの政策運営は大きく変わる。焦点は財政である。政府方針は「2020年までに基礎的財政収支を黒字化する」。膨張を続ける国債発行を一定限度に抑え、新規の発行を少しずつ減らしていこう、という政策で、その分岐点を2020年に置いた。

そのためには国債に代わる財源がいる。消費税を10%にしてもまだ足らない。20年までに13-15%に引き上げる。このことは政治的な合意はされていないが、「20年までに基礎的収支を均衡させる」という言葉の裏には「さらなる増税」が張り付いている。

財務省が「15年10月の消費税率10%」にこだわったのは、次の増税に進むには5年は必要と見ているからだ。

安倍首相の「増税繰り延べ」は、そのスケジュールを粉砕した。17年からの10%税率では残り3年で再増税は不可能だ。政府目標は達成できない

◆「相場のテーマ」を虎視眈眈と狙う投機筋

総選挙での「安倍勝利」は、政権内部で財務省の力が落ち、「財政再建より景気拡大」を掲げる首相側近の発言力が強まるだろう。

米国の格付け会社ムーディーズが選挙直前に、日本国債の格付けを1段階下げ、中国や韓国より低くした。理由は「財政赤字の削減目標の達成に不確実性が増した」。つまり日本政府は財政再建に本気でなくなったのでは、という懸念表明である。

格付けは投資家の動向に影響を与える。投機筋が渦巻く金融市場の指南番でもある。「日本国債にご注意」という指摘は、国債が投機の対象にのぼる前兆かも知れない。

「増税先送り」で多くの国民がホッとしている間に、市場で一儲けを狙うヘッジファンドなど投機筋は「相場のテーマ」を虎視眈眈(こしたんたん)と狙っている。

「日本の政治は増税できない。膨大な貯蓄が国民にあっても、政治が機能せず政府借金は減らせない」という見方が広がれば、「日本売り」の下地が出来る。原油安でロシアのルーブルが狙われたように、相場が動く時、投機筋の餌場が広がる。

日本国債の格下げは、「安倍クーデター」への市場の反応かも知れない。

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