п»ї 銀行貸出と稲盛経営哲学『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第50回 | ニュース屋台村

銀行貸出と稲盛経営哲学
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第50回

7月 17日 2015年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住17年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

人生に「解」があれば、これほど簡単なことはない。経営についても同様である。経営に普遍的なやり方があれば、皆悩む必要はない。それがないから、経営者は悩む。「経営者は孤独だ」と言うが、会社経営の一切の責任を負いながら、常にベストなやり方を求めて悩み苦しんでいるから、孤独でないはずがない。

◆銀行員に求められる経営者の視点

私の友人の中には数人の会社社長がいる。その多くはサラリーマン社長である。サラリーマン社長といっても、社長になったからには経営者としての責任を皆極めて重く受け止めている。日本出張の折、この会社社長の一人であるKさんと食事を共にした。食事中の1時間半あまり、彼は経営者の仕事の重さを訴えるとともに、彼が会社経営を行ううえで助けとしている「稲盛経営哲学」を熱く語ってくれた。

私は経営者ではない。銀行員一筋で40年近く働いてきた。銀行員として金貸しの立場から、多くの会社とその経営者を見させていただいてきた。銀行の貸し出しとは、預金者の大切な預金を原資としてお金を貸すのである。貸出人の返済が滞れば、最終的には預金名の預金が目減りする。幸いにして、日本では個人である一般預金者が損失を被った例は少ないが、世界的には決して珍しい話ではない。

1997年のアジア通貨危機では、タイのファイナンスカンパニーの56社が閉鎖となり、その預金が塩漬けとなった。結果として、閉鎖されたファイナンスカンパニーの預金者は預金の約半分を失ったのである。

「銀行員は晴れた日に傘を貸す」と、よく揶揄(やゆ)される。銀行員のあまりにリスクを被らない姿勢は非難されても仕方がないが、一方で野放図に貸し出しをしても良いということではない。私が銀行に入社した40年ほど前は、貸し出しのやり方について先輩たちから厳しく教育された。

「貸し出しとは返済なり」というのは、貸し出しマンとして基本的な命題である。貸し出しを行うにあたっては、その返済原資が何になるのかをよく検討しなければならない。詳細は省くが、貸し出しの返済原資は七つあり、そのうち最も重要なものがその会社が上げる利益である。資金を供与している貸出先の会社が利益を上げられるか否かは、その会社が属する業界動向や商品ニーズ、会社の生産能力、品質、コストなどあらゆる面からの分析が必要となってくる。こうしたことから、銀行員には会社の経営者と同様の視点が求められるのである。

◆スコアリングシステムの盲点

しかしながら、最近の銀行員にはこうした視点を持っている人はほとんどいない。コンピューター技術の進化と業務効率化の要請から世界中の大半の銀行は「財務諸表分析システム」を導入し、会社の信用力を評点で表すようになった。

バンコック銀行に出向してきている日本の銀行員からは「この会社は評点が75点なのであと1億円まで貸し出しても大丈夫です」などという言葉が聞こえる。財務状況を点数化して審査する「スコアリングシステム」がその銀行の仕組みとして組み込まれてしまっているため、彼らがそう言うのも致し方ないことだと諦めている。

しかし一方で、私の部下となった人たちには是非「貸し出しの基本」をわかってもらいたい。こうした思いから、バンコック銀行日系企業部に入部した新入行員(日本の銀行からの出向者を含む)向けレクチャーである「小澤塾」においては、「貸し出しとは何か」という講座を20時間以上設定して教育している。

そもそもスコアリングで金を貸す行為は「貸し出し」ではない。貸し出しとは「返済される」か「返済されない」かの二者択一である。そのためには繰り返しになるが、その返済原資の詳細な検討が必要となる。特に収益については、「将来の収益力」を見通す眼力が必要である。まさにその会社の経営者と同一の視点と能力が要求されるのである。

ところが、大半の銀行で採用されているスコアリングシステムでは、評点によって貸出上限を定める。当然のことながら、スコアリングシステムを活用しているため、数量化出来る「過去の数字」のみを集め、定性的な要因は軽視されている。こうした資金の提供方法は、私流に言うと「投資」であって「貸し出し」ではないのである。

それでは、どういった会社が貸し出しの返済原資を生み出す「収益を上げられる会社」なのであろうか? 会社経営に「解」がないように、ここでも一つの正解は存在しない。このため、私は「小澤塾」の受講者たちに必ず1冊は経営学の本を読ませ、それを講義の中で議論することによって会社経営の在り方を少しでも皆にわかってもらおうと努力している。

私は、受講者たちにどのような本を読むのか強制はしない。各々が気に入った本、目についた本を読めば良いと思っている。しかし、経営学の本といっても幾つかにジャンル分けされる。皆が読んで来る本は、大きく三つの種類に分けられる。一つは米国では一般的なMBA経営学。二つ目はトヨタ生産方式やコールトラッカーの「ゴール」に代表される生産経営学。そして三つ目はピーター・ドラッカーや稲盛和夫に代表される経営哲学である。
正直にお話をすると、私は冒頭に述べたKさんにお会いするまで稲盛氏の著書を読んだことがなかった。しかしKさんのあまりにも熱心な語り口に影響され、稲盛氏の著書を数冊読ませていただいた。

私にとっても多くの点で共感がもてる素晴らしい著書である。特に「人生、仕事の結果=考え方×熱意×能力」という乗数計算には、まさにその通りだと感服した。そして、それを成し遂げるために人間力を鍛えていく必要性についても全く同感である。「会社経営の可否の8割は経営者によって決まる」と一般的に言われる。稲盛経営哲学を実践される経営者がいる会社は、まず間違いなくうまくいくのではないだろうか。

◆悔やみきれない1件の損失

さて、ここまで偉そうに「貸し出しとは何か?」とか「経営学とは何か?」とか持論を述べさせていただいてきたが、私にこんなことを語る資格があるかと疑問に思われる方も多いと思う。

最初に申し上げた通り、私は銀行員一筋で40年近く働き、現在でも1000社以上の貸出先を取引先に持っている。自慢にはなるが、現場主義を貫き、工場を600社以上見てきた。貸し出しをする際には、できるだけ経営者の方と直接お話をしてきた。これまでの40年の銀行員生活の中で、貸出先が倒産し損失を出したことは1回しかない。現在の取引先の中にも不良債権はない。

それではなぜ、この1件の損失を出してしまったのであろうか。銀行員にとっては重要なことなので、少しお付き合いいただきたい。少し言い訳がましくこの損失事例を説明させていただくと、この会社に金を貸したのは私ではなく、私の前任者であった。東海銀行バンコク支店長の頃の話である。

日本の上場企業を親会社として持つ在タイ日系企業に対して5千万円ほどの貸し付けがあった。この日本の上場企業は政治家たちとの付き合いがあり、あまり良いうわさを聞かなかった。それでも、タイの子会社はアジア通貨危機直後の厳しいタイ経済の中で、何とか利益を捻出(ねんしゅつ)していた。

現場主義を信条とする私は、何度かこのタイの子会社に自ら足を運んだが、現地の会社の社長は不在がちで、何を聞いても「本社にまかせてある」と言う。暖簾(のれん)に腕押しである。

「信頼関係が構築出来ない会社には金は貸さない」のが私のもう一つの信条である。タイに赴任して1年半経過した頃、私はこの会社からの貸出金回収を決断。毎月返済してもらうことにより2年かけて貸出金を全額回収する約束にこぎつけたのである。そしてまさにその1回目の返済が始まろうという月に、日本の親会社が会社更生法を申請したのである。その頃、この日本の親会社はアメリカのヘッジファンドに買い叩かれ、取引銀行の国内外の債務は担保付きの貸出金を除いて、全く返済がされなかった。

私にとっては悔やんでも悔やみきれない結果となった。もしあと半年早く気がついていれば、少しでも貸出金は回収できたのである。私にとっては、この会社向けの貸出金の損失が、自分としては責任を感じる唯一の損失である。

◆信頼関係と問われる「人間力」

実はもう既に10年以上も経っている今だからこそお話するが、この会社以外にも私はタイで3社ほど、タイ現地法人の親会社の倒産の事例を経験してきた。当然これらの3社に対して東海銀行は金を貸していたのである。しかしながら3社のタイ法人の社長はいずれも「小澤さんには苦しいときに大変お世話になった。小澤さんには迷惑が掛けられないのでお金はお返しします」と言われ、私どもの貸出金は一早く返済されてきたのである。銀行員冥利(みょうり)に尽きる話である。私は今でもこれらの3人の方には大変感謝している。

こうした人的な信頼関係の構築も銀行貸出の重要な要素である。同様に、稲盛氏は会社経営を行ううえで、信頼関係は最も重要なものだと述べられている。決してスコアリングシステムでは本当の貸し出し判断はできない。銀行員の仕事も経営者の仕事も、その人の持つ「人間力」を問われている、と私は信じて疑わない。

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