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10年先のビール税 主導権は党税調から官邸に
『山田厚史の地球は丸くない』第82回

11月 25日 2016年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

師走が近づくと税制論議が盛んになる。年末の予算編成に向けて、まず歳入を確定する。その前提となるのが税制だ。

自民党税制調査会は12月上旬に税制大綱をまとめる。税は国家権力の象徴、官僚ではなく政治家が主導権を握っている。基本方針は与党が決め、これに沿って政府原案が作られ、国会に送られる。中国にも似た「党高政低」だ。

税制には専門知識が欠かせない。仕組みが複雑なだけではない。業界や納税者の利害損得が絡み、今の制度に至るまで様々な約束事が折り重なっている。制度の沿革が頭に入っていないとさばくことはできない。

◆日本の税制史を反映するビールの税金

自民党税制調査会は、この道に精通したベテラン議員が仕切るならわしになっている。総理大臣も迂闊(うかつ)に口を差し挟めないのが税調とされてきたが、その聖域がいま崩れようとしている。

11月19日付の新聞に「ビール系税制統一」の見出しが一斉に躍った。ビール、発泡酒、第三のビールなどに分かれ、それぞれ税率が違う「ビール系飲料」を2018年から段階的に一本化する、というのである。

18日から始まった自民党税調を前に、宮沢洋一党税調会長が取り囲んだ記者に語った。

日本は「ビールみたいでビールでない飲料」が出回っている世界でも稀(まれ)な国だ。ビールと「ビールもどき」違いは、麦芽の含有量。酒税法でビールは麦芽が原料の3分の2(67%)以上と決められている。ところがビールの税金が高いため、1994年サントリーが麦芽含有量を基準以下に抑えた発泡酒「ホップス」を発売した。節税ビールと話題になり低価格がお客を引きつけ、他社も追随していまや「まがいものビール」は食卓の主流になった。

コンビニで売っている350cc缶で比べると、ビールの価格は221円、うち酒税が77円(税率34・8%)。発泡酒164円・酒税47円(同28・6%)、第3のビール143円・酒税28円(同19・5%)。さらに消費税率8%がかかる。

ビールの母国ドイツでは無税、アメリカでも日本の20分の1という。日本は先進国で突出してビールの税金が高い。これには日本の税制史が反映している。

明治維新で統一国家となった日本は財源を地租つまり土地への課税に頼った。同時に地域の有力者である造り酒屋に負担を求めた。

近代国家の税制は土地と酒から始まったのだ。ビールへの課税は、日露戦争の開戦が迫った1901年。ビールがまだ富裕層の飲み物だったころで、これを機に第2次世界大戦までことあるごとに増税が繰り返された。ビールの税金は戦費を支えたのである。

高度成長とともに国民飲料となったビールは大衆課税の道具となる。今や酒税の半分以上をビール系飲料が占めている。清酒や焼酎は地域の地場産業で政治家との結びつきもある。ビールは大手飲料メーカーが圧倒的なシェアを持っているため狙いやすい、という事情もあった。

◆「ビール系税制統一先送り」は官邸のリーク?

高い税金に音を上げて節税ビールにのめり込んだ大手に、いまや厭戦(えんせん)気分が漂っている。「うまくはないが安いビール」の開発競争は邪道だ。世界市場で通用しないという反省が起きている。税制の歪みを何とかしたい、という思いは財務省や自民党内にも浸透している。

だが財務省は「ビールの税金は減らせない」と譲らない。そこで税収総額は減らさず、ビール系を一律税率にする、という方針が昨年打ち出された。ビールは減税、発泡酒・第三のビールは増税となる。業界の調整が難航した。

減税の恩恵を受けるのはビールの比率が高いアサヒ、サッポロ。「ビールもどき」で伸びてきたサントリーは増税の煽(あお)りを受ける。水面下の政治工作が盛んになった。

そんな中で昨年12月、ビール税制の一本化を指揮してきた自民党税調の野田毅会長が安倍総裁に更迭され、最高顧問にまつり上げらえた。消費税の軽減税率を巡る官邸と財務省の対立で財務省側に立った野田氏を外したのだ。後任は経験の浅い宮沢氏。

「背後には野田・菅の対立がある」といわれた。菅官房長官は党税調が財務省と深く結びついていることが愉快ではない。野田会長は税に精通しているが今や自民党で傍流。小沢一郎と共に自民党を離れ、新進党、自由党など転々とした。復党したものの党内に根を張っていない。菅官房長官とは以前からそりが合わなかった。野田を外し、「軽量級」の宮沢に代え、今年10月、謹慎が開けた甘利明を税調幹部に送り込んだ。税制の官邸主導が着々と進む。

そこにビール税が絡んだ。サントリーは毎年10月下旬、都内のホテルで自民党議員を呼んで懇親会を開いている。税制論議の開始を前に顔をつなぐ会合だ。昨年は安倍首相が参加した。その直後、「ビール系税制統一先送り」が報じられた。官邸からのリークと見られた。

野田が「2016年税制で一本化」の方向で財務省を詰めていた案は棚上げになった。

「参議院選を前に大衆増税は避けたい」という官邸の意向が働いたという。

◆「サントリーの工作が効いた」

「税金の安い第三のビールを増税すると、庶民の酒に増税するのかと反発を買います、というのはサントリーの言い分だった」と関係者は打ち明ける。

サントリーの新浪剛史社長は安倍首相が議長を務める経済財政諮問会議のメンバーでもある。懇親会で安倍・新浪会談があった直後の方針転換に、永田町は「サントリーの工作が効いた」という見方が強い。

そして今年「10年先送り」が事実上決まった。

「党税調でまだ何も話し合われていないのに2018年から段階的に税率一本化なんて誰が決めたのか」

自民党税調の議員はそう指摘する。

「宮沢さんは安倍首相や菅官房長官に逆らえない。こんな税調でいいのか」という閣僚経験者もいる。

新浪社長、佐治信忠会長が主催するサントリーの懇親会は今年も行われ、安倍首相も出席した。首相が引きあげると入れ替わりに菅官房長官が訪れた。税調メンバーとの懇親の場とされた会合だが、そこには宮沢会長も野田最高顧問も姿はなかった。

ビール系税制の一本化は2018年度から8年をめどで進められるという。ゴールは2026年度。業界関係者は次のように見立てる。

「今の時代、10年先が分かりますか。首相が必ずやる、と言った消費税だって2度も先送りされている。10年先ということは、だれも責任を持たないということでしょう」

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