п»ї M&A、踊らされる経営者 危ないのは武田だけか? 『山田厚史の地球は丸くない』第116回 | ニュース屋台村

M&A、踊らされる経営者 危ないのは武田だけか?
『山田厚史の地球は丸くない』第116回

5月 11日 2018年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

武田製薬がアイルランドの製薬会社シャイアーを総額約460億ポンド(約6兆8千億円)で買収するという。富士フィルムは米国でゼロックスの買収に悪戦苦闘中。海外で日本企業によるM&A(買収・合併)が活発化しているが、この現象は、喜んでいいことなのか?

◆ブームの裏には経営者の焦りと不安

M&A調査会社のレコフ(本社・東京都千代田区)によると、2017年に日本企業がからむ企業買収は3050件で過去最多だった。金額は13兆3437億円。このうち海外企業を買ったIN-OUT買収は672件、7兆4802億円だった。逆に海外から日本企業が買われるOUT-INは3兆6440億円にとどまった。

圧倒的に日本から海外に仕掛ける買収が多い。狭い日本に飽き足らず、世界に打って出る企業の姿勢が読み取れるが、さまざまな問題を孕(はら)んでいる。

第一は「軍資金」。銀行融資などで膨らますが、核となるのは企業の貯蓄である内部留保だ。

旺盛なM&Aは、日本企業が過剰とも言えるほど内部留保を作り出したことと無縁ではない。2016年度末で400兆円を超えた企業の内部留保は、1990年代半ばから膨張し始めた。

バブルが崩壊して金融危機が起こり、銀行が貸し渋りに走ったからだ。企業は苦境を乗り切るため、リストラで身を削る。人員削減、給与減額、非正規社員への移行。労働者の取り分(労働分配率)を削って内部留保を増やした。リストラで利益が出る経営を目指す。この傾向はほぼ20年続いた。

お陰で財務体質は強化されたが、引き換えに失ったものがある。人材、技術、企業活力である。

現場を傷めたリストラで人は育たず、開発力は落ち、イノベーションに乗り遅れ、国際競争力は低下した。

「守りの経営」だけでは世界の成長に追いつけず、販売シェアは振るわない。「M&Aブームの裏には経営者の焦りと不安がある」と言われる。社内に目が向かっている間に、グローバルな競争から取り残された。

華々しく取り上げられるM&Aに、必ず語られるキーワードがある。「時間を買う」である。買収で相手会社が持っている「商圏」、つまり売上高や収益につながる販売ネットワークや顧客、業界内のシェアなどが転がり込む。自社にはない技術や特許、開発体制を取り込むことができる。本来なら、自前でコツコツと積み上げるべき販売網や技術スタッフの要請を、カネで買ってしまおう、というのである。

安易な方法だが、経営手者にとって手っ取り早い。自分の任期中に成果を出すことができる。大型買収を成功させて社長として囃(はや)し立てられ、社史に名を残すことにもなる。

ため込んだ内部留保を取り崩して時間を買う。本来なら、従業員の給与となっていたカネが、遅れた経営の挽回(ばんかい)に使われる。内部留保が膨らんだ反対側には、労働者の取り分である労働分配率の低下があった。リストラ、すなわち労働者の汗と涙の結晶が、M&Aの軍資金なのだ。

◆驚くべき経営の暴走

武田製薬はシャイアー買収に売上額7700億円の10倍近いカネを注いだ。武田の10年分のカネが国外に流出するということだ。

日本経済がデフレの苦境から抜け出せないのは、国内にカネが回らないからだ。企業は賃上げに慎重で、稼いだカネの投資先は、海外である。内部留保まで吐き出して海外M&Aに走る。これでは国内にカネが回らない。

デフレの真因は、ここにある。企業は儲けても国内にカネを回さない。

日銀は金融緩和でカネを膨らますが、国内で回らなければ、効果はない。逆に「ゼロ金利」に象徴される超低金利が海外M&A大型化を煽(あお)っている。

金融の超緩和で、銀行はカネを貸したくてしょうがない。だが、内部留保がたっぷりある大企業はカネを借りてくれない。貸してくれ、と頼んでくる中小零細企業は怖くて貸せない。担保がなくても事業を診(み)立てる慧眼(けいがん)を失った銀行は融資先を見つけ出せない。

そんな中でM&A融資が銀行の飯のタネになっている。

買収資金は身銭だけでは足らない。融資を含め様々な外部調達の手段を銀行や証券会社が提案する。ゼロ金利状態のおかげで資金コストは安くなり、買収額は膨らみがちだ。額が膨らめば、銀行証券が取る手数料が増える。

不安でたまらない経営者、貸し先がない銀行、斡旋料をガッポリ稼ぎたい証券会社。3者の思惑が一致し、M&Aはマネー業界を潤す寒天の慈雨となった。

だが事例を見れば、海外での大型買収は死屍累々(ししるいるい)だ。東芝は世界最大級の原発メーカー・ウエスティングハウスを買ったことで経営危機に陥った。日本郵政は豪州の物流会社トールに手を出し4千億円を超える損失を出した。リコーも米国で大損した。

なぜこんな事が起きたのか。原因は、日本企業の統治システムにある。重要な決定が一握りの人たちでなされ、多面的なチェックがなされない。案件が大きくなればなるほど、トッブの意向に逆らえない。

東芝ではウエスティングハウスを買収した西田厚聰(あつとし)社長は「豪腕経営者」として囃され、買収劇は上層部の社長経験者と、経済産業省幹部で方向が決まり、結論が先にあり取締役会は機能しなかった。日本郵政も同じ過ちだった。

二つ目の欠落は、買収した企業のマネジメントが全くできなかったこと。経営権は金を出せば買えるが、経営の実現を握るには他流試合に勝てる一騎当千の手腕が必要だ。同質性が重視され、暗黙の了解で成り立つ経営は外国で通用しない。日本企業は高い授業料を払っているが、外国で巨大組織を切り盛りできる人材は、決定的に不足している。

他社がやってる、我が社はやらんのか、という具合でM&Aが進んでいないか。他社は皆やっています、とインベストメントバンクにそそのかされていないか。失敗が表面化した事例は氷山の一角だろう。

金融緩和が長く続くと、必ず「驚くべき経営の暴走」が起こる。その時は、皆やっていること、と見過ごされることが、後になって深刻な過ちだとわかる。

黒田日銀総裁が始めた金融緩和の「副作用」が心配されているが、今ブームになっている大型企業買収こそ、長く続いた異常な低金利がもたらした経済損失に数えられるのではないだろうか。

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