п»ї 「ツキジデスの罠」に嵌った米国 経済が戦場になる覇権の衝突 『山田厚史の地球は丸くない』第120回 | ニュース屋台村

「ツキジデスの罠」に嵌った米国 経済が戦場になる覇権の衝突
『山田厚史の地球は丸くない』第120回

7月 06日 2018年 経済

LINEで送る
Pocket

山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

トランプ米大統領は6日、知的財産の侵害を理由に中国からの輸入品340億ドル分に対し25%の関税を上乗せする措置を発動した。中国は「威嚇(いかく)とゆすりに屈しない」として報復措置を行う。経済規模で世界1・2位の国家が、互いの威信をかけた経済戦争に突入しようとしている。

「ツキジデスの罠(わな)」という言葉が最近がしきりに語られる。私がこの言葉を聞いたのは4年前、伊藤忠商事で社長・会長を務め中国大使を経験した丹羽宇一郎さんからだった。

◆覇権国の意地

「歴史を見ると時代の変わり目には戦争が起きている。旧秩序を支配した強国に対し、新たな秩序を求める新興勢力が現れ、覇権を巡って戦いが始まる。ギリシャの歴史家ツキジデスは、アテネとスパルタが戦ったペロポネソス戦争を、覇権国の交代として描いた米国と中国がツキジデスの罠に嵌(はま)るか、現代史にとって重要な局面になっている」

当時、中国の習近平主席は軍事増強へと動き、オバマ大統領との首脳会談で「太平洋の覇権を西と東で分割しては」という強気の構えを示した、と伝えられた。

中国は尖閣諸島で日本の国有化を非難し、南シナ海ではフィリピンやベトナムと島の帰属を巡り争い、人工島に軍事基地を建設するという振る舞いにも出た。偶発的な衝突で、意図しない米中紛争が勃発するのでは、という懸念が広がっていた。

米軍が沖縄に駐留し、横須賀を母港とする第七艦隊が中台海峡を航行するのは中国にとって不愉快だろう。だが武力衝突になれば双方に利益はなく国内にも動揺が広がる。習近平が権力を掌握し軍部を抑える力を持つようになると、中国は挑発を控え、衝突の懸念は薄らいだかのように見えた。

習近平が目指したのは「経済強国」だった。世界の工場になり経済大国ではあってもハイテクなどに中核的技術は自前ではない。米国や日本に肩を並べる技術で武装する「強国」を目指し「中国製造2025」が策定されたのが2015年。10年後を目指し、猛然と技術水準の高度化が国を挙げて進められた。半導体や電子部品、製造装置などを自前の技術で賄おうというのである。

余談だが、この動きは日本の「景気回復」に貢献した。「電子産業のコメ」である半導体製造に中国が本腰を入れ、製造装置やハイテク部品、純度の高い素材を日本に発注した。米国でも同様のことが起きたが、日本から部品・素材が米国経由で中国に流れ込んだのである。

米国企業も対中貿易で潤ったが、大統領がトランプになると中国への警戒心が高まる。中国が米国のハイテク企業に投資したり買収したりするのは安全保障上の問題だと主張するようになった。米国にとって大事な技術が登用され強国化に利用されているという懸念。さらに中国の輸出攻勢を「巨額の貿易赤字は見過ごすことはできない」と槍玉(やりだま)に挙げるようになった。

安い中国製品が市場を席巻するとアメリカの国内産業が衰退する、という危機感が底流にある。秋の中間選挙を見据え、雇用不安におびえる選挙民へのリップサービスだけではない。遠からずGDP(国内総生産)で追い抜かれる中国の強国路線を押しとどめようとする覇権国の意地でもある。

◆「高関税」で広がる戦場

中国には厳しい投資規制がある。自由に投資できない。自動車産業が進出したくても政府の認可がなかなか降りず、認可されても現地資本と合弁を組まされる。輸出専用工場に限って独資(100%外資)が認められるようになったが、どこでも自由に、というわけにいかない。アメリカでは中国が自由に投資や商売ができ、会社や技術は市場で買うことができる。中国は、参入する外資に経済的自由を認めず、相手国では自由を謳歌(おうか)する。途上国なら認められる統制経済だが、経済強国を目指す中国が強制するのは公正とはいえない。トランプの指摘にはもっともな点がある。

日本やドイツなど欧州諸国が、言いたくても言えない。口にすれば「イヤなら中国市場の来なくてもいい」と弾き飛ばされるだけ。中国は日本市場が無くても困らない。技術や製品は日本製でなくてもいい。中国市場が必要な先進国は、中国のルールを受け入れるしかなかった。

だが米国は違う。米国市場から締め出すぞ、と言えば中国も敬意を払わざるを得ない。それが覇権国の強みである。

ドルという基軸通貨を持っている強みもある。中国も貿易決済など国際取引はドルに頼っている。元が国際市場で使われるようになったとはいえ、局所的な現象で、国際決済はドルが支配している。

その米国もひたひたと迫る中国を意識せざるを得ない。身勝手な国内規制を大目に見ていた歴代政権とオレは違うぞ、と一撃を加えたのが「高関税」だった。

効果があり、中国は対米黒字を是正するためアメリカから製品やサービスを買うことを約束した。アメリカと正面から貿易戦争しても得はない、と判断したからだろう。

ここで一件落着していたなら貿易戦争の火は燃え広がらなかったが、味をしめたトランプは深追いした。

制裁措置は思いのほか効くと知ったトランプは戦線を拡大。EU(欧州連合)や日本、カナダ、メキシコまで巻き込む高関税措置を宣言した。

◆自国民や自国企業まで戦火に巻き込む

貿易赤字を膨らます相手国は沢山ある。トランプは高関税で相手国を脅し、二国間交渉に持ち込んで個別に撃破するつもりだったが、あまりにも身勝手なやり方に多くの先進国を敵に回してしまった。

戦術の誤りを象徴的に映し出したのがカナダで行われたG7サミットだった。椅子に座って腕組みするトランプ大統領を各国の首相が取り囲み、翻意を促している写真が世界に流れた。ドイツのメルケル首相が立ったまま身を乗り出しトランプを説得しているように見える。傍らに安倍首相は思案顔で突っ立っている。アメリカ中心の秩序を支えてきたG7でアメリカの孤立が鮮明になった。

写真に映っていないもう一人の主役がいる。中国の習近平主席。G7から離反する米国をほくそ笑んでいるのは他でもない中国だ。自由主義圏のリーダーから脱落し、強国の一つになってゆくことは新たな覇権を狙う中国にとって都合がいい。

武力を伴う戦争なら、米国には北大西洋条約機構(NATO)があり日米安保がある。中国がかなう相手ではない。だが経済戦争なら勝手は違う。

トランプは北米自由貿易協定(NAFTA)を壊そうとしている。環太平洋自由貿易協定(TPP)にも参加しない。自由貿易圏の盟主として「失格」の烙印(らくいん)が押されようとしている。

戦争になれば国内は一致団結するが、経済戦争は米国内部で利害は錯綜(さくそう)する。自動車や半導体の業界からトランプが発動する措置に対し様々な反対が噴出した。

米国経済のメーンプレーヤーは多国籍化するグローバル企業だ。中国に生産拠点があったり、サプライチェーンでつながっていたりしていて、ビジネスに国境はない。他国で事業をしやすくするため米国政府の後押しを求めることはあっても、米国に税金を払うために仕事をしているのではない。

本社はあっても本国はない。それが多国籍企業だ。愛国よりカネ。あくなき自己増殖を求め資本の論理で世界を動く。政府はその道具である。

経済活動から国境がなくなった今、相手国を攻撃することは自国民や自国企業まで戦火に巻き込む。ヒトの交流、モノやカネのネットワークを壊すことは自傷行為でもある。

大国が衝突するツキジデスの罠は、武力から経済に土俵は変った。戦いは政治体制の力比べでもある。選挙で勝った大統領、言葉を変えれば選挙を意識せざるを得ない指導者と、民意に左右されず任期10年を託され、長期戦略を組める指導者のどちらが有利だろうか。これからの5年が大勝負だろう。

アメリカは中国の出方を見て、追加的制裁を取るという。2千億ドルの輸入に高関税をかける準備があるという。危険な挑発に中国がどう応ずるか。

民主主義と自由な経済がいい制度に決まっている、と果たしていえるだろうか。中国も世界秩序を引き受けるなら、変わらなければならない。「アメリカの時代」が終わるとしたら、次にどんな覇権が世界に生まれるのだろうか。

コメント

コメントを残す