п»ї 「借りたカネは返せ」は常識に非ず『山田厚史の地球は丸くない』第50回 | ニュース屋台村

「借りたカネは返せ」は常識に非ず
『山田厚史の地球は丸くない』第50回

7月 10日 2015年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

先日、ラジオ番組に呼ばれた。ギリシャ問題を話してくれ、という依頼だ。打ち合わせで進行役の女性から「ギリシャって酷(ひど)い国ですね。借りたお金を返さないなんて」と言われた。そうか。「借りたカネは返せ」という欧州連合(EU)の主張は日本人の金銭感覚にピタリとくるんだ、と感じた。

借金の返済に窮した警察官が殺人を犯す、なんてことさえある日本人の「律儀さ」を語ると、外国人は「信じられない」という顔をする。「そこまでして借金を返すのか」とラテン系は唖然(あぜん)とする。

◆ギリシャの「ヘアカット」は論外と突っぱねるEU

日本では「借金は借りた側の責任」とされるが、世界には「貸した側にも責任がある」という考えもある。資本主義は「資本」、すなわちカネを媒介にして成り立つ。「カネを返すのが資本主義の大原則。返さないことが許されたら世界の秩序が揺らいでしまう」という識者も少なくない。

実際の社会はどうだろう。資本主義はしばしば、「貸したカネが返ってこない社会」でもある。会社が倒産すれば債権者会議が開かれ、再生できるよう「債権の切り捨て」が話し合われる。国家でも同じだ。

「デフォルト」という金融用語がメディアをにぎわしているが、国家が返済に行き詰まることは珍しくない。そうなると国際通貨基金(IMF)が乗り出す。

企業なら全財産を債権者が分けてしまう清算もあるが、国家は消滅という手荒なことはできない。再生には、返済計画を見直すリスケ(リスケジュール)が不可欠で、その柱になるのが「ヘアカット」と呼ばれる債務削減だ。過重な借金を減らさなければ国家も再生できない。

つまり、金融の世界は「借りたカネは返せ」と言いながら、「返せなければ減額」となるのが実情だ。国内も世界も、借金は事情によって「棒引き」されるのである。

ギリシャ問題が深刻化しているのは、EU側が「ヘアカット」を論外としていることだ。「貸したカネは耳をそろえて返せ」と迫っている。

こじれた理由は三つある。第一に、EUには他国の債務を肩代わりしないという決まりがある。緩めると野放図な借金頼みがはびこる。第二は、ギリシャに左翼政権が出来たことだ。借金が払えないのに態度がデカい。第三は、統合への反動ともいえるナショナリズムの台頭が各国に起きていることだ。

◆救済に踏み切れないドイツのジレンマ

普通、借金が払えなくなると債務者は頭を下げ、「待ってください」と懇願する。債権者は「言う通りにすれば考えてやる」と上から目線だ。ギリシャでは、前政権が「ごめんなさい。おっしゃる通りにします」と増税や年金カットに応じたが、1月に誕生した左翼内閣は「もう限界だ。債権カットしてニューマネーを出せ」と胸を張って主張している。

こんな言い分をおめおめ飲んでしまったら悪い前例ができる、ポルトガルやスペイン、イタリアなど後に続く「負け組」に「返さなくてもいい」と思わせたら秩序が崩壊する、ドイツなど強国は恐れた。

緊縮財政でギリシャは国内総生産(GDP)30%も縮小、若者の2人に1人は職がない。物価は上がり、給与や年金は減額されこのままギリシャを追い込めば、交渉は決裂し、ギリシャは借金返済できなくなる。今の左翼政権よりもっと過激な勢力が登場しかねない。「債務危機には緊縮財政」というワンパターンの処方箋(せん)は現実に合わなくなっている。

ギリシャがデフォルトになれば、外国からカネを借りられなくなる。やがては欧州中央銀行(ECB)からも見放されるだろう。ECBがやっているユーロを供給という命綱が断たれれば、ギリシャ政府は公務員給与や政府調達に債務証書を発行して充てるしかない。独自通貨である旧通貨ドラクマに戻ることになる。そんな事態はギリシャも他のEU諸国も望んでいない。だが今のような頑(かたく)なな交渉を続けていたら、ありうるシナリオだ。

欧州の夢だったユーロ体制を壊したくなければ、妥協の道を探るしかない。そのためには、ドイツを中心とした「ユーロの勝ち組」が資金を出すしか手はない。ユーロ体制の存続は勝ち組の利益維持につながる。ギリシャ救済はそのコストである。

そんなことは分かっていても、ドイツのメルケル首相は踏み切れない。

「ギリシャのような怠け者にカネを出す必要はない」という声がドイツに充満しているからだ。「ギリシャをユーロに入れたことが間違いだった。出て行けばいい」という声まである。

「協力して一つの欧州へ」と進んでいた欧州に、「怠け者は去れ」という冷ややかな空気が流れる。統合より国家や民族に傾斜する排外主義である。豊かな国で極右が勢力を伸ばし、南欧で左翼が力を伸ばす。

スペインでは「我らは出来る」という意味の「ポデモス」という左翼勢力が世論調査で第1党になった。リーダーは35歳の政治学者カルロ・イグレシアス氏。国民的人気は高い。

「貸したカネは返せ」とカネ貸し論理で突き進むと、ユーロ体制は分裂するだろう。危機は回避できるのか。問われているのは、「ドイツの理性」である。

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