п»ї やっぱり出てきた「TPPは再交渉」身勝手な米国『山田厚史の地球は丸くない』第71回 | ニュース屋台村

やっぱり出てきた「TPPは再交渉」身勝手な米国
『山田厚史の地球は丸くない』第71回

6月 24日 2016年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

米国の大統領選挙で民主党の候補指名が確実になったヒラリー・クリントン氏は21日、遊説先のオハイオ州で演説し「米国民の利益にならない貿易協定は再交渉すべきだ」と語った。オハイオはホンダの自動車工場など製造業が集積している。TPP(環太平洋経済連携協定)に反対する労働組合を意識した発言とみられる。

クリントン候補は予備選挙から「TPPは基準を満たしていない」と反対を主張していたが、再交渉を主張したのは初めてだ。発言を伝える大手メディアは「オバマ政権下でTPPを承認できなければ、次期大統領は誰であろうと、承認には少なくとも1年以上かかるとみられている。今回の再交渉発言で、先行きはさらに不透明になった」(朝日新聞6月23日付)と報じた。

◆リボルビングドア

TPP危うし、というトーンだが、ピンボケの記事である。オバマ政権でTPP協定に議会承認を得ることは不可能、というのが現実だ。ヒラリー演説は「私が大統領になったら、交渉をやり直して協定の中味をもっと米国に有利なものにする」と言ったようなものだ。背後にTPP推進派の存在がある。

もともとTPPを巡る議会状況はねじれていた。オバマ与党である民主党に反対が強く、交渉権限を大統領に移譲するTPA法案さえ難航した。オバマ氏は党内の反対派を切り崩し、共和党の賛成で法案を通した。

今回のTPP協定書には、民主党も共和党も反対している。ところが両党が反対する中味がまるで違う。

民主党の反対は、安い輸入品が流入したり低賃金の労働者が米国にやって来たりすることへの反発。工場が外国に移転し、職場や労働条件が脅かされると。予備選で争ったサンダース候補や、共和党の大統領候補トランプ氏がこの点を強く主張している。

ヒラリー発言は、このあたりを取り込もうと「再交渉」をぶち上げたように見えるが、裏がある。TPPを推進する共和党主流派の存在を意識した発言なのだ。

議会の多数派となった共和党は、TPPに賛成。TPPを推進する全米企業会議に結集する大企業は共和党を頼りにしてきた。こうした勢力の代理人であるロビイストがTPP協定の条文を書いている、というのが交渉の内幕だ。

米国の政策決定過程は「リボルビングドア(回転扉)」を無視して語れない。対外経済交渉を担当するのは米通商代表部(USTR)だが、交渉に利益を期待する民間企業が一心同体になって取り組んでいる。橋渡しは法律事務所やコンサルタントを装うロビイストたち。ある時は政府職員、またある時は企業の幹部、そしてロビイストにもなる、と攻守を代えて専門分野をぐるぐる回るから「回転ドア」といわれる。

TPP交渉の責任者・フロマンUSTR代表は政策に強い弁護士であり、シティバンクグループの副社長を経てUSTRの代表に指名された。シティバンクはTPP推進企業連盟に名を連ねている。

共和党はTPP推進勢力をバックに議会で活動してきた。実力者であるハッチ上院議員は製薬会社から2年間で5億円の政治献金を受けた、と報じられている。バイオ製剤の特許期間を20年に延長することを主張していた同議員は「8年では短すぎる」と怒り、こんな協定は承認できない、とオバマ政権を批判している。

◆ヒラリー氏の実態は「隠れ賛成派」

推進派の共和党が反対では、残り短いオバマ政権がTPPを議会で通すことは難しい。結局、次期大統領の課題になる。トランプ氏では話にならない。推進派の共和党主流と考え方がまったく違う。TPP推進勢力が期待を寄せるのは、ヒラリー・クリントン氏だ。

国務長官の時は「TPP推進」だった。民主党から大統領を狙う立場から「慎重派」になり「米国に恩恵をもたらす基準を満たしていない」という言い回しで身内の反発を防いできた。実態は「隠れ賛成派」である。

選挙で「反対」を主張しながら、大統領になった途端「賛成」は難しい。米国では「新しい判断です」は通じない。そこで「再交渉」を言いだした。大統領になったら議会多数派の共和党と一緒にTPPを通す、という伏線が用意されている。背後に「リボルビングドア」を通じた根回しがあったのだろう。

米国の伝統的な政策を継承するのはヒラリー氏だろう。その伝統的政治手法がサンダース氏やトランプ氏によって指弾されている。背後には民意の変化があるのだが、米国政界を支配する多国籍企業はヒラリー氏に操縦桿(かん)を握ってもらいたいようだ。

◆二国間協議という「抜け穴」

さて、再交渉だが、TPP協定は批准前の再交渉は認めないことになっている。安倍首相も「再交渉はない」と言明している。ところが「抜け穴」が用意されている。二国間協議だ。TPP12か国全体ではダメだが二国間で話し合うのは勝手、ということになっている。

日米協議は、日本がTPP交渉に参加した時に並行して日米の懸案を話し合う「並行協議」を行うことで合意した。この交渉は、すべての分野でこれからも続けていくことになっている。

TPPは「環太平洋」と言っても、米国と日本だけでGDP(国内総生産)の70%近くを占める。米国の脅威は日本であり、狙う市場も日本。「今の協定では不安だ」という労組や、「取るモノを十分取っていない」と怒る製薬会社や農業団体をなだめるには、日本と再交渉すればいい。

米国には前例がある。「TPPの原型」とされる米韓FTA(自由貿易協定)だ。二国間貿易協定として2007年に合意したが、議会にかかっている時に大統領選挙とぶつかった。ちょうど今の状況と同じだ。

民主党候補だったオバマ氏は「米韓FTA反対」を叫び「大統領になったら再交渉する」と約束した。ヒラリー氏と同じだ。

調印しながらの米韓の再交渉は秘密裏に進められた。韓国議会が全貌を知ったのは再協議が合意した後。膨大で難解な協定を吟味することもできないまま、米国に都合よく書き変わった協定書をのまされた。

日本は、韓国の轍(てつ)を踏むことになるのだろうか。

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