п»ї 一歩踏み出すために『教授Hの乾坤一冊』第8回 | ニュース屋台村

一歩踏み出すために
『教授Hの乾坤一冊』第8回

10月 25日 2013年 文化

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教授H

大学教授。専門は環境経済学および理論経済学。政府の審議会の委員なども務める。「知性は、セクシーだ」が口癖。趣味は鉄道(車両形式オタク)。

私は本を選ぶ際にちょっとしたルールを自分に課している。それは、今はやっている本、ましてやベストセラーは読まないというルールである。仮に読むとしても、流行が廃れてからゆっくり読む。世評に促されたような形で読むのは潔くないという妙な美意識があるからかもしれない。

だが、かたくなに守ってきたこの禁をとうとう破ることになった。ベストセラーであるシェリル・サンドバーグ/著、村井章子/訳の『LEAN IN 女性、仕事、リーダーへの意欲』(日本経済新聞出版社、2013年)を読んだのである。何気なく手にし眺めているうちに、結局最後まで目を通すことになった。ちょっと読み始めたら、つい夢中になって、やめられなくなってしまったのだ。

シェリル・サンドバーグはフェイスブックのCOO(最高執行責任者)であり、今世界が注目するビジネスパーソンである。そういう人の書く本だから自慢話満載、鼻持ちならない書きぶりなのではないかと思いつつ読み始めたのだが、そんな偏見に満ちた予測は見事に打ち砕かれた。

誤解を恐れず本書をざっくりまとめてしまうと、こうだ。まだまだジェンダーバイアスのあるアメリカ社会で女性がビジネスの頂上まで登りつめるのは容易ではない。サンドバーグのような人でさえも、失敗と自信喪失の経験を繰り返す。しかし、そんな自分がビジネスで成功できたのは、自分の主張と能力を認めてくれる上司がおり、周囲の人々、特に家族が支えてくれたからだ。自分がここまでなれたのだから、ビジネスの分野で志を持った女性がもっと活躍するチャンスがもっと与えられるべきだ。それによって社会が一層よくなること請け合いである。ざっと言うとこんな感じだろうか。

◆失敗例からのアドバイスも

こう書くと、「なんだそんなことか」と思われてしまうかもしれないので、もう少し本書の特長を述べておく。まず、本書には女性が社会でより活躍できるための具体的アドバイスが満載されている。しかも成功例からだけではなく、失敗例からのアドバイスがあるところが良い。

たとえばこんなことだ。自分の見方があれば相手の見方もある。ところが、ともすると自分だけが真実であるかのように振る舞ってしまうことが多い。これでは「他人に黙れと言っているのと同じことになる」と著者は言う。もちろん相手の主張を聞くことが大事なのだが、著者は「いまのところできていない」と素直に告白する。「聞く能力は話す能力と同じくらい大切である」。簡単なように聞こえるけれど、それがなかなかできないものだ。

子育てと仕事の両立に関するアドバイスも実に面白い。著者はこのことでかなり苦労した。サンドバーグ曰く「子供を育てる正しい方法というものがあれば誰でもそれを実行するだろうが、そんなものは存在しない」。その通りだ。だから子育てと仕事の両立でパーフェクトを目指す必要もないのだ。奮闘の毎日から道が開けてくる。

著者が自分の弱さを率直に認めているのも本書の特長で、読者に勇気を与えてくれる。たとえば、「落ち込む体験もあった」「心臓が破裂しそうになった」「いまのところはできていないが、挑戦しつづけるつもりだ」などの表現がしょっちゅう出てくる。世界で有数のビジネスパーソンも我々と同じような弱さがあるのだ。極めつけは次の告白である。「だがごく稀ではあるけれども、困り果てたとき、あるいは裏切られたと感じたときには、どうしても涙が湧き上がるのをこらえ切れない」。トップの経営者にしてこうなのだ。我々と変わるところがない。なにか慰められるような思いがする。

こう書くと本書が情緒的な雰囲気で彩られているような誤解を与えてしまいそうだが、実はその逆である。著者が語るさまざまな事実は、データやアカデミックな文献で証拠づけられている。脚注をみると、この本が学術書であるかのような気さえしてくる。それほど客観的な裏付けを持った本なのである。

◆働く女性や男たちへのメッセージ

著者によれば、アメリカの大企業で活躍中のトップの女性28人のうち、26人は結婚しているということだ。しかも、これらのトップの女性の多くは、夫の育児の協力や理解がなければここまで来れなかった、と語ったという。思わず胸が熱くなる。

本書は働く女性への熱いメッセージを意図して書かれているが、同時に家事を専門とする人々への深い敬意の言葉も忘れていない。そればかりではない。この本は男たちへのメッセージでもある。男女の違いなく、また人種の隔てなく、一歩前に踏み出そうとしている人のために本書は大きなエールを送っているのだ。

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