п»ї 円環で考える「富山型」議論を進めたい 『ジャーナリスティックなやさしい未来』第93回 | ニュース屋台村

円環で考える「富山型」議論を進めたい
『ジャーナリスティックなやさしい未来』第93回

11月 15日 2016年 社会

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引地達也(ひきち・たつや)

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コミュニケーション基礎研究会代表。就労移行支援事業所シャロームネットワーク統括。ケアメディア推進プロジェクト代表。毎日新聞記者、ドイツ留学後、共同通信社記者、外信部、ソウル特派員など。退社後、経営コンサルタント、外務省の公益法人理事兼事務局長など経て現職。東日本大震災直後から「小さな避難所と集落をまわるボランティア」を展開。

◆理にかなう方式

埼玉県鴻巣(こうのす)市にある社会福祉法人「一粒」(ひとつぶ)は、今後日本ではモデルでなるであろう「街」を運営している。正式名称は「吹上(ふきあげ)富士見共生プラザ 風の街」。鉄筋コンクリート3階建ての建物には、「サービス付き高齢者住宅」「デイサービス」「グループホーム」「家庭保育室」「生活相談支援センター」「コミュニティスペース」の機能を備えており、高齢者や自立支援が必要な障がい者、そして子供と、社会においてケアされる対象を集めることによって、高齢者と子供、高齢者と障がい者が自然と交じり合える工夫がされている。

これはいわゆる、「富山型」デイサービスの考えに近い発想で、これは人間社会の理にかなった方式とも言える。これが、なかなか日本では主流にならなかった。制度の壁やこれまでの概念から抜け出せない実情もあっただろう。しかし、日本の福祉はそろそろ全面的な見直しの時期に来ているから、その壁も瓦解(がかい)するのではないかと思う。

◆前例を突き崩す

富山型は、「高齢者も子供も障がい者もいっしょ」をコンセプトに、年齢や障がいの有無にかかわらず、誰もが一緒に身近な地域でデイサービスが受けられる場所(富山県ホームページ)として、「静かに」広がっている。1993年に富山赤十字病院の看護師だった惣万佳代子(そうまん・かよこ)さんら3人が県内初の民間デイサービス事業所「このゆびとーまれ」を開設したことで始まった。

民家を改修した小規模な建物で、対象者を限定せず、地域のサービスの提供場所を確保したのは当時としては新しかった。特に「福祉サービスの対象を選ばない」サービスは、役所の「前例がない」とした対応を突き崩したのである。高齢者、子ども、障がい者を対象とするのは、児童福祉法、身体障害者福祉法、老人福祉法と支援する法律も違い、担当する役所の部署や担当も違ってくる「縦割り」行政にあっては、不可能に思えたことだった。

結果的に富山県も動き、独自に助成制度を創設、国にも制度を働きかけた結果、10年後の2003年に国から「富山型デイサービス推進特区」の認定を受け、知的障がい者・障がい児が自立支給給付金を利用してデイサービスを受けられるようになったのである。

この取り組みは合理的であり、かつての社会はケアが必要な人が自然に地域でケアをするという「円環型」だった、という論を考えれば、自然でもある。「ケア」についての多数の論考がある広井良典(ひろい・よしのり)京都大教授によれば、前・産業化(工業化)社会」は、農業を中心とするムラ社会であり、すべてのケアは家族や共同体のなかで「相互扶助」で行われていた。家族や地域で子供や老人をケアしていたのがムラ社会だった。

しかし現在は、子どもや老人のケアを「外部化」し、仕事等の生産活動を円滑にしようとする社会。この社会で、福祉行政も各セクションに押し込められてきた、と言ってもいいかもしれない。富山型はムラ社会型の再現であり、社会保障費が目減りしていく中にあって、縦割りによる無駄を省き、横の連帯で合理性も追求できるから時代が求め始めるだろう期待感もある。

◆支援から枠組みへ

関係者の間で知られている「富山型」だが、社会に広く知られている、とは言い難い。加えて、事業開始から特区認定までの10年の歳月は、関係者の地道な努力は評価したいが、役所の動きは鈍い。今後さらに注目されることは間違いないが、注目のフレーズが「合理性」ならば、とたんに経済効率性という議論になり、福祉サービスがおろそかになる危険もある。

それでも、進めるべき問題である。現行制度でも「精神障害者」については、まだ確実に取り入れられてはおらず、今後の課題。冒頭で紹介した一粒は、「風の街」以外にも共同生活援助事業として障がい者向けのグループホームの運営や、パンや豆腐作りや各種委託作業を行う就労継続支援事業、放課後等デイサービスも手掛けており、生活や仕事までの全般をケアしている。

さらに精神障がい者も絡めながら、共生を追究している最中だ。「先駆けてやってみればいいんですよ」と関博人理事長は明快で、制度から支援を考えるのではなく、必要な支援を考え、動く。そこに必要な枠組みが見えてくる、という行動スタイル。地道な活動と、時代が必要とする仕組みをうまくかけ合わせ、イノベーションを促進させていきたいと、私も共感しつつ、新しい福祉の未来を夢想してしまうのである。

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■精神科ポータルサイト「サイキュレ」コラム
http://psycure.jp/column/8/
■ケアメディア推進プロジェクト
http://www.caremedia.link
■引地達也のブログ
http://plaza.rakuten.co.jp/kesennumasen/

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