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加賀屋に泊まってみた~金沢・能登の旅~
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第95回

6月 02日 2017年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

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バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住19年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

今春、日本出張の機会を利用して、私達夫婦は石川県和倉温泉にある加賀屋に泊まってみた。加賀屋は言わずと知れた日本を代表する温泉旅館で、旬刊旅行新聞社が主催する「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」で30年以上にわたり1位を連続受賞している。直近では「日本一」を逃したものの、そのこと自体がニュースになるくらいの旅館である。もちろんテレビの旅行番組では数えきれないほど紹介されているため、「海に面した壮大な建物」「仲居さん達が並んで行うお客様の出迎えや見送り風景」「館内の立派な装飾品や多くの土産物店」など、行ったことがなくても加賀屋のイメージを持ち合わせている方が多いことであろう。

◆あまり良いイメージはなかったが……

実は私は長い間、加賀屋に対してあまり良いイメージを持ち合わせていなかった。今から20数年前、私が当時の東海銀行(現三菱東京UFJ銀行)国際企画部の次長として働いていた時代、当時の東海銀行はリストラ策の一環として海外拠点の縮小に動いた。

この埋め合わせとして採用したのがアジアの有力銀行との提携であった。台湾銀行(台湾)、UOB銀行(シンガポール)、バンコック銀行(タイ)、メトロ銀行(フィリピン)、アラブマレーシアバンク(マレーシア)、リポ銀行(インドネシア)などアジア各国・地域のトップ銀行と提携し、これらの銀行の頭取を年1回日本に招き、各行との協業に向けた会議を開催した。

この会議を終えると、各銀行の頭取夫妻と日本各地を2泊3日の旅行をする。平泉(岩手)や出羽三山(山形)、飛騨(岐阜)など参加者の満足度を高めるために、旅行地の選定には毎年、大変苦労した。都合10年ほどこうしたことを続けたが、アジアの大金持ちでもある各国・地域のトップ銀行の頭取を連れていった旅行地の中で、最も不人気であったのが加賀屋であったからである。

私自身はそれ以来、バンコック銀行日系企業部の責任者を退任した2年前までは観光旅行などしたことがない。現在も年2回は日本各地を出張して回っているが、残念ながら観光旅行をする余裕はなく、ほとんど新幹線の駅に隣接したホテルを利用している。このほうが次回の目的地への移動に便利だからである。

しかし最近では、日タイの観光振興による中長期的な産業育成を目指し、タイにおいて有識者による定期的な会合も開催している。このため、日本を代表する旅館である加賀屋も自分で宿泊し経験してみなければ今後日本の観光を語る資格がないと思い、今回の旅行となった。

◆アップグレードのサービス

加賀屋に泊まりに行った日は4月終わりの雨の日であった。東京から金沢経由で和倉温泉に向かうのだが、当初は金沢で陶器などを見て、ゆっくりと加賀屋にチェックインすることを考えていた。

ところが、旅館からはなるべく早く午後3時ごろにチェックインすることを強くすすめられた。何の事前知識もないまま午後4時に和倉温泉駅に着く特急列車に乗った。和倉温泉駅はあまり大きくないが、駅前には10台近くの旅館の送迎バスが待っている。その中で1台だけ大型バスがあり、それが加賀屋のバスであった。早速大型バスに乗り込んだが、ほぼ満席の状態である。加賀屋は本体以外にも和倉温泉に三つほど系列の旅館を有しているようで、バスはこれらの系列旅館に止まりながら20分ほどで加賀屋に到着した。

仲居さんが門のあたりにずらっと並んでいる。テレビで見た風景だ。私達がバスから降りていくと、仲居さん達は順番に我々に付き荷物を門からチェックインカウンターに持っていく。バスからは20組ぐらいのお客が降りたと思うが、待つことが全くなくスムーズにチェックインができた。この手際の良さには驚かされた。大量のお客をさばくことに慣れているのであろう。チェックイン時には大勢のスタッフがカウンターの中に入って、要領良く書類を受け付けている。

私は今回一番安いパッケージを申し込んだのであるが、チェックインカウンターでは「本日は部屋割りに余裕があるのでランクの高い部屋にアップグレードさせて頂きます」との申し出を受けた。妻の友人が「私が加賀屋に行くとお得意先だからと言って、いつも部屋のアップグレードをしてくれるの。加賀屋のおもてなしは素晴らしい」と言っていた。人間は自分だけ特別待遇をされるととてもうれしいものである。部屋に余裕があれば部屋のアップグレードをするというのは、人間心理をよくわかった心憎いサービスである。

◆館内で美術品めぐりツアー

こうして私達は仲居さんにアップグレードされた部屋に連れていかれることになったが、エレベーターホールで大勢のアジア人観光客に出くわした。ここでまた驚いた。

「エレベーターホールはこちらです。順番にお乗り下さい」。仲居さん達は外国人に対して堂々と日本語で説明をしている。あまりに堂々としていたため、私は仲居さんに聞いてきた。「日本語で説明してこの人達はわかるのですか?」。仲居さんは平然と「皆さまおわかりになりますよ。皆さまは日本に来ているのだから、少しは日本語を勉強しているのではないですか?」と返してきた。

バンコック銀行で行っている観光部会で以前、日本の観光業の方が「日本の旅館の仲居さん達は外国人アレルギーがあって外国人だというだけでおびえてしまいます。英語などできなくても良いのです。外国人を恐れなくなれば、日本の旅館でもっと外国人観光客の受け入れができるようになります」と話されていたのを思い出した。全くそのとおりである。

さて仲居さんに連れられて18階の部屋に着くと、そこは東側と南側の両側に窓があり、控えの間も二つある立派な部屋である。残念ながらその日は雨であり、景色を楽しむことはなかったが、「晴れていればさぞかしきれいな風景なのだろう」と思いをはせた。

仲居さんがお茶をいれながら加賀屋のシステムを説明してくれた。館内には二つ劇場があり、決められた時間にショーがある。この他カラオケやクラブが3店。土産物屋も館内に10カ所近くあるという。この他、夕方4時と5時に2回、館内の美術品ツアーがあるという。九谷焼(くたにやき)や大樋焼(おおひやき)など美術品に興味がある私達夫婦は時間的に間に合う夕方5時の美術品ツアーに参加することにした。仲居さんがさっそくそのツアーの申し込みに走ってくれた。

5時の美術品ツアーには50人ほどが集まり、2班にわかれて出発した。加賀屋の館内は広く、いたる所に美術品が展示されている。エレベーターホールには大きな加賀友禅の織物。チェックインカウンターの板は大きな輪島塗。廊下の脇も陶器や漆器などが所せましと展示されている。

前田百万石の時代に文化が興隆したのであろう。京友禅から派生した加賀友禅や千家の茶で使われる楽焼茶碗から分かれた大樋焼などがこの代表である。また石川県を代表する磁器である九谷焼。地場で脈々と伝統を受け継ぐ輪島塗、更には日本刀や金箔(きんぱく)など石川県の伝統工芸品は枚挙にいとまがない。こうした多岐にわたる伝統工芸品について、加賀屋の副支配人の方が説明してくださる。ここ2年ほど、陶磁器の美術館や窯元めぐりをして少しは知識があるものの、こうした美術館は展示品を見て回るだけである。石川県の伝統工芸を体系的に学ぶ貴重な体験となった。

◆あっという間に過ぎる時間

5時から始まった1時間の美術品ツアーがあっという間に終わり、あわただしく温泉入浴を済ませると、7時の夕食時間である。

さすがに1200人収容できる大型旅館である。各部屋に配膳された夕食は懐石料理のフルコースながら温かい料理を出す工夫がなされており、メイン料理は自分の手元で調理する鍋料理や石焼き料理である。食材には北陸の珍味である「くちこ」(なまこの卵巣を干して作る)や「からすみ」、「岩のり」などの能登の海藻、更に能登で作られるサツマイモ「能登金時」などが使われ、工夫がされている。しかし残念ながら、接待で懐石料理を数多く食べている私にとっては加賀屋の料理はまずまずというところであった。そもそも旅館の料理と料亭の料理を比較することが間違っているのであろう。

夕食の途中ではカメラマンの人が来て私達夫婦の写真を撮っていった。夕食の終わりには写真が現像されて仕上がっており、2客の湯呑みとともに旅行の記念品として手渡された。こうしたサービスによってリピート客が増加していくのであろう。良く工夫されている。

食事が8時半に終わると、私達は館内の散策へと出かけてみた。宝塚風の演劇はまだ上演中であったが、土産物屋には人がたくさんいる。私達は美術品に興味があったので、何棟にも分かれている館内を歩き回った。そのうちの一つの棟の最上階はカードキーによるセキュリティーがなされており、一般の人は入れないようになっている。

我々が主催する観光部会でタイの金持ち相手に観光業を行っている方が「タイの大手銀行オーナーが加賀屋を気に入り、毎年1週間滞在させている」と話しておられたが、多分この最上階に宿泊しているのであろう。この最上階に宿泊すれば、特別料理とともに特別なサービスが受けられるに違いない。さもなければ目の肥えたタイの金持ちが毎年宿泊することなど考えられない。これも加賀屋の卓越したシステムなのであろう。

こうして館内を回っていると、オープンラウンジから音楽が聞こえてくる。南米の男女2人組のラテン演奏である。9時過ぎからやっているようで、誰でも無料で聞くことができる。ラウンジなので、もちろん酒やコーヒーなどを注文してもよい。男性のギタリストに女性の歌手の組み合わせだが、ちょっとおかしな日本語を使いながらおしゃべりと演奏でお客を楽しませる。演奏の質はいま一つであるが、50人近くいる聴衆は大満足である。数人の人達は演奏に合わせて踊っている。皆の顔からは特別な夜であるという満足感が漂っていた。

アンコールに次ぐアンコールで演奏は夜10時過ぎまで続いた。私は明朝6時に起きて8時の電車に乗り金沢に仕事に行かなければならなかったので、夜10時過ぎに演奏が終わると就寝するため自分の部屋に戻った。それにしても、あっという間に時間がたってしまった1日であった。

◆湯布院と好対照 もう一つの観光のあり方

後日、東京で旅行業者の方とこの加賀屋での経験を話し合った。「整然とシステム化された旅館の対応」「英語を恐れない仲居さんの態度」「ふんだんに用意された催し物とあっという間にたってしまう時間」「あなただけ特別だと思わせる各種の仕組み」などについて話をしたところ、その旅行業の方は次のように言われた。

「確かに加賀屋さんは勝ち組です。一企業として多くの努力をされてきている。しかし加賀屋さんが強すぎるため、和倉温泉の街はどんどんさびれていってます。幾つかの旅館も潰れ、その旅館はいまや加賀屋さんの傘下に入っています。私達から見て、加賀屋さんと対極的な動きをしているのが由布院です。由布院はそれぞれの店が専門店化し街全体で観光振興をしています。由布院のやり方は街の人達の協力が欠かせませんが、これも一つの観光の在り方だと思います」

写真説明=どれも筆者撮影

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加賀屋の外観

 

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館内の豪華なつくり

 

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館内には商店街のように土産品店が並んでいる

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