п»ї 安倍さんは分かったかな? スティグリッツ氏の「反TPP」『山田厚史の地球は丸くない』第65回 | ニュース屋台村

安倍さんは分かったかな? スティグリッツ氏の「反TPP」
『山田厚史の地球は丸くない』第65回

3月 25日 2016年 経済

LINEで送る
Pocket

山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

「スティグリッツにはガッカリしました」という声を学生から聞いた。市民派の経済学者と期待していたのに、安倍首相に呼ばれて来日し、「消費税延期」に舞台づくりに一役買うとはどういうことか、というのである。

同氏はクリントン政権で大統領経済諮問委員会の委員長を務め、政権と経済政策の機微を知っているはず。安倍首相の意図が分からないはずはない、それなのにのこのこやってきて、宣伝の道具に使われた。

「世界を飛び回るエコノミスト」と呼ばれるほど、あちこちの政府からお呼びがかかる。途上国が多い。タイ政府からは昨年お呼びがかかった。環太平洋経済連携協定(TPP)に参加すべきか問われた。

◆「情報の非対称性」でノーベル経済学賞

「やめた方がいい」。回答は明快だった。協定内容が非公開であり、多国籍企業が背後で画策している。とくに製薬会社が薬価の引き上げを狙い政府を動かしている。タイのジェネリック医薬品産業に打撃を与える、と助言したという。

クリントン政権のあと、次に就いたのが世界銀行の主任エコノミストである。途上国のインフラ建設などに融資する開発金融機関だ。ここで先進国企業が途上国でどんなことをしているのか、現実を知った。

ノーベル経済学賞を受賞したのは「情報の非対称性」についての論文だ。非対称性とは、一方が強くて片方が弱いという状態だ。契約は対等が前提だが、情報をたくさん持っている者と何も知らない者は対等ではなく、経済的利益は強者が得る。

途上国と先進国の関係でもある。新興市場は多国籍企業の草刈り場となった。自由貿易の美名のもとに強者による搾取(さくしゅ)・収奪が進んでいる。世界規模の市場経済化、アメリカ一極支配の下で世銀のエコノミストを務めた経験が『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』(2002年、徳間書店)などの著書となった。

◆安倍政権の道具に使われてしまった

多忙なはずのスティグリッツ氏が、なんで安倍首相に呼ばれてやって来たのか。

じつは別件で来日が決まっていたのである。「主たる目的は、シカゴ大学時代(1965年頃)の恩師、故宇沢弘文東大教授の1周忌の記念講演だったが、ついでの第一番が、宇沢さんが共同代表を務めていた『TPP阻止国民会議』での勉強会の講師で、そこに私が会長を務める『TPPを慎重に考える会』が乗ることになっていた。ところが、安倍政権が途中から入り込み、16日に首相官邸で開いた国際金融経済分析会合で、消費税率10%の引き上げに反対意見を述べ、大きく報道された」

民主党衆議院議員(長野県1区)の篠原孝氏は、自身のブログ(3月20日付)で明かしている。TPP反対の人たちが呼んだ役者を首相官邸に横取りされ、安倍政権の道具に使われてしまったのだ。

確かに「消費税増税反対」はスティグリッツ氏の持論である。今のような状況で消費を冷やすような政策をとる意味はない、という。だからといって法人税を下げる大企業寄りの政策を支持しているわけではない。金融緩和で日本が何とかなるとも考えていない。

日本でのセミナーなどで語ったのは、環境保護と所得分配を両立させる炭素税の導入だ。温暖化ガスを排出する企業に課税する政策である。

◆「TPP=自由貿易」という幻想

恩師である故宇沢教授は「環境・平和・公正」を経済学の基礎に置き、成長重視の主流経済学と一線を画していた。スティグリッツ氏もこの路線である。

アメリカ社会の貧富の差こそ経済が取り組む課題であるとして、ウォール街を占拠した若者の運動を支援した。その延長線上にTPPがある。今回の来日も「反TPP」への加勢である。「TPPは世界で貧富の差を拡大する」と警鐘を発し、市民運動の先頭に立った故宇沢教授の遺志を継いで勉強会の講師を引き受けた。

「オバマ大統領は21世紀の貿易ルールは中国に欠かせない、と言ったが、TPPのルールを書いているのは多国籍企業のロビイストだ」と述べたという。

日本では「TPP=自由貿易」という受け止め方で、貿易立国である日本は自由貿易で繁栄する、という幻想を抱いている。そのような自由貿易観は1980年代に崩壊したはずだ。自由貿易の国であるアメリカが自動車をはじめ繊維、鉄、半導体、電気製品などで輸入規制を開始した。自動車に至っては日本側が「輸出自主規制」を行った。市場は自由だが、日本のメーカーが自主的に輸出を抑制する。168万台という台数まで米国から押し付けられ、通産省(当時)が各社に割り当てた。

アメリカは自由貿易と言いならが、自国の市場は守る。次はアメリカへの工場移転だった。労働組合の要求に従い雇用の場を米国内に強要された。今回のTPPでも、自動車に輸入関税は30年経たないとなくならない。その間、再交渉があり、たぶん関税は無くならないだろう。自動車各社はもう諦めている。だからメキシコに工場を建てている。北米自由貿易協定(NAFTA)でアメリカ市場を攻めようというのだ。

スティグリッツ氏は安倍首相にTPPの危うさを警告したと思う。来日の狙いは「反TPP」だ。首相に会って言わないわけはない。さて、安倍さんは理解できただろうか。

コメント

コメントを残す