п»ї 日本を破壊するブラック企業『教授Hの乾坤一冊』第11回 | ニュース屋台村

日本を破壊するブラック企業
『教授Hの乾坤一冊』第11回

12月 06日 2013年 文化

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教授H

大学教授。専門は環境経済学および理論経済学。政府の審議会の委員なども務める。「知性は、セクシーだ」が口癖。趣味は鉄道(車両形式オタク)。

ある日新聞広告を見ていたら目に留まったのがこれから紹介する本、今野晴貴著『ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪』(文藝春秋、2012年)である。自分の無知をさらすようで誠に恥ずかしいのだが、それまで私は「ブラック企業」という言葉を知らなかった。一体どんな企業だろうと思って大学生協に注文し、手にしてようやくその意味するところがわかったわけである。

ゼミの学生に聞いたらもちろん全員がこの言葉を知っていた。なかには、本書にも出てくる居酒屋チェーン店Wの名前をブラック企業の代表例として声に出して挙げる学生もいた。就職活動をする学生は、ブラック企業に就職してしまったら命取りになるから、知らないはずがないのである。そんなことも知らないでいたとは、私は実にのんきな教師だ。

それでは、ブラック企業とはどのような企業なのか。まだこの言葉を知らない人もいるだろうから説明しよう。一言で言ってしまえば、将来のある若い人間を自社の利益のために潰し、揚げ句の果てにはうつ病などの精神疾患に罹患(りかん)させ、最終的には退職させる企業のことである。ひどい場合には、若者を自殺に追い込むことさえあるという。

日本経済の長い停滞のなかで非正規雇用が増え、正規雇用の地位を得るのが容易でなくなった。これに乗じたのがブラック企業なのだ。労働市場がいわば買い手市場なのをよいことに、大量に若い人を雇用する。しかし、新入社員を大事に育てるなどということは一切しない。むしろその逆だ。

右も左もわからぬ新入社員に「お前たちはコストだ」と言ってプレッシャーをかける。ハラスメントまみれの環境の中で社訓を覚えさせることもあれば、売り上げ増強のために長時間労働を強いることもある。耐え抜いたごく一部の人間だけが、その後選抜される。耐えられなかった若者は、自信を喪失し、うつ病になるなど、その後の自分に絶望したまま生きることになる。

◆既存企業もブラックになる恐れ

過酷な試練に耐えた人間だってよいことはない。なにせ、長時間労働のうちのほとんどがサービス残業なのである。ブラックな営業方針に洗脳され、その後もロボットのように企業利益のために生きて行くのだ。労働の喜びや人間性の尊重などみじんもない。企業の利益、それ以外はすべて無視される。

ブラック企業は狡猾(こうかつ)だ。労働の現場でどう見ても違法、非倫理的と思う行為をやってのけるのに、若者に自分が悪いのではないかと思わせるようにしむける。合法的にやめさせる技術を身につけ、高度化させているというのだから恐れ入る。それに、弁護士や社会保険労務士のなかにはブラック企業のお先棒を担ぐ者さえいるらしい。とても若者にとって太刀打ちできる相手ではない。

急速に成長をする企業のなかにはそのような企業があることくらいは推測がつく。しかし、本書で実名入りで紹介されているブラック企業の中には相当有名な企業も含まれている。著者によれば、ブラック企業に定義はなく、どの企業もブラック企業になり得るというのだ。いや、そんなことはあるまいと思う人も多いだろう。うちの会社に限ってそんなことはないと思うかもしれない。

しかし著者の指摘するところによると、日本の企業では「部下や社員には見ず知らずの他人以上に何をしてもいいのだというおかしな価値観が、職場を支配している」。加えて、日本企業内の業務命令が諸外国と比べて著しく強く、良く言えば伸縮的、悪く言えば曖昧(あいまい)であるということも、既存の企業のブラック化を促す要因になる。

◆日本経済の構造的問題になりつつある

確かにこうしたことは、いわゆる終身雇用や年功賃金などの日本的な雇用慣行があったことを考えると、一概にブラック化の要因と決めつけることはできない。これまでは失業率が低く所得格差の比較的小さい一方、生産性の高い経済社会が実際つくり上げられて来たという事実もある。しかし現状、今は違う。日本的な雇用慣行は崩れつつあるのだ。悪い労働慣行だけが残ると、既存の企業でさえブラックになる恐れがある。

ブラック企業は、有為な若者を肉体面、精神面で破壊するという点だけでも許せない。貴重な労働力が失われるという面では日本経済にとっても大変な損失である。それだけではない。ブラック企業のおかげでホームレスとなった若者の生活保護、健康保険などは一般の国民の懐から支払われることになる。社会的なツケ回しなのだ。

ブラック企業の存在を許してはならない。これは「現代の若者の意識が変わった」とか「精神的な成熟度が昔と違うのだ」などという、よくある若者批判とは別次元の問題だと言うことを認識する必要がある。ブラック企業、ブラックな経営は、今や日本経済の構造的問題になりつつあるということを認識しない限り、問題を解決することはできない。今、ブラック企業という病魔が日本に巣食い始めているのだ。

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