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欧米バイヤーによる衣料品調達が増加
『夜明け前のパキスタンから』第16回

8月 12日 2016年 国際

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北見 創(きたみ・そう)

『夜明け前のパキスタンから』第15回
 日本貿易振興機構(ジェトロ)カラチ事務所に勤務。ジェトロに入構後、海外調査部アジア大洋州課、大阪本部ビジネス情報サービス課を経て、2015年1月からパキスタン駐在。

パキスタンの輸出全体が減少傾向にある中、衣料品の輸出は好調だ。コストが増加する中国から、パキスタンへ調達をシフトする動きがある。世界銀行の試算では、中国製衣料品の価格が1割上昇すると、パキスタンから米国への衣料品輸出が25%増加するという。パキスタンは綿糸と綿布の生産地という印象があるものの、他国と比較して、衣料品の調達先としても劣っていない。課題は地場企業の意欲と意識、そして女子工員と中間管理職の不在だ。

◆衣料品の輸出が増加

パキスタンの2015年度(7月~翌年6月)の輸出額は、前年度比8.6%減の220億ドルと、2年連続で減少した。一方の輸入は2.0%減の404億ドルとほぼ横ばい。年々拡大する貿易赤字は悩みの種だ。

海外出稼ぎ就労者からの送金受取が年間約200億ドルあるとはいえ、15年度の経常収支は25億ドルの赤字。外貨準備は230億ドル(今年6月末時点)と積み増されているが、外国から借金によるところが大きい。政府借入(国際収支ベース)は49.2%増の63億ドルへ膨れ上がった。

期待されるのは輸出の増加だ。当初、パキスタン政府は25年までに年間輸出額を1500億ドルへ引き上げることを目標にしていた。しかし、輸出は増えるどころか減っている。今年3月、政府は「戦略貿易政策フレームワーク(STPF)」を発表。18年度までに350億ドル、と中期目標を再設定した。

パキスタンには目ぼしい輸出品が少ない。比較優位を持つのは、繊維、皮革製品、野菜、鉱物などだ。世界第4位の綿花生産国だが、15年度は害虫や疫病の影響で不作になり、頼みの綱である綿糸・綿布の輸出が落ち込んだ。

例外的に輸出が増えているのが、衣料品やタオルといった繊維の完成品。図をみると、既製服(注1)の輸出額は、09年度に比べて倍以上になっている。ベッドウェアも20億ドルを超えている。
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パキスタンの繊維製品の生産設備をみると、紡錘は1130万錘(インドは4400万錘、バングラデシュは960万錘)、織機が39万7100台(インド6万6586台、バングラデシュ4万4133台)。綿花から糸を紡いだり、糸から綿布にする設備は充実している。

一方、縫製工場の数は765カ所。バングラデシュ(5625カ所)に比べると、随分少ない。果たして、パキスタンの縫製産業は、今後拡大する余地があるのだろうか。

◆中国のコスト増で衣料輸出が増える

世界銀行が今年3月に公開したレポート「Stitches to Riches?」(注2)によれば、「中国が生産する衣料品の価格が10%上昇すると、パキスタンから米国への衣料品輸出は25.3%増加する」という試算結果が出ている。米国のバイヤーは、仕入れ値が高くなる中国製を嫌い、パキスタンからの調達を増やすと予測されている。

グローバルに調達を行う欧米のバイヤーを対象にしたアンケート調査(13年)によると、回答者の72%が「今後5年間(12年~16年)、中国からの調達比率を引き下げる」としている。パキスタンの衣料産業には追い風となろう。

バイヤーにとって、パキスタンはどのような特徴を持つ国なのか。アジアで繊維製品の輸出額が多い8カ国について、品目毎に輸出能力(輸出額の大きさ)を相対評価でランキング付けをしたのが下記の表である。
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こうすると、中国の繊維産業が非常に優秀であることが浮き彫りとなる。綿花も生産できる上、綿糸・綿布、人造繊維、ニット、布帛既製服、ホームテキスタイルまで、すべてにおいて最上位の輸出能力を持つ。ただし、賃金は高い。バイヤーからすると、注文すれば間違いはないが、発注量はなるべく減らしたいに違いない。

中国以外であれば、ベトナムが手堅い選択肢だ。賃金は中国の半分以下であり、バランスのとれた輸出能力を持つ。さらに、日本向けなら経済連携協定を使い、関税0%で輸出が可能だ。東南アジアでは、インドネシアは人造繊維に競争力がある。カンボジアは特恵関税を活用した、ニットウェアの縫製が得意だ。

南アジアでは、やはりバングラデシュが衣料品(ニットウェア、布帛既製服)の輸出に強い。同国は賃金が安く、日本と欧州向けは関税0%で輸出できる。弱点である原材料については、綿糸も人造繊維も製造できるインドと組み合わせれば解消できる。

ただ、リスク分散の観点から、調達先は多い方が良い。そこでパキスタンが浮かび上がってくる。パキスタンは原料の綿花が収穫できる国であり、綿糸・綿布、ホームテキスタイルの輸出能力が比較的高い。欧州向けは特恵関税(GSP+)があるため、繊維製品は関税0%で輸出可能だ。また、将来的な労働力供給の見通しも十分で、縫製部門を強化できれば、垂直統合的な繊維大国になれる可能性が十分にある。

◆女子工員と中間管理職の不在

パキスタンの縫製産業には課題も多い。第一に、生産品目に多様性が無い。綿製のチノパンとジーンズ、安いニットウェア(ポロシャツとTシャツ)、スウェットへの依存度が高すぎる。バランス化が必要だ。

第二が、地場企業の意欲と意識だ。パキスタンの輸出を支援する専門家は、パキスタン企業の傾向として「綿糸と綿布の商売でそれなりに儲かるため、他事業への拡大意欲に乏しい」と指摘する。

品質意識のギャップも大きい。バイヤーへの調査によると、パキスタン製衣料品の価格は、むしろバングラデシュよりも安いが、より低品質であると考えられている。パキスタン企業は概して信頼性が低く、コンプライアンスへの意識も不足している、と思われている。

筆者が、とある地場のスポーツ衣料メーカーを取材した際、「日本へ輸出してもクレームばかりだから、もう取引したくない」と社長から言われたことがある。よくよく話を聞いてみると、「寸法が2cm違っていたので返品された」という。素人が聞いても、そりゃ駄目だろうと思う。

第三に労働者だ。巨大な労働力を生かせていないことが惜しい。世銀は、パキスタンにアパレル産業に特化した研修機関が少なく、技術やデザインの教育が未発達である点、縫製工場の中核となる中間管理層が養成されていない点を言及している。

とある日系商社に勤めるAさんは、「女性の社会進出が遅れていることが一因。人口の半数を使っていない」と指摘する。Aさんが以前駐在していたバングラデシュでは、手先が器用な女性労働者が豊富だ。パキスタンでは依然として、女性の教育・社会進出を否定する考えが根強い。パキスタンでは男性の識字率が71.3%なのに対して、女性の識字率は48.4%と低い。女性の職といえば家族農業の手伝いだ。

大規模な縫製工場の男女比率を比べると、バングラデシュでは男性1人に対して女性は2人。パキスタンでは、男性27人に対し女性は1人と対照的だ。Aさんは「女性が働いた方が豊かになると分かれば、パキスタン人の意識も変わっていくのではないか」と期待している。確かに、世銀の試算では、「パキスタンにおいて、女性の期待賃金が1%上昇すれば、女性が労働市場へ参加する確率が16.3%増す」という結果が出ている。

やや良い兆候が見られるのは治安面だ。これまで欧米のバイヤーは、パキスタンの治安悪化を理由に、ドバイまでしか出張に来なかった。パキスタン企業がドバイまで出張してミーティングするのが通例だった。現在、国内の治安は多少良好になっている。カラチのスーパーにも、白人が普通に見られるようになってきた。欧米バイヤーのパキスタン出張も増えていることだろう。

日本の小売業やアパレルブランドの担当者が、パキスタンへ来訪することも多くなっている。実は、パキスタンから日本への衣料品輸出も拡大している。15年、日本のパキスタンからの衣料品の輸入額は、前年比で41.0%の大幅増となった。日本では以前より、パキスタン製の衣料品やタオルなどを多く見かけるようになっているはず。もし見かけたら、是非、手に取って、しげしげと眺めていただきたい。

(注1)2本の糸で織った布を使った布帛衣類。HS番号62類。

(注2)レポートは下記URLから無料でダウンロードできる。

https://openknowledge.worldbank.org/handle/10986/23961

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