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100年企業の「のれん」についた大きな傷 『国際派会計士の独り言』第17回

4月 28日 2017年 経済

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内村 治(うちむら・おさむ)

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オーストラリアおよび香港で中国ファームの経営執行役含め30年近く大手国際会計事務所のパートナーを務めた。現在はタイおよび中国の会計事務所の顧問などを務めている。オーストラリア勅許会計士。

日本には100年を超える歴史を有する長寿企業が2万社以上あります。世界最古の企業として、6世紀に聖徳太子が社寺建設のために朝鮮半島の百済(くだら)から呼び寄せた工匠の一人が立ち上げた大阪にある建設会社の金剛組、次に古いのは山梨県西山温泉の「慶雲館」、そして兵庫県城崎温泉の「千年の湯古まん」と、ともに1300年ほどの歴史がある老舗温泉旅館が続きます。こういった長寿企業は長い時間の中で起こった様々な風雪に耐え、事象にきっと柔軟に対応しながら世界に誇れる伝統と格式を築いてきたのではないかと思います。

◆「のれん」の意味

「のれん」という言葉が最近新聞紙上をにぎわせていますが、元々の意味は店先などの仕切りとしてつるされる布切れのことです。その布切れに通常屋号などが記されることで、転じてその店の信用とか格式として使われるようになったのではと思います。「のれんに傷がつく」という言葉はその意味で使われる一例だと思います。

企業で言えば、将来の収益性に裏打ちされる技術力やブランド価値というような無形資産がのれんを構成しているとも言えます。

◆東芝、日本郵政、豪トール社の例

日本を代表する「100年企業」の一つとして1882(明治15)年に東京・芝浦に「田中製作所」として設立された東芝があります。筆者は30数年以上前、まだ右も左も分からないオーストラリア・シドニーの新人会計士だった時に東芝の豪子会社を担当させていただきましたが、東芝駐在の方からいかに日本が誇る世界のエクセレント企業の一つであるかとお聞きし、その子会社を担当するということ、それだけで胸が熱くなったと記憶しています。

それから40年近くの時が流れて、数年前の不適切会計問題の発覚で大きな損失を出しました。さらに最近になって2006年に買収した米ウェスティングハウス(WH)をめぐる原発建設事業会社の買収を含め一連の大きな損失が予測され、会計上の「のれん」の減損計上とともに利益の源泉となる幾つかの事業の切り売りが段階的に起こり、東芝自体の屋台骨さえ大きく揺らいでいると報道されています。

原発買収後の米子会社に対する統治体制が十分に効力を発揮していなかったという報道もありましたが、やはり11年の東日本大震災以降の原子力発電に対する強い逆風にもかかわらず原子力関連事業を推し進めてきて損失が膨らんでいったというのが背景ではないかと思います。

一方、1872(明治4)年に前島密(まえじま・ひそか)が創業した郵便事業がその母体となり、これも100年企業とも言える日本郵政は、15年に豪州の物流大手であるトール・ホールディングス(以下、トール社。1888年に石炭輸出拠点であるニューキャッスルという町で設立された100年以上続く豪州を代表する物流企業)を6200億円で買収しました。当時は、日本の企業収益が過去最高になる中で充実した内部留保などを根拠として、グローバル化対応などを目的として通常、海外での大型のM&A(企業合併・買収)がいくつもの日本企業で行われたと記憶しています。

しかし日本郵政の場合、資源関連や天候不順による物流などの低迷などから当初もくろんでいたトール社の継続的な収益性が得られないなどを鑑みて買収時に計上していた「のれん」4千億円弱を減損処理したもようです。また、東芝のケースでもそうでしたが、競争入札などでよく見られる買収交渉時の高値づかみが、今回の「のれん」の減損につながったのかもしれないと、日本郵政のトップも認めているようです。

もう一つの要因として、トール社に対してのガバナンス体制が挙げられると思います。7人の取締役のうち4人を送り込むなど過半数を超える支配権を持つことで統治は行っていたものの、当初の買収目的の一つとして既存の経営陣の維持があり、その判断は尊重するというものでした。買収から1年余りで現地トップの交代を行うなど経営陣を刷新していますが、豪州国内での物流複数拠点の新設やアジアでの物流事業を積極的に行うなど当初持っていた経営陣の迅速な判断などから「学ぶ」という姿勢に、多少緩めのガバナンス意識があったのかもしれません。

◆会計上の「のれん」

会計上、買収時の投資額に対して被買収会社の買収時点の時価評価調整後の受入純資産とのプレミアム差額分が通常、無形資産である「のれん」として計上されます。連結上、親会社の投資から子会社の純資産が相殺消去された差額とも言えます(ここでは便宜上、少数株主持分は考慮していません)。

東芝のケースでは、米国会計基準が採用されていて、買収年度以降均等償却は行われず、通常、毎年の決算時に、将来キャッシュフローの見積もりなどを勘案した公正価格が帳簿価格を下回る場合は減損の判断を行うと思われます。日本郵政の場合は、トール社は国際会計基準で決算された後、日本郵政での国内基準での連結上、「のれん」は通常、20年以内の均等償却となります。しかし、将来収益見積もりがマイナスとなるとか経営環境の著しい悪化など減損の兆候があるということで減損を行ったと思われます。

会計監査人は通常、「のれん」の公正価値算出に使用された評価モデルや事業計画などの前提の妥当性などを勘案して、監査人としての判断をすることとなります。また、場合によっては、監査人独自での公正価値の見積もり算出などを行い比較する場合もあるかと思われます。

◆再生のDNAに期待

東芝、日本郵政、そしてトール社も100年以上の素晴らしい歴史とともに、優秀で勤勉な豊富な人材があります。また、世界に誇れる素晴らしいブランド価値があると思います。
これらを糧として、今回の苦境を乗り越えてさらに輝いていってほしいと切に思います。

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