п»ї KPK改正法案は審議先送りに『東南アジアの座標軸』第18回 | ニュース屋台村

KPK改正法案は審議先送りに
『東南アジアの座標軸』第18回

3月 04日 2016年 国際

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宮本昭洋(みやもと・あきひろ)

りそな総合研究所顧問。インドネシアのコンサルティングファームの顧問も務め、ジャカルタと日本を行き来。1978年りそな銀行(旧大和銀)入行。87年から4年半、シンガポールに勤務。東南アジア全域の営業を担当。2004年から14年まで、りそなプルダニア銀行(本店ジャカルタ)の社長を務める。

インドネシア国会で今年度、優先的に審議する法案の中に大統領直属の汚職撲滅委員会(KPK)に関する改正法案があります。改正法の原案はKPKの超法規的な捜査権限を削ぎ、組織を弱体化させるものとして内外で厳しい批判を浴びつつも、与党間では法案内容の最終の詰めに向け協議を続けて来ました。

何としても改正案を押し通したいのが与党第一党でジョコ・ウィドド大統領の支持母体の闘争民主党と、最近与党連合入りを表明したゴルカル党です。これに対して改正案に反対したのは、野党連合グリンドラ党や福祉正義党(PKS)でした。

◆地元紙は大統領に軍配

ジョコ大統領は、KPKの弱体化につながる改正案は認めないとの立場を一貫して表明してきましたが、舞台裏では改正法案を巡り、闘争民主党との間で相当の軋轢(あつれき)があったものと思います。ジョコ大統領の姿勢に共鳴する市民団体からの反発やKPKトップが「改正案が国会を通過すれば辞任する」といった発言もあり、与野党入り乱れての攻防のなかで改正案の行方が注目されていました。結局、政党間協議と大統領の意向を踏まえ、改正案は引き続き優先審議法案として残すものの審議は先送りするということでいったん幕引きとなりました。

審議は事実上の無期延期ということで、現地の新聞は粘り勝ちとしてジョコ大統領に軍配を上げていますが、あくまで先送りであり、改正案がお蔵入りしたわけではありません。

一方、優先事業となっているインフラ投資が着々と進んでいます。もっとも中国が受注した国の優先事業に指定されているジャワ高速鉄道は、運輸省による建設認可などが審査中の状態で、先行きが不透明となっています。このような時だからこそKPKによる監視機能の維持強化は、汚職や賄賂の機会をうかがう議員や役人への強力な抑止力になります。

改正法案の審議が今回、市民団代などの反対意見も意識して先送りされたことは少なくともインドネシア政府が汚職排除に向けて自浄作用への舵取りに一歩を踏み出したものとして評価したいと思います。

ちなみに、KPK改正法案の審議先送りの見返りとばかり、経済減速から税収不足に直面する政府が起死回生策として法制化を進めている脱税者に対する「租税恩赦法:タックス・アムネスティ」を巡り、再び与野党間の駆け引きが白熱しています。

法制化すると、政府としては昨年の税収10%に相当する100兆ルピアの税収と、シンガポールなどに隠しているとされる推定資産額(2000億ドル)を本国に送還させるメリットがあると踏んでいます。しかし、KPK改正法の審議が延期されれば、脱税者を訴追しないという公平性に欠くような租税恩赦法も法制化を急ぐことなく審議を延期すべきだとして、政党間の攻防が続いています。

優先審議法案としてリストアップしていながら昨年と同様に政党間の思惑が交錯し国会での審議が進まない現状ですが、1月のジャカルタ中心部でのテロ事件で改めて注目された、抜け道のある反テロ法を改正する審議は最優先で進めてほしいものです。

◆悪化する基礎体力

インドネシア中央銀行は政策金利を1月に0.25%引き下げたのに続き、さらに0.25%引き下げ、7.0%としました。年初から中国経済の減速、原油安、米国経済の減速懸念から世界の金融市場は大荒れですが、新興国インドネシアの通貨ルピアは予想外に安定しておりルピア高傾向を強めています。

米連邦準備制度理事会(FRB)の利上げにより先行きの不透明感が払しょくされたことに加えて、財政出動を積極的に進めている政府の景気下支え効果に期待して外国投資家がインドネシア債券や株式投資を活発に行っており、これらがルピア買い要因になっている背景があります。

しかし、ブラジルやベネズエラなどの原油に依存する資源国は、政府や企業の対外ドル債務が急増しているなかで自国通貨安により債務返済の負担が重くなっています。さらに中国企業の社債発行額が急増しており、債務残高は国内総生産(GDP)の160%に達しているとの報道もあり、信用不安の顕在化も危惧(きぐ)されています。

新興国の一角で債務返済問題が顕在化すると、外国投資家は一斉に資金を引き揚げますので、ルピアが大きく売り込まれる局面も想定しておく必要があります。中東をめぐる地政学リスクと原油の増産凍結にもなかなか合意できない状況で、新興国の基礎体力がすさまじい勢いで悪化しているという事実からは目が離せません。

◆不可欠な国営銀行の経営改革

さて、インドネシア中銀は政策金利を引き下げたことで金融庁と連携して国内の金融界に対して貸出金利と預金金利の低下を促しており、年内には貸出金利を一桁台にもっていきたい方針です。しかし、経済減速により金融界では不良債権が急増、多くの銀行で引当金が増加して軒並み業績が悪化しています。

このような状況で各行は貸出先の信用リスクを勘案して貸出リスクプレミアムを引き上げるため、政策金利が下がっても自動的に貸出金利が低下する方向にはなりません。さらに国内金融界の預貸率の平均が90%近く、その資金の大部分が国営銀行に集中しており、資金流動性に余裕がない金融機関は債券発行などを通じて、コストの高い資金をベースに貸出を行うことを余儀なくされ、預金金利の低下が単純に貸出金利の低下にはつながりません。

銀行の預貸金利を引き下げたい政府の方針の背景には、地方振興開発の遅れがあります。政府は、中央政府予算の40%に相当する巨額の財源を地方振興開発に回していますが、その財源は地方振興に使われず国営銀行や地方金融機関に大口預金として滞留しており、地方政府は金融機関に対して大口預金者としての有利な立場を利用して高金利で余資運用を享受していると批判されています。このため政府は、政府系機関に対する銀行預金金利の上限をインフレ率(昨年約4%)+1%の5%として地方政府の予算執行を促す意向です。

これと並行して金融機関の貸出金利を一桁台に持っていきたいとの計画ですが、国営銀行4行は国内金融マーケットシェアの40%を占め、ネットインタレストマージン(利ざや率)は5%以上とアセアン諸国の銀行平均の2倍に及びます。さらに経費率も70%となっており、この数字もアセアン諸国の銀行平均の50%を上回っています。

政府が望む金利適正化のためには金利の上限設定による小手先の指導ではなく、国内の中小金融機関の統合を進め、国営銀行含む大手銀行の寡占状態を排除して銀行間の公平な競争ができる条件を整えるとともに、政府主導による国営銀行の経営改革が欠かせません。

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