п»ї 2時間の自転車通勤の重み、尊い人生を語る 『ジャーナリスティックなやさしい未来』第152回 | ニュース屋台村

2時間の自転車通勤の重み、尊い人生を語る
『ジャーナリスティックなやさしい未来』第152回

1月 22日 2019年 社会

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引地達也(ひきち・たつや)

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一般財団法人福祉教育支援協会専務理事・上席研究員(就労移行支援事業所シャロームネットワーク統括・ケアメディア推進プロジェクト代表)。コミュニケーション基礎研究会代表。精神科系ポータルサイト「サイキュレ」編集委員。一般社団法人日本不動産仲裁機構上席研究員、法定外見晴台学園大学客員教授。毎日新聞記者、ドイツ留学後、共同通信社記者、外信部、ソウル特派員など。退社後、経営コンサルタント、外務省の公益法人理事兼事務局長など経て現職。

◆人の死を考える

私としては意外な反応だった。ラジオ共演がきかっけで始まったピアノコーラスグループ、PSALM(サーム)と行っているコラボレーションライブ「ふたつの処方箋」で、今回取り上げたテーマは自分の伯父の死だった。

長年、葬儀屋で働いていた方は、その内容を「人の死」についてあれほど心に迫るものはありません、是非、教育現場であのライブはやるべきだと力説してくれた。そして、観客の多くも誰もが人の命を考えたという。

このライブは今回が5回目で、サームの歌と物語を組み合わせて歌の世界観を作り上げていくもので、常にテーマは「ケア」がある。私なりの日々の活動であるケアとサームの歌が語りかけるケアが融合し、それが「処方箋」として、聞く人の心に届いてくれれば、という思いで作り上げている。

今年はクリスマスに合わせての開催であったが、構成を担当している私に、なぜか語るべきストーリーが出てこない。昨年のクリスマスでは米国の小説『天使の靴』を朗読し、クリスマスで織りなす母の死と息子の純粋な思いと交差する人の欲望の世界を演出したが、今年はそんな物語は見当たらなかった。

◆シンプルで大きな物語

悩んでいるうちに伯父が死んだ。伯父の死については、本コラムでも以前書いたので省略するが、その伯父は毎日の力仕事とその後にお酒を飲むのが大好きな人で、それが世間衆目の舞台に上がるべき立派な人生であるかどうかはわからないが、その伯父をシンプルな言葉で外に語りだすと、そこにはいくつのもの語るべきことがあった、と気づいた。

短いライブの中で、シンプルに伝えられる人生ではあるが、そのシンプルすぎる伯父の人生は大きな物語を語っていたのである。結果的に演者であるサームの心をとらえ、パフォーマンスの質が変わった。

そして観客が涙に肩を震わせ、見ず知らずの年寄りの人生に感じ入り、嗚咽(おえつ)した。その反応は確かに驚きであったが、ライブで伯父を取り上げたことを私の両親に報告すると、感心した様子で「よい供養ができたな」と話した。

◆樺太生まれ、障がいと労働

冷静に考えると、誰であれ人生の尊厳を重視すれば、素朴な人生を伝えたいという意思は、これまで重ねてきた私自身の思考の行き着く先で必然であったのだろう。シンプルな言葉で語る伯父の人生はやはり珠玉の輝きを持ったのである。

音楽とともに始まる私のナレーションと大画面に映し出した伯父の顔、そこに「1940年樺太生まれ」の言葉が被さる。伯父は17年間のパーキンソン病だったこと、昨年伯母がなくなり一人となり高齢者施設に入り、「いるものないの?」に「金魚!」と叫び、居室で金魚を飼うことになったこと、昨年伯母がなくなり、だんだんと元気がなくなったこと、などの事実。私は暗がりのライブ会場の中、マイクに向かってゆっくりと言葉を選んだ。

「伯父に身寄りがないのは、伯父に知的障がいがあったからでしょう。伯母も2度目の結婚で、この伯父の面倒を見ることに生きがいを感じたのだと思います。知的障がいの伯父とそれを導く伯母は、2人で1つでした」

◆吹雪の中で

私が印象的だった高校時代のエピソードはこう伝えた。

「知的障がいがあっても、伯父の体は丈夫でした。倉庫の力仕事を一日も休むことなく、定年まで勤め上げました。通勤は婦人用の自転車で片道2時間かかる道を往復します。雨の日も風の日も雪の日も、自転車で通い続けました。『頭が鈍い』と言われて常にいじめにあったと聞いていました。それでも休まず働き続けました。私が高校生の時、吹雪の日。私は通学のバスの中から、雪にまみれながら、国道を行くトラックに、その体を吹き飛ばされそうになりながら、必死にペダルをこぐ伯父を見たことがあります。それは私にとって、何か胸が張り裂けそうになった思い出です」

そんな伯父にクリスマスをやろうと計画した矢先、肺炎となり12月7日に死去した。ライブの2週間前である。伯父の人生に共感してくれた観客にも感謝だが、私の物語として語り、そして尊さを味わってくれたら、それはおそらくすべての方の人生とその周囲の人にあてはまる、と思う。

人のつながり、尊い物語はすべての人生にあるはず。

■いよいよ始まる!2019年4月開学 法定外シャローム大学
http://www.shalom.wess.or.jp/

■精神科ポータルサイト「サイキュレ」コラム
http://psycure.jp/column/8/

■ケアメディア推進プロジェクト
http://www.caremedia.link

■引地達也のブログ
http://plaza.rakuten.co.jp/kesennumasen/

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