п»ї 楽に寄す『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第12回 | ニュース屋台村

楽に寄す
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第12回

1月 10日 2014年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住15年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

私事ながら、趣味は音楽である。歌を歌ったり、サックスやフルートを吹いたりする。正月休みで日本に帰国した機会を利用し、東京・東中野にあるジャズクラブ「ドラム」の忘年会に参加させていただいた。

この店は、75歳になるドラマーで「秋満義孝クインテット」などでも活躍された三戸部純一氏と奥様の「みきともえ」さん(元劇団四季)が経営されている店で、客の7~8割は常連客である。客も演奏や歌に参加できるが、プロやセミプロの方が大半でレベルは極めて高い。

去年12月30日の忘年会の演奏メンバーは、15年前に私のコンサートでピアノを弾いていただいた小野孝司さん。ベースは、私の学生時代からの友人で大手新聞社の部長を早期退職し、いまやすっかりプロのベーシストとして活躍している大久保英一君。ドラムは当然のことながら同店オーナーの三戸部さん。他にも、ジャズ界の鬼才と呼ばれる天才ピアニストの金山マサ裕さんや、ニューヨークの音楽大学を卒業してプロ歌手となった堀田ゆうじさんなども飛び入り参加。客が入り乱れて店内は音楽で大いに盛り上がった。

◆一流でも謙虚な姿勢と地道な努力

この店は本当にユニークな店である。このユニークさは、オーナーである三戸部さんの性格と方針から来ている。まず、音楽に対して不真面目な人は受け入れない。上手、下手の問題ではない。一所懸命に努力している人に対しては積極的にアドバイスをする。しかし、努力をしない人には良い顔をしない。たとえ、上手な人であっても、音楽に対して傲慢(ごうまん)な考え方を持っている人は歓迎しない。何人もの人が三戸部さんによって出入り禁止となっている。

こう書くと、三戸部さんがとても怖い人のように聞こえるが、決してそんなことはない。すごく優しい人だし、音楽に対して極めて謙虚なのである。三戸部さんは言う、「私はドラムがまだ上手ではないので、1日5~6時間はドラムの練習をします」。奥様の「みきともえ」さんも、三戸部さんが毎日5~6時間練習することを認めている。

一流を極めた人、名声を得た人であっても、まだまだ音楽に対して謙虚なのである。私は全く同じ言葉を別の有名なミュージシャンから聞いたことがある。それは、渡辺貞夫さんである。渡辺さんがタイに演奏旅行に来られた際、お話しする機会を得て、どのくらい練習するか伺った時である。全く同じ答えが返ってきた。音楽を追求するのには、地道な努力なくしてやり遂げることはないのである。

音楽に対する真面目さは、違う部分でも要求される。この店では「ドラム」で歌を歌ったり、演奏したりする際は歌詞付きの譜面を演奏者のために3部用意しなければならない。ピアノ、ベース、ドラムなどのバックの演奏者も曲を理解しなければ演奏をできないという三戸部さんの強い信念がある。

ニューヨークでジャズの勉強をした堀田さんは、アメリカの大学で同じ経験をしたという。音楽セッションの時間にドラマーのために譜面を用意しなかったことを理由に、演奏に参加させてもらえなかったそうだ。こうしたことから考えると、「ドラム」の客は、いわゆる客ではない。三戸部さんは「ドラム」の客を彼と同類のミュージシャンとして接しているのである。

◆仕事に通ずる音楽から学んできたもの

「ドラム」に来る人たちの音楽は極めて個性的である。こう書くとギンギンのモダンジャズをやっていると思われるが、やる音楽は、ディキシーランドジャズ、ビバップジャズ、ラテン、ボサノバ、シャンソン、カンツォーネ、時にはクラシックと幅広い。どんなスタイルの曲でも良い。自分の表現したいことやその表現方法を追求することを求められるのである。

誰かのプレースタイルをコピーするだけでは音楽ではない。いわゆる日本のジャズらしい歌い方だけの人は、この店では生きてはいけない。なぜならば、プロの演奏者が手加減せずに客の演奏を挑発するからである。

演奏者それぞれが主張や個性を持ち、お互いにその音楽を聴き合いながら、その主張や個性を尊重しつつ曲を作り上げることで、はじめて音楽の喜びが生まれる。「ドラム」に来るプロの演奏者たちはそれを求めているのである。だからこそ、客として来る者も、プロの演奏家の音を聴きながら自分を主張しなければ、ここでは音楽にはならないのである。

音楽とは本当に奥深いものである。音楽は、仕事に対する態度や生き方そのものと共通点がある。物に対する謙虚さ、努力、一期一会の精神、個性の重要性、協調性など音楽から学んできたことは多い。「ドラム」の忘年会で心地良い音楽に包まれながら様々な思いが行き交っていく。2014年もまた音楽と寄り添いながら、少しでも前に進んでいけるよう努力していきたい。

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