最後のフロンティアへの気概 『ジャーナリスティックなやさしい未来』第1回 | ニュース屋台村

最後のフロンティアへの気概
『ジャーナリスティックなやさしい未来』第1回

1月 31日 2014年 経済

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引地達也(ひきち・たつや)

仙台市出身。毎日新聞記者、ドイツ留学後、共同通信社記者、外信部、ソウル特派員など。退社後、経営コンサルタント、外務省の公益法人理事兼事務局長などを経て、株式会社LVP(東京)、トリトングローブ株式会社(仙台)設立。一般社団法人日本コミュニケーション協会事務局長。東日本大震災直後から被災者と支援者を結ぶ活動「小さな避難所と集落をまわるボランティア」を展開。企業や人を活性化するプログラム「心技体アカデミー」主宰として、人や企業の生きがい、働きがいを提供している。

今年、東南アジア諸国連合(ASEAN)の議長国はミャンマーが務める。1年間かけて国内のネピドー、ヤンゴン、マンダレー、バガンなどで240以上の会議が予定されており、悲願の国際社会復帰の大舞台の年となる。

今月15日にはASEAN非公式外相会議の関連会合がミャンマー中部バガンで行われ、議長国という立場を通じて国際社会への本格復帰をアピールした。これを契機に、経済開放も本格化する見通しで、日本もミャンマーとの経済関係を確立する考えだが、日本国内で熱気を帯びるミャンマー投資は、先行組の中国と韓国の情勢を的確に判断し、軍政からの脱皮を図るテイン・セイン政権との関係を整理するのが成功のカギとなりそうだ。

◆インフラ整備と「視察日本」

1994年。私が毎日新聞に入社した時、社内には「メコン経済地域研究会」というものがあった。東南アジアの中央を流れるメコン川流域に位置するベトナム、ラオス、カンボジア、タイ、ミャンマーそして中国雲南省の情勢を考え、発信を見据えた研究をしていくグループである。大学時代にタイのムエタイ(キックボクシング)に打ち込んでいた関係で、修業と称して何度もタイへ渡航した経験から、このグループに入ったのだが、当時は毎日新聞とも関係が深かったアウン・サン・スー・チー女史の完全解放が、地域経済活性のキーワードと位置付けていた。しかし軍政は強固で動かず、ここまで20年も経過したことになる。

そして現在、軍政の緩和を皮切りに、安価な労働力(製造業でシンガポールの30分の1程度)に加え、東西回廊と南北回廊という国内を縦横する2本の回廊が経済発展の起爆剤として注目が集まっている。

東西回廊は、ベトナムのダナンからラオスのサバナケットを経由し、タイのムクダハンからミヤンマーのモーラミャインに達するルート。南北回廊は、中国雲南省昆明からラオス北部のルアンプラバンを経由、タイのチェンライに到達する1200キロのルート。「回廊」という響きからイメージするハイウエーとはほど遠く、大型車がやっと通れる山道も多いものの、それぞれ隣国のタイや中国の援助を受け開通。これを見込んで日本の日本通運も現地法人を開設し、ベトナムからミャンマー経由でタイへ運ぶ事業を開始した。

2015年に予定されるASEAN経済共同体の発足を見据え、地政学上そしてASEAN経済圏の中心に位置するミャンマーは「最後のフロンティア」と呼ばれる。日本も政府途上国援助(ODA)で発電所を建設し、三菱商事、丸紅、住友商事の合弁による工業団地を整備中である。

日本でもミャンマーへの進出や投資のセミナーが盛んであり、私のところにもマンション開発やホテル建設などの相談が舞い込んできてはいるが、どれも勢いに任せての事業計画であり、現地では「視察だけで帰る」のが日本ビジネスマン、というイメージも定着しつつある。

◆ミャンマー投資で気になる先行組

日本貿易振興機構(ジェトロ)によると、ヤンゴン空港のミャンマーへの入国者数は、11年は、日本がタイ(6万1331人)、中国(3万5181人)、マレーシア(2万3286人)、韓国(2万2507人)に次ぐ2万1264人だったのが、12年はタイ(9万1817人)に次ぐ2位で、倍増以上の4万7501人だった。しかしながら、外国投資額の割合は1989年から昨年10月末までの累計で10位。シェアはわずか0・67%。1位の中国は32・33%、2位はタイで22・74%。韓国も5位の6・94%で、日本の実績はまだ少ないのが現状である。

昨年5月、安倍首相は日本企業幹部約40人を同行させ、ミャンマーを訪問。テイン・セイン大統領との会談では、400億円の大型援助や投資を提案したが、思惑の国家プロジェクトの受注に失敗した。新空港の建設は韓国、ヤンゴン空港の拡張工事は中国とそれぞれ争い、敗北したのである。そのほかにも前述の回廊のほか、中国は石油パイプラインの建設、韓国は火力発電所の建設を手掛け、中韓は確実にミャンマーのインフラに浸透している。

親日国というイメージがあるミャンマーだが、経済制裁や税制の不透明さなどが投資への躊躇(ちゅうちょ)となったのに比べ、中国と韓国はビジネスに徹してきたのがこの10年である。これまでの日本のODA外交では通用しなくなってきている現実と、経済共同体としての理念を持ち続けたASEANと陸続きの中国と韓国がその発展を見据えて行動し続けた結果が現在につながっているのである。

ミャンマーのテイン・セイン大統領は安倍首相のミャンマー訪問直前に訪米し、オバマ大統領と会談、民主化プロセスについて確認した。昨年、民主化運動家ら政治犯を釈放し、10月には2回目の内閣改造、新中央銀行の幹部人事を行い、改革とASEAN議長国としての必要な措置を講じてきた。米国からの投資も伸び、確実に門戸が開かれつつある。日本企業がどれだけミャンマーに浸透できるかは、まさにこれから、なのだが、気になるのは先行組の動向である。そこには、昨年12月の安倍首相の靖国神社参拝の影を見てしまう。

◆中韓との政治対立を乗り越えられるか

今年1月19日、中国政府は中国黒竜江省ハルビン駅で伊藤博文を暗殺した独立運動家、安重根(アンジュングン)の記念会を開館させ、韓国政府が歓迎の意を表明した。

安重根は事件翌年の1910年に「犯罪者」として日本で死刑を執行されたが、韓国では「抗日義士」として英雄視されている。ソウル中心の南山には安重根記念館があり、韓国の子供たちの教育の現場でもある。中国政府は靖国神社参拝から海外メディア向けの反日キャンペーンを展開し、日本も1月17日の米ワシントンポスト紙に佐々江賢一郎駐米大使が反論を掲載した。

ここで言いたいのは靖国神社参拝の是非や日本外交の方向性ではない。日本におけるミャンマーの投資熱は、着実に実績とした形で増えてはいるが、いまだにインフラを握っているのが中国と韓国であることを忘れてはならない。

その中韓と政治的な対立をしている現状を認識した上で、求められるのは、ミャンマーの発展を描きながら、中韓との政治的な対立を乗り越える気概である。「西洋覇道か、東洋王道か」と、中国の国父とされる孫文が1924年に日本国民に迫った神戸の演説から90年。まさにこの言葉を噛みしめながら、東洋王道への理解を深くし、最後のフロンティアに乗り出す人たちが外交を変え、政治を引っ張るのだと思う。

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