п»ї 訪日外国人2000万人時代『記者Mの外交ななめ読み』第9回 | ニュース屋台村

訪日外国人2000万人時代
『記者Mの外交ななめ読み』第9回

6月 13日 2014年 国際

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記者M

新聞社勤務。南米と東南アジアに駐在歴13年余。年間120冊を目標に「精選読書」を実行中。座右の銘は「壮志凌雲」。目下の趣味は食べ歩きウオーキング。

日本を訪れる外国人観光客の数が順調に伸びている。日本政府観光局によると、4月の訪日外国人は前年同月比33.4%増えて123万2000人。1カ月間としての過去最高を2カ月連続で更新した。羽田空港発着の国際線が拡大した影響などで、台湾、タイ、フィリピン、ベトナムなど6カ国・地域の人が過去最高だったほか、成田空港でも外国人の国際線旅客数が過去最高を更新し、開港以来初めて日本人を上回った。

訪日外国人旅行者は昨年初めて1000万人を突破。日本政府は2020年をめどに年2000万人に増やすことを目標に、安倍政権の成長戦略の一環として今月中に策定する「観光立国実現に向けた行動計画」に、査証(ビザ)免除の対象国をタイとマレーシアに加えて、ベトナムやフィリピン、インドネシアにも拡大するよう検討することを盛り込む。

訪日する外国人が増えれば、国内でお金を使ってもらうことで経済のさらなる活性化につながる。また、日本を体験した人が海外に増えれば、国際交流が深まり、外交の安定にもつながる。20年は、東京五輪開催の年。政府のもくろみ通り、2000万人の外国人に訪日してもらうには、日本の受け入れ準備も急がれる。

◆「料理の鉄人」の和食店

日本政府は昨年7月、タイとマレーシアの短期滞在者に対してビザを免除。これを受けて、特にタイからの訪日旅行者は昨年計約45万人に上り、前年比74%も増えた。わが親族たちも、その中に含まれる。

タイ東北部を本拠に製糖業などを営む妻の親戚は毎年、一族を引き連れて日本に旅行にやってくる。日本中をほぼ回り尽くしてしまったので、最近では飛騨高山から黒部アルペンルートをたどるしぶいルートを回ったり、箱根の温泉宿で数日間滞在したり、東京で定宿にしている渋谷のホテルを拠点に一族の老若男女がそれぞれ好みの場所に出かけたりと、日本人もうらやむほどのゆったりした旅程だ。いつも都内では大型バスをチャーターして移動しており、訪日の目当ての一つである食事の時になると、20数人の一族が勢ぞろいするからなかなか壮観である。

ある時、その親戚からいきなり電話がかかってきて、「いま銀座にいるから晩ご飯をいっしょに食べよう」と誘ってきた。東京・銀座6丁目にある大通りに面したビルの8階にある店は初めて聞く名前だったが、行ってみると、「料理の鉄人」と称される実力派料理人の一人、道場六三郎さんがオーナーを務める和食店だった。

店内の3分の2ほどのスペースを親戚たちが占めていて、彼らはそれぞれ、いかにも値が張りそうな美しい食器に盛られて整然と運ばれてくる料理をまずスマホで撮ったあと、興味深げに口に入れる。僕にとっても初めて口にする珍しく、とびきりおいしい逸品ばかりである。

正装したマネジャーに料理の内容や作り方を聞いては、みんなにそれを説明していく。例えば、前菜のチーズの黄金焼きや桜エビを載せたナス、床節の磯焼きなど。どれも一口で収まる小さな料理だが、「このチーズは自家製で6時間スモークしたもの」「桜エビは駿河湾でけさ獲れたもの」などとかなり手間がかかっている。彼らは「オー」「フォー」と小さなため息をついて口に入れ、味を確かめては「フムフム」と満足げにうなずく。

この「懐食みちば」の女将(おかみ)で次女の道場照子さんによると、日本で1992年から14年間放映されていたバラエティー番組「TVチャンピオン」(テレビ東京系)がタイでも再放送され、この店が番組で紹介されたのがきっかけで、グルメのタイ人たちから頻繁に予約が入り始めたという。店側では、牛肉や豚肉をひかえた料理を用意するなど、タイ人客から予約が入るたびに食材を選びながら特別の献立を考えているそうだ。従業員の接客態度もきびきびとしていて、気持ちよかった。

料理の値段は、コースで1人1万2000円前後(税別)。これに思い思いの飲み物代を入れて20数人分の支払いとなると、かなりの額になるが、タイ人客は現金で払ってくれるから「上得意客」になる。僕はご相伴にあずかっただけだが以来、店から時折「お待ちしています」と連絡が来る。ありがたいことだが自腹で行くには少々敷居が高く、再訪するには一族にまた同行するのが一番手っ取り早い。

◆有名カニすき店の接客態度

店にはリピーターのタイ人客もいて、タイ人のビザ免除で恩恵を受けた一例といえる。一方、せっかくの商売のチャンスの芽を、無神経な接客態度で自ら摘んでしまうケースもある。僕がこの一族の別の来日時にご相伴にあずかった、都内の有名カニすき店での話である。

温泉宿の大広間のような大きな和室に長いテーブルがつなげられて2列に延び、その両側に一族の20数人が座る。カニすきのコースは前菜から始まり、そのあと目の前に七輪が置かれ、何種類かのカニとタレ、薬味などが出てきた。彼らはこの時もまた、まずスマホで写真を撮り始めたが、店からは焼き方や食べ方について何の説明もなかった。僕が「どうやって食べるの?」と尋ねると、従業員の女性は「なんだ、日本語話せるんですか」と言い、簡単に説明してくれた。一行の中に白いご飯が食べたいという者がいたので、その旨を伝えると、「まだ炊けていません。コース料理の場合、ご飯はカニすきのあとにおじやにするんですけど」と、けげんな顔だ。

それでも僕は「食べたいんだから、炊けたら持って来て」と念を押した。やがて炊きたてのご飯が来ると、今度は「ご飯にかけるので生卵がほしい」という者が出てきた。そのまま従業員に伝えると、「それって、コースに入っていないので別料金なんですが」と、もったいぶったような感じで応じてきた。僕はいよいよ腹が立ってきて、「なんでもいいから早く持って来なさい」と思わず声を荒げた。支払いが済んだあと、店の責任者を呼んで、この日店に入ってからの従業員の一連の接客態度についてクレームを言った。

外国人だから、高額の飲食代を払っているのだから、特別に厚遇せよと言っているのではない。一方で、日本人客に対してもこの時と同じように、料理を運ぶだけ運んでおいて勝手にどうぞ、と言わんばかりの接客をしていれば、これもまた問題である。

いまはLINE(ライン)やブログなどで、良い話も悪い話も瞬時に伝わり、拡散する。特にタイ人の場合、日本人より圧倒的にネット愛好者が多い。くだんの店がその後繁盛しているのかどうか知らないが、僕はこんな店に二度と外国人を連れて行こうとは思わない。おごってもらっても、せっかくのカニの味が落ちるし、身銭を切るなら、なおさらそう思う。

◆箱根・芦ノ湖の海賊船にタイ語放送

観光庁の試算では、12年に訪日外国人が使った総額は1兆861億円に上る。政府は20年までに国内の免税店を現在の倍増の1万店規模にする計画で、訪日外国人客の消費額も飛躍的に伸びると期待される。

ただ世界全体でみると、12年時点で日本の外国人旅行客数は33位。1位のフランスの約1割で、23位の韓国(約1114万人)にも後れを取っている。また、訪日客の3分の1は韓国と中国が占めており、政府間の関係がさらに悪化すれば訪日客が急激に落ち込む恐れもある。

ビザ発給の緩和措置が拡大されれば、訪日外国人旅行者の数が増えることはまず間違いない。しかし、受け入れる観光地や飲食店などがいつまでも日本人のほうだけを見ていてはいずれ外国人に見放され、世界の他の観光地に客足を奪われてしまうだろう。外国人旅行者を増やすには、リピーターを増やすことも不可欠である。

外国人旅行客に人気のある観光地の一つ、箱根・芦ノ湖の海賊船の船内アナウンスに昨年、新たにタイ語が加わった。船を運航する小田急が機敏に対応したものだ。富裕層の中国人旅行客が大挙した結果、老舗(しにせ)デパートの館内で中国語放送が頻繁に流れ、「銀聯(ぎんれん)カード使えます」の中国語の貼り紙が至るところに掲げられている東京・銀座のいまの状況を見れば、外国人観光客がわれわれ日本人の消費生活の中にも深く関わり始めていることが納得できるはずである。

だれでも旅先で気持ちよくもてなされると、旅もずっと楽しくなる。かつての勤務地で、「すしのおいしさがわからん外国人なんかに握れるわけがない」と言い放ち、外国人客が入ってこようとすると女将に「予約で満席」と言わせて追い返していたすし屋のオヤジもいたが、その頑固さもいまとなっては化石級で、時代遅れも甚だしい。

国際化の時流に乗り遅れると立ち行かなくなってしまうのは、なにも製造業に限ったことではない。観光資源の研究・開発とともに将来、訪日外国人が年間2000万人時代を迎えた時、それに見合うだけのきめ細かな接客姿勢と、日本人一人ひとりの心の国際化が求められている。

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