自殺対策基本法を身近なものにするために
『ジャーナリスティックなやさしい未来』第69回

2月 19日 2016年 社会

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引地達也(ひきち・たつや)

コミュニケーション基礎研究会代表。就労移行支援事業所シャローム所沢施設長。ケアメディア推進プロジェクト代表。毎日新聞記者、ドイツ留学後、共同通信社記者、外信部、ソウル特派員など。退社後、経営コンサルタント、外務省の公益法人理事兼事務局長など。東日本大震災直後から「小さな避難所と集落をまわるボランティア」を展開。

◆対策の次なるステップ

2006年に施行された自殺対策基本法が今国会で改正される見通しである。10年が経過し、自殺者3万人以上の時代から2万人台を維持していることを「成果」とし、さらに成果を追求することを念頭に自殺対策を国や自治体の義務と定める内容で4月施行の予定だ。特に自治体ごとに自殺対策に向けた計画づくりが課せられることになりそうだが、実効性の高い計画には、企業や地域コミュニティーなど、自殺の現場に近い市民との連携が求められるであろう。

本稿以前の記事「身近な自死と25000人を考える」で指摘したのは、「6年連続の減少と18年ぶりに2万5千人以下」という対策の成果に惑わされることなく、「2万5000人を塊としてみないこと」「1人1人の死の積み重ね」ということに思いを馳(は)せること、であった。

今回の対策は「思いを馳せる」ことを、超党派の議員連盟「自殺対策を推進する議員の会」(会長・尾辻秀久元厚生労働相)が最大限に当事者に近づける国の方策であり、自治体に対策を義務付けるのはリーズナブルな方向であろう。問題はその中身になってくる。

◆自治体は何をするのか

現行法は政府に自殺対策の大綱づくりを求めるだけで、自治体への取り組みは求めていない。しかし国の対策に引っ張られるように、各自治体もポスターや相談窓口、シンポジウムなど自殺防止の啓蒙活動がここ数年活発化してきているのが実態である。

昨年、私が足を運んだ東京都のある区のシンポジウムでは、自殺対策の最前線で働く人らを集めての討議が行われた。その合間には、この区が取り組む自殺対策の活動ビデオ映像や区の担当者が、我が区が東京の他の区に比べて、いかに対策に熱心で効果を上げているかの宣伝を行った。「そういう問題ではないのに」と思わず苦笑いしてしまったのは私だけではなかったはずである。

自治体への義務付けは、結局その効果が競争のような格好になってしまう部分もあるだろうし、対策のアイデアがないままに形だけ整えるところも出てくるだろう。強調したいのは「1人の死を防ぐ」という観点の積み重ねが対策になるということ。そのためには、地域コミュニティーの声を聞く仕組みを恒常的につくるのが基本となるだろう。

◆「気づき」って何だ

朝日新聞は「政府は今回の改正は、自殺の兆候を見落とさないように『気づき』の窓口を細かく張り巡らせる狙いがある」と解説しているが、ここでの「気づき」を政府はどう考えているのだろうか。

私のような立場で、精神疾患者に向き合い、悩みの相談に乗る人間にとって「気づき」は自殺志願者の「サイン」「シグナル」として、多くの人との対話によって磨かれる見えないスキルであり、なかなかマニュアル化が難しい。私もその人の雰囲気や空気を読みながら、信号としてキャッチしても、最終的に食い止められなかったケースを幾度か経験し、次こそは救いたいという思いで悔しさを反省に変えているつもりだが、まだまだ修業の身である。

ただ、今回の改正案で誰もが自殺のちょっとしたシグナルに気づける素地を持ち、人をケアできる人になれるような環境にするためのきっかけにはなる。私自身も最近「ケアメディア推進プロジェクト」を立ち上げ、救える命を増やす一助になればと考え、行動し始めた。この点もまた本稿で紹介したい。

「ジャーナリスティックなやさしい未来」での過去の関連記事は以下です。

身近な自死と25000人を考える
http://www.newsyataimura.com/?p=5099#more-5099

ケアメディアの確立を目指して
http://www.newsyataimura.com/?p=4691#more-4691

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