п»ї 進化論上でセックスが果たす貢献『時事英語―ご存知でしたか?世界ではこんなことが話題』第20回 | ニュース屋台村

進化論上でセックスが果たす貢献
『時事英語―ご存知でしたか?世界ではこんなことが話題』第20回

3月 18日 2016年 文化

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SurroundedByDike(サラウンディッド・バイ・ダイク)

勤務、研修を含め米英滞在17年におよぶ帰国子女ならぬ帰国団塊ど真ん中。銀行定年退職後、外資系法務、広報を経て現在証券会社で英文広報、社員の英語研修を手伝う。休日はせめて足腰だけはと、ジム通いと丹沢、奥多摩の低山登山を心掛ける。

今回は、エコノミスト2016年2月27号のサイエンス・テクノロジー欄に掲載された「Sexual reproduction― Plucking rubies from the rubbish」(性交による生殖―ごみからルビーを選別する)と題する記事を紹介したい。前文(リード)は「セックスはただ(男女の)情緒が織りなす不可解なもの、とだけ決めつけられない」(Sex is not just an emotional mystery. Its very existence poses a deep question)。テーマとしての分類上は下ネタになるが、世界の科学者たちはこういうことを研究しているのかと興味をひかれた。

「ニュース屋台村」2014年8月1日号の拙稿「クリスマスに処女降誕か? コモドドラゴン」でも、英国の動物園でコモドオオトカゲの無受精卵が子どもをふ化していた内容の記事に触れて、自然界が種の保存のために準備している驚異の仕組みを紹介した。今回のエコノミストの記事は同様に、種の保存の観点から、無性生殖が可能である一方、なぜ有性生殖が行われるのかをテーマに取り上げている。以下は要約である。

◆「ルビー仮説」と「レッドクイーン仮説」

近代の科学者は単細胞生物が原始的な有性生殖を始めたのは約20億年前ごろという(しかし、なぜ地球上のヒトはもちろんのこと、ありとあらゆる種のオスとメスがセックスに翻弄〈ほんろう〉され、時には自分の命を犠牲にしてまで没頭し、膨大なエネルギーを消費するのか?)。無性生殖を行う生物は他を排除して100%自分の遺伝子を残すものである一方、有性生殖はあくまで交配相手の遺伝子と折半して自分のものの半分だけを子孫に伝えるのみである。

したがって、自身の遺伝子保存のためには一見、前者のほうが有利と考えられる。(それにもかかわらず、後者が自然界を席巻しているのには)何かその不利をはるかに補って余りある理由があるはずと考えられ、それについては二つの推論がある。

一つはセックスによる生殖は、有害な寄生物や病原菌が同じ遺伝子を受け継ぐ代々の宿主に長く寄生しその害悪性をどんどん高めていくことを阻止できるというもの。これは『鏡の国のアリス』(Through the Looking-Glass)の物語の中で、同じ場所にとどまるために必死に速く走り続けなければならないキャラクターになぞらえた「レッドクイーン」仮説である。

もう一つは、常に優劣両方の遺伝子とも同時に伝えていく無性生殖と異なり、有性生殖は子々孫々の代にわたって、さまざま遺伝子を混じり合わせ、悪い遺伝子だけを自然淘汰(とうた)のプロセスでふるい落とすことができると説く。このように説明するのが、「ごみからルビーを選び出す」(Plucking rubies from rubbish)理論信奉者の一人、ジョエル・ペック氏である。

二つの説のどちらか一方のみが正しいわけでなく、両方とも正しいのであろう。しかし、レッドクイーン説がすでに立証実験が行われているのに対し、ルビー説はその根拠がほとんど証明されていない。ハーバード大学のマイケル・デサイ氏は今般、醸造に使われる酵母を使ってその「ルビー取り出し」過程を実験で示されたと信ずるに至った。

酵母は実験材料としてよく知られているもので、かつそれは有性と無性の両生殖方式(両再生方式)を受け入れ可能なので、デサイ博士の目的に理想的にかなうものであった。生殖を両方式で実験することで「ごみを取り除く」プロセスを明らかにできると期待した。そして、彼と彼のチームは英科学誌ネイチャーに、それが彼らの期待通り起きた旨を発表した。

酵母は有性、無性のどちらの方法によっても増殖するが、何も手を加えなければ無性生殖をする。このため博士が最初に行ったことは、抗生物質を使い、有性生殖をする酵母と、孤独に自分で増えてゆくタイプと二通りのグループをつくることであった。

かくして博士たちは、各グループにそれぞれ12系列(独立した血統)の酵母を準備し、6か月の間増殖させた。この期間というのは、酵母にとっての生命時間単位で約1000世代に及ぶもので、その間に世代交代を行わせたのである。

セックス実行派を半分に分けた6系列ずつの間で90世代ごとに交配させ、残り12系列は無性生殖でずっとクローンをつくらせた。そしてこの90世代ごとの節目で各血統において突然変異が起きていないかをチェックした。この突然変異のうち優性のものが進化を意味する。デサイ博士はこれにより、進化論上でセックスが果たす貢献を説明できるのでは、と期待した。

果たして、結果はもくろみ通りとなった。無性生殖では、ある優性変異が生じても劣性変異の効果の規模比較で差し引きでプラスにならない限り、その変異は通常受け継がれていかないことを確認した。そして、仮に優性変異が存続する場合でも、劣性変異が常に相乗りしていくために増えるスピードは遅いという。

有性酵母実験では両親それぞれの細胞にある遺伝子が、再生過程で切り取られ混ぜ合わされる際に優性、劣性変異は切り離され別の道を歩むことになる。この事実は同じ両親から得られる優性、劣性変異であってもその子孫はそれぞれ異なる変異の組み合わせを受け継ぐことができ、最初は劣性遺伝子と混在される優性遺伝子も世代を経る過程(つまり半年で1000世代が交代するスピードの過程)で、優性遺伝子が増加する進化プロセスが可能となる。

かくして、進化論が説くように、有害な突然変異を含む遺伝子は退場し、良質なものを持つ遺伝子が拡散していく。

しかし、まだ決定的に重要な確認作業が残されている。半年の実験終了時点でデサイ博士は残された有性、無性それぞれの酵母系統を比較した。その結果、有性増殖の子孫酵母はどの系統であっても、酵母としての生存競争(食料ほかの生存資源獲得)において無性のものを凌駕(りょうが)したことが分かった。つまり、「ルビー仮説」が有効であることを少なくとも実験室では確認できたのである。その意味で、レッドクイーン説と並ぶことができた。しかし、実際の自然界ではどうなのかはこれからの研究を待たねばならない。(以上、要約終わり)

◆ヒトはやはり生かされているのだ

自分のヒトとしての、ふがいない半生をこの記事のアルコール酵母の増殖の話に重ねると哀しい。先祖様には悪いが、自分の遺伝子にルビーはない。しかし、何万年も生き延びてきた生物の一個体としては、人間界で現世を泳ぐための技量の巧拙などとは別のもっと大きな要件は満たしているのであろう。次の子孫に受け継いでいくのが使命のようだ。ヒトはやはり生かされているのだと知る。

※今回紹介した英文記事へのリンク
http://www.economist.com/news/science-and-technology/21693542-it-not-just-emotional-mystery-its-very-existence-poses-deep-question-sex

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