п»ї リスペクトが消えてゆく―EU離脱、トランプ現象、参院選で『山田厚史の地球は丸くない』第72回 | ニュース屋台村

リスペクトが消えてゆく―EU離脱、トランプ現象、参院選で
『山田厚史の地球は丸くない』第72回

7月 08日 2016年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

改憲勢力が3分の2をうかがう勢いだという。メディアが「日本の針路を左右する選挙」などと報じる参議院選挙(7月10日投開票)だが、有権者の関心は盛り上がらない。多くの人が投票に背を向けるのではないか、と心配されている。

政治的無関心というが、暮らしを見つめれば気楽でいられる状況にない。賃金は上がらず、雇用は不安定で、人々は将来に不安を抱えている。いら立ちが「投票行動」につながらない。なぜだろう?

◆「権威」への不信が根底に

「政治が変われば世の中はよくなる」と思えないからではないか。政治家や国会に期待が出来ない。政府なんてろくなもんではない、という「権威」への不信が根底にあるように思う。

アメリカでは大統領選挙が沸騰している。民主党からはヒラリー・クリントン、共和党はドナルド・トランプが候補として決まり、党大会で受諾演説を行うところまで来た。有権者の関心は決して低くはないが、ここでも「権威の崩壊」が話題になっている。トランプ現象である。

メキシコ国境に壁を造れ、イスラム教徒は入国させるな、などの暴言が有権者に受けている。まともな政治家ではない、と識者から冷笑を浴びていたトランプが、有力候補を蹴散らしてしまった。

あんなポピュリストが大統領になって米国は大丈夫か。他国の人さえそう思っているのに、人気者の勢いは止まらない。「既存の政治家への不信がトランプ現象を生み出している」と言われている。政治家なんてろくでもない奴らだ、という意識が民意の底流に渦巻いている。

民主党は既存政治家の典型みたいなクリントン候補だ。エール大学のロースクーを卒業し弁護士として社会活動に取り組んだ才媛。23年前、ファーストレディーとしてホワイトハウスに入り、上院議員や国務長官などアメリカ政治の中枢にいた。頭脳明晰(めいせき)・経験豊富。そのことが不人気の原因とされている。

だが、これまでの政治家は立派で人々の信頼を得ていただろうか。政治のウソっぽさは今に始まったわけではない。それでも、有権者は人柄のよさそうなジョージ・ブッシュや「チェンジ」を呼びかけるバラク・オバマに期待を寄せ、政治を託した。

◆秩序の崩壊現象が起きている

今起きている変化、従来政治の枠にはまることを拒否し始めた民意をどう考えたらいいのだろう。

英国がEU(欧州連合)離脱を決めたのも「民意」である。冷静に考えれば、EUから離れることは英国民の暮らしにプラスにならない。国民投票実施に応じたキャメロン政権は、必死に国民をなだめ、企業や産業団体も「残留」を説いた。それでも火がついた民意を抑えることは出来なかった。

英国で起きた熱狂と日本の無関心は、正反対のように見えるが、底流にある「政治不信」でつながっている。米国のトランプ現象にも共通する民意の変化は共通している。

社会で、何かが起きている。権威を認めないアナーキーな気分。力ある者、尊いものをリスペクトする感情が希薄になった。秩序の崩壊現象が静かに起きている。

「大蔵省出身とか東大卒という肩書に有権者が関心を示さなくなった」。参議院選挙の内側でそんな言葉を聞いた。組織票の取りまとめは今も盛んだが、団体や業界が旗を振ってもかつてのように組織でまとまった行動にならない、という。

大企業への就職を希望する若者はいまも多いが、「入社したら安心」とは思っていない。リストラはいやだが、一生この会社で働くという全幅の信頼感はない。大企業や名門企業へのリスペクトも怪しくなっている。

東芝やシャープ、三菱自動車など起きた消費者や株主に対する背信行為が大企業への幻想を打ち砕いた。不祥事を起こした会社だけではない。バブル崩壊後、経営者は自社が生き残るためと言って、従業員を犠牲にした。

会社は運命共同体ではなかったことを人々は知ってしまった。高度成長期に入社し、会社に人生をささげた今の中高年に喪失感は大きい。

◆崩壊の瀬戸際にあるエリート支配

日本だけでなく世界全体に「この人についていけば安心」というリスペクト感が減衰している。政治家、官僚、企業経営者といった指導層、言葉をかえれば社会のエリートへの失望と不信である。

オックスフォード大学を優秀な成績で卒業し、39歳で保守党党首になったキャメロン首相が「EU離脱は英国に損失を与える」と説いても大衆は耳をかさない。階級社会の英国で、エリート支配は崩壊の瀬戸際にある。

ヒラリーはトランプに対抗するため「ウォール街の天敵」とされるエリザベス・ウォーレン上院議員に助けを求めた。先住民族の血を引き、貧しさの中から社会運動に目覚めたウォーレンは、ハーバード大学のビジネススクールで破産法の教授となった。博識と弁舌で消費者の立場で金融業界と対峙(たいじ)し、「ウォール街包囲行動」の理論的支柱になった。

従来型政治家としてウォール街との濃密な関係にあったヒラリーにとって、ウォーレンへの支援要請は「窮余の一策」。これまでのやり方では人々が付いてこないと分かったから、これ以外にトランプに対抗する手段はないと考えたのではないか。

冷戦後のアメリカでは、政権と金融資本が合体して世界を差配する「ワシントン・コンセンサス」が政策の基軸となった。ホワイトハウスの住人は金脈・人脈でウォール街と無縁ではいられない。それが「政治家のウソっぽさ」や「自分の見方ではない」という思いを庶民に植え付ける結果となった。

ワシントン・コンセンサスの世界にすむヒラリーが、ウォーレンを利用することで大衆を味方に付けることが出来るかは、大いに疑問だが、時代の風を感じた軌道修正ではあるだろう。

それぞれの国で、企業で、権威であるはずだったエリートが、時代の変化に対応できない。政治不信やリスペクトの崩壊はその結果だろう。

秩序の崩壊現象は時代の節目に起こる。ソ連崩壊で資本主義が勝利し、市場経済が世界のルールとなったものの、国境を超える資本の跋扈(ばっこ)は、経済強者に有利なシステムとなり、貧富差を広げた。社会は不安定になり人々の憤懣(ふんまん)は高まるだろう。

金融を得意とするアングロサクソンのルールで世界を率いてきた英米型資本主義が行き詰まったのが、米大統領選挙であり、英国のEU離脱ではないのか。

政治的無関心の日本もこの潮流と無縁ではないだろう。

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