п»ї 「お気持ち」表明された天皇象徴への日常活動が改憲草案を潰す『山田厚史の地球は丸くない』第75回 | ニュース屋台村

「お気持ち」表明された天皇
象徴への日常活動が改憲草案を潰す
『山田厚史の地球は丸くない』第75回

8月 19日 2016年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

天皇陛下の「お気持ち」、あなたはどう受け止めましたか。「国民の皆さんは、天皇の仕事をどう見ていますか?」。そんな問いを、天皇からいきなり投げかけられたように私には感じられた。

震災地・熊本の訪問は日帰り。南太平洋の離島に2泊3日で出かけ、戦没者を弔う。82歳の老人にはきつい「弾丸ツアー」である。内閣から上奏される書類の処理、大使の拝謁や外国元首の接遇、その間隙(かんげき)を縫って国内の様々な行事に参加しお言葉を発する。

普通なら第一線を引く年齢になって「象徴」という重責を負った。すでに28年間、社長をつづけているようなもの。選んだ人生ではない。天皇家に生まれた宿命が生涯ついてまわる。常人に出来ることではないな、と改めて思う。

◆天皇を元首に「格上げ」しようという動き

仕事は大きく分けて三つある。憲法が定める国事行為、天皇家に伝わる祭事・儀式の主宰、国民統合の象徴としての仕事。国事行為は天皇としての役目、祭事・儀式は文化の継承、民との交わりは天皇の在り方を表現する仕事である。すべてが天皇の公務である。

「全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています」と天皇は肉体の衰えを語った。

だからといって代行者つまり摂政を置くことは「十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま天皇にあり続ける」ことだと、強い抵抗感を示した。

「お気持ち」の表明は、あらかじめビデオに録画され、文言は首相官邸と綿密に擦(す)り合わされた、といわれる。

政治的な活動や言動が許されない天皇が自分の活動について考えを述べるのは前代未聞だ。

前段に「天皇は生前退位を望んでいる」というNHKの特報があった。天皇周辺からリークされ、メディアがこぞって後を追った。政治的に不自由な天皇が意を決して国民に伝えたかったことは、以下の三つである。

①象徴天皇として公務は手を抜かない

②摂政に仕事を任せたくない

③満足に公務をこなせないなら退位する

表現は柔らかだが、主張ははっきりしている。首相官邸への「異議申し立て」のように私には思えた。

天皇が高齢になれば公務に支障がでることは官邸も承知していた、という。だが、安倍首相は天皇の気持ちをどこまで理解していたのだろうか。

「公務が大変なら減らせばいい」「健康問題が生じたら摂政を置く」というのが官邸の対処方針だった。ご苦労だが天皇には生涯務めてもらおう、というのが政府側の姿勢だった。

その一方で、天皇を元首に「格上げ」しようという動きが保守勢力に高まっている。

自民党が2012年にまとめた日本国憲法改正草案の第一条は「天皇は日本国の元首」と明記している。

解説する想定問答には「明治憲法には、天皇が元首であるとの規定が存在していました。外交儀礼上でも、天皇は元首として扱われています。天皇が元首であることは紛れもない事実ですが、それをあえて規定するかどうかという点で、議論がありました」とあり、「党内の議論では、元首として規定することの賛成論が大多数でした。反対論としては、世俗の地位である『元首』をあえて規定することにより、かえって天皇の地位を軽んずることになるといった意見がありました。反対論にも採るべきものがありましたが、多数の意見を採用して、天皇を元首と規定することとしました」と書かれている。

象徴天皇を明治憲法のように「元首」にする。それが改正憲法の第一条である。改正を目指す自民党は「改正草案」を望ましい憲法の姿だとしている。

◆80%を超える人が「お気持ち」に賛意

表明された「お気持ち」には、元首になりたい、などという覇気はみじんも感じられない。

「即位以来、私は国事行為を行うと共に、日本国憲法下で象徴と位置付けられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来ました」と述べている。

君臨すれど統治せず、という風に高みに立ち国民を見下ろすような「元首」と天皇の象徴像は対極にある。

ビデオで天皇は「人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うこと」が大事な役割だと語りかけていた。

世論調査で80%を超える人が「お気持ち」に賛意を示した。28年にわたる天皇の「日常活動」が共感を呼んだのだろう。

「日本各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として大切なことを考えてきました」というように、国民と共に苦楽を分かち合おうという活動の積み重ねが人々の支持に繋(つな)がった。

天皇の発言を国民の支持に挟まれ、安倍官邸は「生前退位」に向け、皇室典範の改正に着手せざるを得ないだろう。

憲法論議が始まろうとするまさにこの時、改憲草案の第一条を溶解させる「象徴天皇」の具体的姿をみずから語った天皇の真意は、どこにあるのか。

◆美智子皇后が紹介した「五日市憲法草案」

ヒントは一昨年10月、美智子皇后が79歳の誕生日に発せられたメッセージだ。

「今年は憲法をめぐり,例年に増して盛んな論議が取り交わされていたように感じます」で始まり、「こうした論議に触れながら、あきる野市の五日市を訪れた時、郷土館で見せて頂いた『五日市憲法草案』のことをしきりに思い出しておりました」と、世間に知られていない五日市憲法のことを以下のように紹介した。

「明治憲法の公布(明治22年)に先立ち,地域の小学校の教員、地主や農民が、寄り合い、討議を重ねて書き上げた民間の憲法草案で、基本的人権の尊重や教育の自由の保障及び教育を受ける義務、法の下の平等、更に言論の自由、信教の自由など、204条が書かれており、地方自治権等についても記されています。当時これに類する民間の憲法草案が、日本各地の少なくとも40数か所で作られていたと聞きましたが、近代日本の黎明期に生きた人々の、政治参加への強い意欲や、自国の未来にかけた熱い願いに触れ、深い感銘を覚えたことでした」

平和憲法はマッカーサーに押し付けられた憲法だ、と改憲を求める論議が高まっている時、皇后が「明治憲法の前から日本には基本的人権を尊重する憲法草案が各地で作られていた」と紹介したのである。安倍政権の憲法観を婉曲(えんきょく)にたしなめているように感じるのは私だけだろうか。

夫唱婦随で国民に寄り添い、象徴天皇とは何かを模索するお二人には基本的人権はなく、政治発言は封じられている。口は閉ざされてはいるが、黙々とつづける日常活動がその心中を十分に語っている。さて、安倍首相はどうするのだろう。

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