『住友銀行秘史』は他人事でない
『山田厚史の地球は丸くない』第80回

10月 28日 2016年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

「イトマン事件」を覚えていますか。中堅商社イトマンが反社会的勢力に食い荒らされ5000億円もの資金が焦げ付いた経済犯罪。メインバンクから事件の舞台裏を描いた『住友銀行秘史』(國重惇史著、講談社、2016年)が金融関係者の間で話題になっている。

当時の住友銀行の有力者が実名で登場するのが生々しい。「天皇」といわれ、NHKの経営委員長にもなった磯田一郎会長の狼狽(ろうばい)ぶりや、巽外夫(たつみ・そとお)頭取の煮え切らない態度が手に取るように描かれている。ドラマにもなった「半沢直樹」の世界を彷彿(ほうふつ)とさせる実録銀行物語だ。

◆新聞記者よりブンヤっぽいMOF担

筆者の國重惇史(くにしげ・あつし)は、業務渉外部の部付部長だった。大蔵省や日銀との折衝役で、銀行のど真ん中にいたエリート行員だ。そんな人物が、銀行の方針に疑問を持ち、密かに告発文書を作り、大蔵省や日銀、新聞社に送っていた。事態の進展に沿って何通も内部情報を届け、当局やメディアを誘導した。

私が國重を知ったのは35年も前のことだ。駆け出しの経済記者として大蔵省を担当していた。國重は35歳くらいで、いわゆる「MOF担」として大蔵省に毎日通い、銀行局を回って役人と話し込んでいた。昼食時は「局長付」などの女性職員と食堂で楽しげにやっている。てっきり他社の記者と思っていた。「あの人はどこの社の人?」と銀行課長に尋ねたら「知らないの。住友のMOF担だよ」と言われて、驚いたことを覚えている。

銀行員らしからぬ愛嬌(あいきょう)があり、どこへでもスッと入っていく。新聞記者よりブンヤっぽい男だった。

昼は役所まわり、夜は接待、というのが仕事で、幹部職員だけでなく、ノンキャリと呼ばれる実務派に食い込んでいた。ライバル銀行の経営情報を取るのもMOF担の仕事で、マル秘である銀行検査の資料まで手に入れていた。

イトマン事件の前段ともいえる平和相互銀行の合併は、当時企画部次長だった國重が大蔵省工作を担当した。

駅前など立地のいいところに約100店舗をかまえる平和相互は庶民の金融機関として人気があった。しかしオーナー家の小宮山一族が私物化し、集めたカネをファミリー企業に融資し、一部は政治家や暴力団の食い物にされていた。

内紛から銀行の不良債権が表面化し、大蔵省は大手銀行に救済させようと動き出す。そんな矢先、金策に窮した小宮山家の株がイトマンファイナンスに渡ったことから住友銀行が動いた。

反社会的勢力が巣食っている銀行を合併していいのか。住銀内でも意見は割れた。國重は懐疑的だった。だが首都圏制覇を目論む磯田は一挙に100店が手に入る合併を推進した。

手柄を立てたのがイトマンの河村正彦社長だった。押さえていた平和相互の株が切り札になった。

金融自由化が叫ばれ、統制型の金融から自己責任の経営へと時代は変わろうとしていた。銀行員は「リスクへの挑戦」を迫られた。危ないことは絶対にするな、と教えれていた銀行員は「リスクを取る」=「危険な取引先と付き合う」と解釈した。

プラザ合意で円高が進み、公定歩合が5回下げられ、銀行は貸出競争にあけ暮れていた。溢(あふ)れるカネが地上げ屋から暴力団に渡る。そんなバブルの絶頂でイトマン事件は起きた。平和相互を合併して、毒がイトマン・住銀にまわったのである。

合併の過程でイトマンにパイプができた國重に心配な情報が入るようになる。業績を見栄えよくするために河村は禁じ手を使い、住友銀行がそれを見逃している。

◆メディアを使って1人で大蔵省と銀行を動かす

内部告発が始まる。理解者は融資三部長の吉田哲郎と、常務の松下武義。2人は薄々感じてはいただろう。そこは銀行員。類が及ばないよう、距離を保っていた。國重は1人で大蔵省と銀行を動かした。梃子(てこ)に使ったのがメディアである。頼ったのが日経新聞記者大塚将司(おおつか・しょうじ)。國重は自分では会えない会長の磯田に大塚を差し向け、探らせた。巽頭取や土田正顕(つちだ・まさあき)大蔵省銀行局長への工作も日経記者を使った。

告発文書を出し、日経に取材させ、大蔵省や日銀、東京地検まで動かして、イトマン問題を表面化させた。最後は河村はじめ、闇と繋(つな)がる許永中、伊藤寿永光を逮捕・起訴に追い込んだ。

銀行員は業務で知った秘密は墓場まで持って行け、と教えらえれる。國重は、そのルールを破ったばかりか、内部告発は自分がしたと名乗り出た。

銀行で「あってはならないこと」だろう。だが、自分が所属する組織がとんでもない暴走をした時、サラリーマンはどうすればいいのか。東芝や三菱自動車が大企業の闇を見せてくれた。組織が頭から腐る。それが現実に起きている。

知らぬふりをすればいいのか。上司に調子を合わせるのがいいのか。大企業のサラリーマンに生き方を問う一冊である。

One response so far

  • 七福神 より:

    著者はかなりの自信過剰のように見受けられますね。当時のバブル崩壊に絡む銀行の裏面を知る上では面白いとは思いますが、著者の自分中心の書き方には少々辟易しますし、当時の役職の人間として上の上司の情報を知り得たのかどうか、少々疑問ありでもありますね。

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