奈良県の地方創生について―小澤塾塾生の提言(その6)
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第87回

2月 10日 2017年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

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バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住19年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

私の勤務するバンコック銀行日系企業部では主に日本の提携銀行から20人強の出向者を受け入れている。こうした出向者に対してバンコック銀行の商品を理解してもらうなどの目的から約5か月間にわたる研修期間を設けている。この通称「小澤塾」では、タイにおける銀行業務以外に主要国経済や地方創生などをテーマに論文を作成してもらっている。今回は第6回として、南都銀行の大中拓也さん(平成15年入行、奈良県出身)の分析を紹介する。

奈良県は紀伊半島中央の内陸部に位置し、県北西部に平坦地(奈良盆地)があるが、それ以外の県北東部(大和高原)、また県南部(吉野山地)には山野部が広がっている。奈良県には12市、7郡15町12村が存在し、県北部の都市部は大阪府や京都府のベッドタウンとしての役割を担ってきた。しかしながら、近畿地域の経済停滞により、下図の通り平成11年ごろを境に人口は減少に転じている。また、県内地場産業についても、少子高齢化、海外の安価な製品により、衰退が著しい状況となっている。

《奈良県の基本データ》面積3,691 ㎢、人口1,369千人、県内総生産3.55兆円

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                       (出典 奈良県 統計課)

Ⅰ.奈良県の特色について

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①人口、可住面積等

県北部地域は大阪地域へのアクセスは良好であり、古くから同地域のベッドタウンの役割を担ってきた。一方県南部地域は険しい山脈地域となっており、可住面積は非常に少ない。人口分布では県北部95%、県南部5%となっており、北部地域の人口集中が際立っている。近年では近畿圏の経済停滞により、人口減少が続いている。

②県内産業

県内総生産は3.55兆円と全国比低水準であり、県内企業数46,711社は非常に少ない。また、県外就業率29.90%(全国1位)が非常に高く、地元企業への就職は非常に少ない。また、近隣に働き口が少なく、また奈良県の個人資産は全国1位であることから、就業率51.87%となっており、県内就業割合についても非常に低い。

③豊富な観光資源

奈良市地域は平城京の都があった地域であり、歴史的な土地柄から、東大寺、法隆寺等有名寺社仏閣が多数所在する。国宝・重要文化財数(美術工芸品)が1,054件、史跡数が116件で全国上位となっている。一方で、宿泊者数やホテル客室数は、全国比低水準にとどまり、豊富な観光資源を生かしきれていない。

以上、奈良県においては県内産業が低迷している一方で、観光資源が他県に比べ圧倒的に多い。現状の特性を生かした地方創生を考えるのであれば、奈良県創生のカギは観光産業の発展にあるものと考える。また、現在は日本人の人口は減少に転じており、今後は外国人観光客をいかにして誘致するかが課題となっている。今回は私が勤務しているタイのタイ人を奈良への観光客誘致について考えてみる。

Ⅱ.奈良の観光の特徴

奈良県は史跡数、美術工芸品等多く、平成27年には約4,146万人もの観光客が奈良県を訪れている。しかしながら、奈良県の宿泊者数は約277万人にとどまっており、宿泊率は低い。また、宿泊率の低さにより奈良県観光客の旅行単価は1人あたり5,505円となっており、他の近畿圏と比べても圧倒的に少ない。

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外国人観光客については、外国人に人気スポットが多いことから、平成27年の外国人年間観光客数は約103万人となっており、いわゆる外国人観光客の大阪周遊ルート(大阪、京都、兵庫、奈良、和歌山)の観光地の一つとして、外国人観光客数は増加傾向にある。しかしながら、外国人の宿泊者数については約25万人にとどまり、多くの外国人が奈良県に泊まらず素通りし、他地域で宿泊している。

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以上のことから、奈良県の観光については、観光客の受入は出来ているものの、宿泊者が非常に少なく、旅行単価が低いことから、観光客を泊まらせる工夫が必要と考える。

Ⅲ.なぜ外国人が奈良県に宿泊しないのか

① 外国人に人気の観光地が近鉄奈良駅周辺に集まっている。

奈良県の観光地で海外旅行者に人気のあるスポットは、奈良公園や東大寺である。これらの観光地は近鉄奈良駅から徒歩圏内にあり、これら2カ所を回っても2時間程度で観光は終了してしまう。近鉄奈良駅は大阪・京都地域からのアクセスも良好であり、概ね片道1時間以内の移動で十分である。よって、移動で往復2時間、観光2時間の計4時間で奈良県の観光は終了してしまう。

②観光地周辺の商店が早く閉まる

観光地周辺の商店は観光客を目当てとした土産店、飲食店、カフェが半数以上を占める。

土産店は概ね午後5~7時、居酒屋を除く飲食店・カフェは午後10時前後に閉店する。近鉄奈良駅直結の東向商店街を調べたところ、調査した73店舗のうち、午後8時までに閉店する店舗は36店舗となっており、奈良県観光の中心とも言える同商店街の約半数の店舗が午後8時までに閉店することになる。また、午後8時以降に営業している商店は、飲食店を除けば、ドラッグストア3店舗、飲食店が併設されている土産物店1店舗となっている。つまり、午後8時まで近隣で食事をした後、いざ土産物や地域の雑貨を見ようとしても、販売店舗は既に閉店してしまっており、見ることが出来ないことになる。

② 奈良県を代表するグルメが無い

奈良県のグルメといえば、柿の葉ずし、茶粥(ちゃがゆ)、吉野葛(くず)、天理ラーメン、三輪そうめん等がある。しかしながら、そのいずれもが知名度が高いとは言い難い。一説には志賀直哉の随筆『奈良』の中で、「食ひものはうまい物のない所だ」という記述があり、「奈良にうまいものなし」という言葉が定着し、知名度の高いグルメが無いと言われている。だが、理由はそれだけでは無く、実際に近鉄奈良駅直結の東向商店街において、前述のグルメを食べることが出来る店舗は数軒に限られており、知名度が上がるとは考えにくい。

Ⅳ.他地域への観光を考える

前述の理由により、奈良市を中心とした観光地だけでは、夜間まで観光客を奈良県内にとどまらせ、現状以上に宿泊客を増やすこと非常に困難である。奈良県で宿泊を促すには、奈良市周辺に加え、同地域を基点とした法隆寺地域、また明日香村、吉野地域等南部地域といった他地域を含めた旅行プランを作成し、奈良市周辺から遠い地域まで移動させ、観光地に閉じ込めることにより、日帰り出来ないようにさせる必要がある。

タイ人の奈良県誘致を考える際、タイ人は桜や温泉を好むため、桜の名所である吉野山から近い吉野郡の『吉野山及び吉野温泉』を観光ルートに組み込むことで、タイ人観光客の宿泊を促すことが出来ると考える。以下、吉野町周辺地域への観光を誘致する際に必要なものについて考えてみる。

<奈良市周辺から吉野町地域へ>

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①吉野地域の観光について

吉野山周辺の観光については、吉野町の観光は桜の時期以外は極端に減少することから、同時期以外の観光を考える必要がある。京都府の観光地である禅林寺や東福寺等は紅葉の美しさで外国人観光客から人気であることから、吉野山の紅葉を観光に取り入れるのも一つと考える。また、外国人観光客は体験することも非常に好むことから、吉野町の名産である手漉(す)きの和紙体験や箸作り体験や、奈良市周辺地域から吉野への道中のイチゴ狩りといったものも喜ばれると考える。

吉野地域の主な観光地

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① 新しい吉野のグルメを作る

吉野のグルメは柿の葉ずし、吉野葛、柿等がある。『吉野さくら料理』と名づけ、桜の名所である吉野に因んだ桜をモチーフにした吉野葛料理や、タイ人が好きなサーモンを使った柿の葉ずしを炙(あぶ)りにしたり、いくらと合わせたりといったバリエーションを増やす。また近隣の観光地である高野山の高野豆腐や胡麻豆腐などを取り入れ、吉野及び近隣地域の食を一堂に会した料理を開発する。また、デザートにはタイ人が好きなフルーツを取り入れ、同地名物の柿や奈良県の名産であるイチゴを使ったデザートを提供するのも喜ばれると考える。

②新しい吉野の土産物を考える

吉野の名物のお土産として、タイ人の趣向に合った吉野のさくらをモチーフした吉野葛デザートを開発する。葛菓子は葛湯、葛餅、葛切り、干菓子等があるが、土産とするなら、持ち運びが容易で葛の食感を楽しめる葛餅がより良いと考える。葛餅の餡(あん)はタイ人は小豆をあまり食べないことから、さくらのクリーム等にし、吉野山のさくらをモチーフにしたデザートとして、名称を統一し知名度アップを図る。

紙漉き体験や箸作り体験は、出来た和紙や箸はお土産として持ち帰ることが出来ることから、こちらも喜ばれると考えられる。

また、吉野山近辺の飲食店、土産物店等82店舗を調査したところ、ほとんどの土産店が午後5時、飲食店についても午後7時には閉店し、午後7時以降も開店している店舗はわずか2店舗のみとなっていた。外国人観光客は昼間は観光をして、夜に買い物する傾向が強いことから、夜遅くまで開店しておく努力は必要となると考える。

③宿泊地に空家を利用する

吉野町には、年間観光客が80万~100万人程度訪れるが、うち桜の季節である3月下旬から4月下旬までの約3週間に約半数である30万~40万人が訪れることから、同時期には毎日約2万人程度の観光客が来訪することとなる。吉野町地域の宿泊施設を調べてみたところ、旅館・民宿・宿坊を合わせても2,129人の収容にとどまることから、同時期に来訪する宿泊の10%程度しかカバーできていない計算となる。吉野町の調査によると、吉野町には608戸の空家があることから、空家を宿泊地に転用することで一定のカバーは出来るものと考える。また、奈良県南和地域には2万戸以上の空き家があることから、同地域以外の空家を利用すれば、宿泊客の受入は十分に可能と考える。

※「ニュース屋台村」過去の関連記事は以下の通り
第84回 「賢者」に学ぶ日本の観光(2016年12月16日)
http://www.newsyataimura.com/?p=6203#more-6203

第20回 原点に立ち返ろう日本の観光事業(2014年5月9日)
http://www.newsyataimura.com/?p=2124#more-2124

One response so far

  • 森本豊文 より:

    兵庫県西宮在住ですが、吉野に由来を持つものです。今でも多くの親戚が居を構えています。そのため、月に一度は奈良に足を運んでいます。
    上記、分析、誠に的のど真ん中を射ていると思います。
    あえて挙げるならば、これが一番の問題かもしれないと感じているのですが、肝心の行政が現状の問題点への危機感が低い事です。
    県も後手に回っているし、各自治体は例えば過疎化に対する対策や、観光振興策等連携して動けていないのではと感じます。
    一番頑張っているのは近畿日本鉄道ではないかくらい感じます。吉野町、大淀町、下市町は合併すべきで、近鉄から観光関連で出向者を受け入れることを考えてはと感じます。

    奈良県には強力なリーダーシップを持った行政責任者が必要ではないでしょうか。

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