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トランプは「非常識」な大統領なのか?それとも「否常識」な改革者なのか?
『「否常識」はいかが?』第3回

2月 15日 2017年 経済

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水野誠一(みずの・せいいち)

株式会社IMA代表取締役。ソシアルプロデューサー。慶応義塾大学経済学部卒業。西武百貨店社長、慶応義塾大学総合政策学部特別招聘教授を経て1995年参議院議員、同年、(株)インスティテュート・オブ・マーケティング・アーキテクチュア(略称:IMA)設立、代表取締役就任。ほかにバルス、オリコン、エクスコムグローバル、UNIなどの社外取締役を務める。また、日本デザイン機構会長、一般社団法人日本文化デザインフォーラム理事長としての活動を通し日本のデザイン界への啓蒙を進める一方で一般社団法人Think the Earth理事長として広義の環境問題と取り組んでいる。『否常識のススメ』(ライフデザインブックス)など著書多数。

大統領に就任して以来、連日ドナルド・トランプの動静が報じられている。

大体の論調は、大統領令を連発するトランプの非常識さをなじるものが多そうだ。メキシコとの国境に万里の長城のごとき塀を建てて、その建設費をメキシコ側に負担させると言ってみたり、それを拒否されると、ならばメキシコから輸入される物品の関税を上げて、それで塀の建造をすると言ったり、中東・アフリカ7カ国からの入国を禁止するなどと、確かに非常識に見える振る舞いが目につく。これは、選挙期間中に掲げた公約をいち早く実行に移そうという行動力の誇示なのだろうが、米国内の安全や産業と雇用を守ろうという視点から見ても拙速さは免れまい。もっとも、大統領令といえどもその効力は無制限ではなく、連邦議会で反対法案が可決されたり、連邦最高裁判所の違憲判断によって差し止めたりすることができるのだが、公約を何も守らなかったオバマとの違いのアピールとしては有効なのかもしれない。事実、シアトルの連邦裁判所は2月3日、トランプ政権による特定7カ国からの入国制限令について、一時的差し止めを全国的に命令した。これに対して司法省は2月4日、上訴するという事態になっている。彼が公約通り大統領令を出したという事実は残る。

ところで、彼が「非常識」なのか「否常識」なのかはともかく、この常識破りの大統領が生まれた背景は何なのだろう。

それはひとえに、8年間にわたる「チェンジ」への期待を裏切ったオバマ政権への失望だろう。8年前のブッシュ政権時代の実状、それは政治が一部の富裕層に私物化され、

NAFTA(北米自由貿易協定)が引き起こした米国国内産業の空洞化と失業者の増大であった。9・11にこじつけた大義なきイラク戦争、止めどもない金融界のマネーゲームの強欲化などに辟易(へきえき)としていた米国民に、それらの規制や正常化を訴えたのがオバマの「チェンジ」だったはずだが、その期待はことごとく裏切られた。その原因はただひとつ、オバマが選挙期間中に集めた米国史上最大額の献金、その大半がウォール街やグローバル企業関係者によるものだったことだ。その結果、破綻(はたん)した金融機関の救済、アフガニスタンへの軍隊の増派など、公約に逆行する政策を実行してきたことがわかる。

そこで今回の大統領選挙で注目すべきなのが、従来の政党候補とは一線を画す2人の異色候補者だった。トランプとサンダースの活躍だ。彼らの共通点は、正統的な党員ではないこと、1%といわれる超富裕層を形成するグローバル企業や金融業だけが儲かる仕組みのTPP(環太平洋経済連携協定)に反対し、国内産業と雇用を立て直す国内優先主義という点だ。かたや、資本主義の権化のように思われ、かたや明らかに「民主社会主義」という立ち位置の違いこそあれ、基本的な「国内優先」「国民最優先」という点では同じ考え方なのだ。しかもこの大きな流れは、英国のEU(欧州連合)離脱。フランスでも、次期大統領選でのEU離脱を目指す「国民戦線」のルペン党首の飛躍。フィリピンのドゥテルテ大統領の勝利などでも、反グローバリズム、ナショナリズムへの流れは明らかになっている。

もしも民主党が、米国内のみならず世界のこうした流れを読んで、従来の常識を捨てて、グローバリズム利権に塗れたヒラリーではなく、明らかに「否常識」な立場のサンダースを候補者に選んでいたら、トランプに勝っていた可能性が十分にあっただろう。その知的レベルの差から言っても、その支援層が、トランプのように失業中のプアホワイトや退役軍人などではなく、インテリな学生や若者たちという違いも、米国の近未来にとっては大きな意味があったはずなのだが。

この逆転を招いた原因が、民主党中枢部だけとは限らない。むしろ最大の原因は大手マスコミの過信ではないか?

カリフォルニア大学サンタバーバラ校のウーリィー教授の調査によると、米国内ではヒラリーを支持する大手マスコミの勢力が絶対的だった。具体的には、調査をした新聞社59社中57社がヒラリーを支持していた。トランプを支持したのは、ネバダとフロリダの2社だけだという。そこで日本のマスコミもその論調に追従したわけだが、ふたを開けてみたら、とんでもない逆転劇が待っていたというわけだ。大手新聞社が書けば世論と情勢が形成されるという従来の常識が完全に覆されてしまったのだ。かたやあまりトランプのイメージとは似合わないTwitterが功を奏したのだから、ここでも「否常識」の勝利だったと言えよう。

それにも増してみっともなかったのは、その米国大手マスコミが垂れ流すヒラリー優勢の記事を真に受けて無批判になぞっていた日本のマスコミや評論家だろう。背後には、トランプにせよサンダースにせよ、こうした現状利権を否定する勢力の台頭を好ましく思わぬ官邸の思惑もあったのかもしれない。トランプが共和党の候補に選ばれた時、もしもトランプが大統領になってしまったらと、官邸が尋ねまわったのが、トランプに繋(つな)がる日本関連の人脈だという。世に知られているところでは、トランプとの共著を持つ日系米人のロバート・キヨサキや、コンサルタントの植村周一郎くらいだったらしい。これも、それほど政界に人脈を持たない男が、米国大統領になれるわけないと高をくくる原因のひとつになったはずだ。

連発する大統領令に加えて、過激な発言で顰蹙(ひんしゅく)を買いやすいトランプであることも相まって、国内外のマスコミもここぞとばかり批判的論調を展開するが、果たして彼は非常識だけの大統領なのだろうか?

ニューヨーク在住の映画監督・想田和弘氏はTwitterでこう言っている。

「トランプが滅茶苦茶な大統領令を発して世界を混乱させたのは、僕はわざとだと思う。どんな滅茶苦茶な命令であろうと、人々はとりあえず従わなくてはならない。その命令が滅茶苦茶で人々が振り回されればされるほど、トランプは権力を誇示できる。独裁者を目指すトランプの行動には特別の解釈が必要だ」と。

だが私は、そんな独裁者としての快感だけではないような気がする。第一に、7カ国からの入国を制限する「一時入国禁止令」をもって宗教差別だとか、憲法違反だと騒がしいが、よく読めば、大統領令には「イスラム」や「ムスリム」の言葉は一言も使われていない。入国が禁止されているのは、イラン、イラク、リビア、ソマリア、スーダン、シリア、イエメンの7カ国の国民が対象で、確かにイスラム教徒が圧倒的に多い国であることは間違いないが、トランプ体制への変遷期に、狙われやすい米国をテロから守るための暫定処置として限定的に90日間(ただしシリアは無期)の入国禁止。移民については120日間限定の入国禁止令であり、永久的なものではない。移民でもシリアが無期なのは「米国の移民認定プログラムが適切に機能しているかが確認されるまでは移民も入国も無期限で制限されるということらしい。

そもそも、最近の米国内で起きたテロ関連の事件を見ても、この7カ国の国民比率はごく少数であり、7カ国の設定自体が稚拙で無意味だとういう批判もあるが、イスラム教徒に対する差別だと言うならば、この7カ国のイスラム教徒は世界のイスラム教徒の12%にすぎないという。残りの全世界に分散する88%のイスラム教徒は米国に自由に入国することができるのだから、米国が宗教的な差別をしているとの指摘は必ずしも当たらないような気がする。

どうもトランプの真意は、そんな単純な権力の誇示にあるのではなくて、従来の常識に則り、政権を超えて存在する「シンクタンク」を中心に外交をリードする「ワシントンシステム」をぶち壊し、同時に、世界のシナリオを組み立てる政治のさらに上位にある支配システムの特権にも立ち向かおうとする、ドンキホーテのようにも見えてくる。

※参考URL:「日米関係に新しい外交を」―求められる多様な回路―
http://www.nd-initiative.org/topics/58/

とりわけこれからの日米の関係を予測するときに、重要なのは「ワシントンシステム」が今後どんな役割を果たせるのかという点であり、安倍内閣も従前のリチャード・アーミテージやジョセフ・ナイ頼みの外交スタンスでは、とんでもないことになりかねない。

近年注目されるようになった公開の「ダボス会議」、その上位にありダボスのシナリオをつくる非公開の「ビルダーバーグ会議」をも操るグローバリズムの推進母体=あえて誤解を恐れずに言えば、世に言われる「イルミナティ・シンジケート」なのだが、トランプはこの支配に反旗を翻そうとしているような気がする。ついでに言えば、ブッシュ親子はその重要メンバーだが、直近の大統領ではクリントンもオバマも、巨額の報酬で雇われた単なる使用人でしかなかった。だが、それに抵抗することはケネディの例を引くまでもなく、命がけの賭けでもある。

だが、その強大な「影の力」にも翳(かげ)りが見えてきている。まさに、英国のEU離脱や、米国大統領選での番狂わせがそれを証明する。それに対するシンジケートからの反撃も予測されるが、いったん崩れだした城は一気に砂上の楼閣と化すのが常だ。

そしてその最たる賭けがトランプによるTPPからの離脱だろう。米国が離脱したら、このトリッキーな条約は成立しないのだが、これぞグローバリズム利権のシンボルが崩壊するのだ。その意味では、明らかに何かが変わりつつある。

トランプが、結局はイルミナティと手打ちをしてしまうのか、あるいはあの怖いもの知らずの性格で、「非常識」を「否常識」にまで昇華させられるのか?大いに注目すべきなのだが、一番心配なのは、佐藤優が言うように、トランプが明らかに「イスラエル中心主義者」という事実だ。

※参考URL:トランプ大統領は「イスラエル中心主義者」だ
http://toyokeizai.net/articles/-/156425

それは、プロテスタント原理主義とユダヤ教が連携した「クリスチャンシオニズム」であり、トランプが就任演説で引用した旧約聖書の詩篇133編の一文に象徴されるといわれる。なぜならば旧約聖書は、「キリスト教徒」と「ユダヤ教徒」が共通して拠り所とするもので、この詩は、世界支配の中心はシオン、すなわちイスラエルから始まると言っているのだ。

イルミナティとシオニズムは必ずしもイコールではないが、イスラエル建国の大スポンサーがロスチャイルドであることを考えると、トランプの「イスラエル中心主義」と、反グローバリズムの両立にはいささか矛盾があるのではないかと思える。財務長官のムニューチン、国家経済会議委員長のコーンをはじめ、総勢6人ものゴールドマンサックス関係者がトランプ政権の幹部に名を連ねるのも、彼らが、貧富の差の拡大を作り出す強欲資本主義を生み出した張本人であることを考えると大いに問題だ。あまりにも、知識とそれを裏付ける人脈の乏しさを露呈しているのではないか? 単なる無知な「非常識」なのか、深謀遠慮な「否常識」なのか? その判定はまだ出来ない。

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