п»ї 南スーダンのオルタナティブ・ファクト 『山田厚史の地球は丸くない』第87回 | ニュース屋台村

南スーダンのオルタナティブ・ファクト
『山田厚史の地球は丸くない』第87回

2月 16日 2017年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

国会では稲田朋美防衛相が窮地に立っている。野党4党は「防衛相としての資質に欠ける」と辞任要求へと足並みをそろえ、安倍政権は防戦に必死だ。南スーダンでは大統領派と副大統領派の内戦が激化。部族間闘争の色彩を強め、虐殺・暴行が日常化している。難民は200万人を超え、危機は深まるばかりだ。平穏とされていた首都ジュバも安全ではなく、駐留する自衛隊員の身に危険は高まっている。

◆寝ぼけた防衛相答弁

昨年7月には自衛隊宿営地近くで武力衝突が起きた。ところが稲田防衛相は「現状は戦闘行為にあたらない」と寝ぼけたことを言う。

戦闘地域に自衛隊を送れば憲法9条違反になる。そこで「戦闘」を「衝突」に言い換えて部隊派遣を正当化したいのが政府の立場だが、南スーダンは今や自衛隊が国連平和維持活動(PKO)を続けられる状況にはない。守るべきは「政府の立場」か「隊員の安全」か。重い決断を迫られる防衛相の「軽さ」が気がかりだ。

スーダンは古代エジプト王朝の南部に広がる地域を指し、アラビア語で「黒い人」を意味するという。部族ごとに共同体が営まれ、ナイル川に沿って北部はキリスト教、南部はイスラム教の影響が強い。1956年に英国の植民地から独立したものの、内紛やクーデターが頻発。南部に石油が発見されると権益をめぐり内戦が激化。大量の武器が出回り、部族が民兵組織で争う混乱が続いてきた。

2011年1月、国連監視団の下で南部の自治政府が独立の是非を問う住民投票を行った。7月に南スーダンとして独立したが、国境地域の資源を巡る紛争が始まった。

南北スーダンの対立が小康状態となると、資源豊富な南スーダンで内戦が激化。武力制圧を進める大統領派と難民保護を重視する国連に亀裂が生じる事態へと突入した。そこで日本は微妙な立場になった。

安倍政権が安保法制を変え、自衛隊のPKOは海外で「駆けつけ警護」ができるようになった。手始めが南スーダンと安倍政権は考えているようだ。国連施設が襲われたとき警護に駆けつける。確かに南スーダンは国連が襲われる可能性が高い。その時、自衛隊が応戦するが、相手は南スーダン政府軍(大統領派)になるだろう。南スーダン政府の統治下でPKO活動をしながら政府軍と対峙(たいじ)することができるのか。南スーダンPKOの大問題がここにある。

◆回避できない現地隊員に迫る危機

PKOには5原則がある。

1 停戦合意が存在すること

2 受け入れ国などの同意が存在すること

3 中立性が保たれていること

4 要件が満たされなくなった場合には派遣を中断または終了すること

5 武器の使用は必要最小限度とすること

これに照らせば、南スーダンでPKOを続けることには無理がある。

昨年7月、首都ジュバでの戦闘で300人を超える死者が出た。副大統領派と政府軍との争いだった。この事態を稲田防衛相は「戦闘ではない衝突だ」と説明した。

現地の部隊はどう見ているのか。2016年9月、ジャーナリストの布施祐仁さんが、現地部隊が書き留めた日報の公開を請求した。防衛省は12月になって「日報はすでに破棄された」と不開示を通告した。これが国会で問題になると今年1月25日になって「電子データが残っていた」と、一転して文書の存在を認めた。

日報には「戦闘」という言葉が頻繁に登場する。自衛隊宿営地の近くで激しい戦闘が行われ、200メートルの地点に着弾が確認され、市内で略奪が起きていることなど詳しく報告されていた。

それでも防衛相は「戦闘とは国対国や、国と『国に準ずる組織』の間での武力紛争を指す。南スーダンはこれに当たらない」と言い張っている。

安倍首相も「武器を使った殺傷、あるいは物を破壊する行為はあった」と認めながら「戦闘をどう定義づけるかでは、国会においても定義がない。我々は一般的な意味として衝突、いわば勢力と勢力がぶつかったという表現を使っている」と答弁した。

言葉を置き換えても、南スーダンの現状は変わらない。国会の苦境は言葉の遊びでかわせても、現地の隊員に迫る危機を回避することはできない。

◆「三権分立」 もう一つの真実とは

「破棄した」という日報が「見つかった」のは12月26日だった。それを公表したのは1月25日。前日の24日には安倍首相が共産党の志位委員長の質問に、日報は破棄されたことを前提に、「破棄は法律上問題はない」という答弁をしている。政府は代表質問を切り抜けるために「日報」の存在を隠していた、としか思えない。

稲田防衛相は「自分に報告があったのは25日だった」と隠匿に関与していないことを強調する。公表に1カ月かかったのは「どこまで公表するか」など事務的作業に時間がかかったから、などと言い訳をした。

PKO派遣の是非がかかる重要な文書の存在を防衛相が1カ月も知らされていなかったなら、何のために大臣はいるのか。

安倍首相が抜擢(ばってき)し「総理に一番近い女性」として内閣の目玉にした稲田氏を守るため、責任はすべて防衛省の事務方になすり付けているとしたら、防衛相の存在はますます軽くなるだろう。

首相答弁は防衛省だけでなく官邸も関与する。首相側近が日報の存在を知らなかったとしたらこれまた大問題だ。あることを分かりながら、知らぬふりをして答弁を作成したとなれば、首相の責任が問われる。

「オルタナティブ・ファクト」という言葉が、トランプ政権の誕生で生まれた。もう一つの真実、と訳されている。簡単に言えば、「ウソなのに屁理屈をこねて真実、と言い張ること」である。南スーダンで戦闘が起きているのに「戦闘はない」という安倍政権はオルタナティブ・ファクトの常習者である。

「福島の放射能汚染はアンダーコントロールだ」とも言っていた。メルトダウンした核燃料は見つかったが、近づけば即死する放射線を放っている。

「破棄した」日報が「見つかった」。1カ月も隠していたのを「知らなかった」。現地から「戦闘」と報告されても「戦闘ではない」。国会はあまりにも馬鹿にされてはいないか。「三権分立」のオルタナティブ・ファクトとは「首相独裁」?

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