п»ї 気になるジャカルタ州知事選決選投票の行方 『東南アジアの座標軸』第24回 | ニュース屋台村

気になるジャカルタ州知事選決選投票の行方
『東南アジアの座標軸』第24回

3月 07日 2017年 国際

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宮本昭洋(みやもと・あきひろ)

インドネシアのコンサルタント会社アマルガメーテッド・トライコール顧問。関西大学大学院で社会人向け「実践応用教育プログラム」の講師、政策研究大学院大学で「地域産業海外展開論プログラム」の特別講師を務める。1978年りそな銀行(旧大和銀)入行。87年から4年半、シンガポールに勤務。東南アジア全域の営業を担当。2004年から14年まで、りそなプルダニア銀行(本店ジャカルタ)の社長を務める。

インドネシアで2月14日実施されたジャカルタ州知事選の最終投票結果が26日、選挙管理委員会から発表されました。三つの候補ペアのうち、大方の予想通りアホック知事とジャラット副知事ペアが現職の強みを発揮して有効票の43%を獲得してトップに立ち、アニス前教育相と実業家サンディアガ・ウノ氏のペアは得票率40%で2番手につけました。今回の選挙戦で最も注目を集めていたユドヨノ前大統領の長男アグス氏のペアは得票率17%と伸びず、落選しました。

◆ジョコ大統領の盟友アホック氏

州知事選に勝利するためには過半数の得票が必要で、アホック知事ペアとアニス候補ペアの上位2ペアによる決選投票が4月19日に行われます。アホック知事は、選挙運動期間中にリゾート地として知られるスリブアイランドで起こした舌禍事件で「コーラン冒涜(ぼうとく)罪」に問われ裁判中の身です。ただ、同地で投票数の39%を獲得してトップであった事実は、イスラム教徒の島民が「コーランを冒涜された」とは感じていないことを示しています。

今回の州知事選は、現職のジョコ・ウィドド大統領と前職のユドヨノ前大統領の代理戦争の様相も呈していました。ジョコ大統領のジャカルタ州知事時代に副知事はアホック氏でした。その関係からジョコ氏とアホック氏の盟友関係は現在も続いています。

かたやユドヨノ前大統領は2019年の大統領選挙もにらんで、軍人出身でエリートながら政治経験のない長男を担ぎ、大統領時代に蓄積した豊富な政治資金を背景に強力に選挙戦を推し進めました。「コーランを冒涜した」とされるアホック発言を奇禍として、アホック氏の再選を阻むために背後でイスラム強硬派団体を操り、ジャカルタ市内で数度の大規模デモを起こさせアホック氏を糾弾、追い落としを画策したともいわれています。

この動きにジョコ大統領はメディアを通じて、政府はアホック氏への中傷を背後で操っている人物は既に特定できているとけん制、両者の争いが多くの国民の知るところとなりました。

ジョコ大統領は、州知事選の直前、ユドヨノ前政権時代の汚職撲滅委員会(KPK)の委員長で、計画殺人罪で禁固18年の有罪判決を受けたアンタサリ氏に対して刑期短縮の恩赦を与えました。出所したアンタサリ氏は、ユドヨノ氏が仕組んだわなにはめられたもので無罪であると、メディアで反論しています。

当のユドヨノ前大統領は、この発言が選挙戦の妨害行為であたるとして告訴の構えを見せたものの告訴に踏み切っていません。アンタサリ氏が関与したとされる殺人事件の真相は、裁判で明確な証拠認定もあいまいなままで罪が確定しており、真相はいまだ闇の中です。この事件の背景にアンタサリ氏がKPK委員長時代、当時の中央銀行副総裁アウリア・ポハン氏(ユドヨノ氏の娘の義理の父)を中銀財団資金の不正流用事件で起訴しました。アンタサリ事件は、この時の報復措置だったといわれています。ジョコ大統領は事件の再調査を命じて真相究明を行う必要があります。

このようにユドヨノ前大統領への攻勢を強めるジョコ大統領ですが、身内から火の手があがり一転して苦しい立場となっています。ジョコ氏の妹と結婚した義理の弟となるアリフ氏が、大統領親族の地位を利用して長年の友人が経営しているアブダビに本社のあるインドネシア輸出会社が抱える巨額の税務債務に関して、国税総局の高官に口利き、税務債務を消滅させ、その見返りとして友人から高官に賄賂が渡ったとの疑いでKPKの取り調べを受けています。

この事件について、ジョコ大統領は「KPKの捜査を粛々と進めて法律に従い裁くべき」と発言。現地メディアではトップニュースとして報道しており、今後の展開次第ではクリーンなイメージのある大統領のファミリーの不祥事として大統領自身の威信が大きく損なわれる可能性もあります。

◆19年の次期大統領選を見据える

事件は、税収不足に悩む政権が起死回生策として進めている租税恩赦プログラム(脱税者に対して正直な資産申告をすれば過去の税務申告漏れの罪を一切問わず、申告額には軽減税率を適用)の成果にも大きく影響するのは必至です。奇しくも、このプログラムにおいても、脱税者が税務債務を回避するため国税当局の高官に賄賂を払い、税務債務を解消しているという新たな不正の温床となった構図が明らかになったため、政権へのダメージは少なくありません。

現職や前職の大統領を巡るスキャンダラスな話題に事欠かない昨今ですが、4月の州知事選決選投票への影響も懸念されます。アホック氏ペアの対立候補アニス氏ペアは、2014年の大統領選でジョコ氏に敗れたグリンドラ党の党首プラボオゥ氏が擁立しています。グリンドラ党は、多くの政党が与党陣営に合流した中、野党の地位を堅持、またユドヨノ氏の民主党も中立を保っています。

19年の大統領選も見据えて、ジョコ大統領の再選を目指す与党とそれを阻止したい野党との駆け引きのなか、今回の州知事選での勝利は、次の大統領選に向けて最重要政治イベントになっています。とりわけ19年の大統領選で捲土重来(けんどじゅうらい)を期すプラボオゥ氏にとっては、アニス氏ペアの州知事選勝利をその弾みにしたいと考えています。このためグリンドラ党と民主党の政党間協力で3番手に甘んじたアグス氏ペアの獲得票が、アニス氏ペアに流れ、過半数を獲得する可能性が出てきました。ユドヨノ氏とジョコ・アホック氏の支持母体の闘争民主党党首のメガワティ女史とは犬猿の仲ですから、政党間で協力する見込みはなさそうです。

2月28日には、コーラン冒涜罪に問われているアホック氏の公判が開かれました。証人は昨年からアホック氏を標的にデモを強行しているイスラム強硬派団体指導者リジィク氏でした。

公判では、アホック氏が過去にもたびたびコーランを冒涜した発言をしていたと相変わらず理不尽で強硬な発言を繰り返しています。ようやく鎮静化の兆しを見せていたイスラム強硬派団体の活動でしたが、今回の公判を機会に4月の決選投票までアホック氏への攻撃姿勢を再び強める恐れもあります。リジック氏本人もインドネシア国家5原則理念「パンチャシラ」を冒瀆したとの疑いで国家警察から事情聴取を受けたほか、反逆罪に問われた女性活動家との情事が公となり国民からも強く非難されています。このようにたちの悪い総会屋のような輩(やから)に執拗(しつよう)に責められるアホック氏に同情を禁じえません。

◆政党間力学と党利党略の中で

今回の州知事選を巡り、宗教間対立や宗教不寛容を増長させて社会不安を扇動する背後の動きが目立ちますが、大多数のジャカルタ市民は、イスラム強硬派団体の市民生活を阻害する活動には冷ややかな視線を注いでいます。歴代の州知事が行政サービスの改善努力を怠ってきたのに対して、市民ファーストの姿勢を貫いてきた州知事時代のジョコ氏や現職アホック氏の行政手腕は高く評価できます。

苦境にあるアホック氏が4月の州知事選で勝利すれば、これまでの実績に鑑みてジャカルタ特別州の抱える諸問題にもスピード感を持って対処していくと確信が持てます。政党間力学と党利党略の渦巻くなかジャカルタ市政改革への意欲に満ちたふさわしい州知事を選択できるかジャカルタ市民に問われています。

12年にジョコ氏が州知事選挙に挑戦した時に支援したのは二つの政党だけでした。他方で当時のファウジ・ボウ州知事は七つの政党の支援を受けていましたが、ジョコ氏はジャカルタ市民の強い後押しを受けて勝利しています。さて来月の決選投票では、12年の州知事選の再現を目撃できるでしょうか。

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