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『共有資産と社会的規制』―“資本主義の問題点への対応”
『視点を磨き、視野を広げる』第6回

7月 05日 2017年 経済

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古川弘介(ふるかわ・こうすけ)

海外勤務が長く、日本を外から眺めることが多かった。帰国後、日本の社会をより深く知りたいと思い読書会を続けている。最近常勤の仕事から離れ、オープン・カレッジに通い始めた。

◆はじめに

資本主義の問題点を4回にわたって考えてきた(第2稿から第5稿参照)。「貧困」「不平等(格差)」「不況(景気の変動)」という産業革命以来の問題は、「豊かな社会」の実現で大きく緩和・改善されてきた。しかしながら、再び「格差」の拡大傾向が見られるようになり、各国で社会の分裂が顕在化し政治的な動揺が見られる。

こうした現象の背景には、現代の資本主義の潮流というべきグローバリズムや市場原理主義、金融資本主義の暴走がある。そしてそれらが「格差」の拡大を再生産しているとして、資本主義のあり方そのものへの批判が生じているのだ。

問題の根本にある原因を整理していくと、「過剰な自由」と「過度の合理主義」の追求が背景にあることが見えてくる。こうした「行き過ぎ」を、経済学はどう考え、緩和・調整しようとしているのかを見ていきたい。教科書として、松原隆一郎東京大学教授の『経済政策——不確実性に取り組む』を参考にした。(*注1)

◆主流派経済学の考え方

現代の経済学の主流とされる新古典派経済学では、「市場においては需要と供給は自動的に均衡する」と考える。従って、市場における「問題」とは、「不完全競争(市場が最適に機能しない状態)」「市場の失敗(市場を経由しては供給されない財・サービスの存在)」であって、これらを補正するのが経済政策だとする。この前提には、市場がうまく機能すれば、皆が幸せになれるという考え方がある。(*注2)

こうした新古典派経済学の前提に対し、本書では批判的な立場を取っている。なぜなら、新古典派の考えを推し進めれば、経済に問題がある場合、それは「非効率性(効率化が足りない)」が原因だということになる。その結果、効率化のいっそうの推進政策が取られる。「構造改革」政策や「成長政策」がそれである。経済合理性の追求が人間に幸福をもたらすという前提であるが、行き過ぎると社会慣行のような非合理性を、全て経済合理性で押しつぶすことになってしまう恐れがあるからである。

本書では、「共有資本」という概念に注目し、効率性の追求だけではない分野があるとする。「共有資本」とは自然(共有地や海洋資源)のように、利用すれば疲弊し再生に時間がかかる資本を指し、利用にはルール(社会的規制)が必要だとする。本書では、「共有地の悲劇」の例をあげて共有資本における「社会的規制」の重要性が説明されており、次に見ておきたい。(*注3)

◆共有地の悲劇

「共有地」におけるルールの重要性
″ 牛飼いたちが牧草地を共有地として共同利用している。共有地なので牛飼いは牧草地を自由に利用できる

″ 牛を追加で1頭増やして牧草地に入れると、牧草地のコストは全員で等分されるが、追加の利益はその牛の所有者だけが得られる

″ 牛飼いが合理的に行動すると、どんどん牛を増やして牧草地に入れる。その結果、牧草地は回復不能なほど荒廃してしまう

これは「共有地の悲劇」といわれる例であり、共有資産の利用は一定のルールが必要だという論証につかわれる。同様な例として海洋資源を巡る国際的な漁獲規制の導入があげられる。

なお、第4稿『豊かさの誕生』において、同じ例を使って私有財産制の重要性が説明されていた(*注4)。そこでは、共有地を区切って各人の私有にした方が、より生産的であると論じる。人間は利己的に行動するので、私有財産制が必要だという考えで新古典派に近い。相反する面がある主張を、同じ事例を使って論証しようとしており興味深い。本稿では、私有財産制で効率化を図ることを基本としつつ、全てに当てはめるのではなく、それになじまないものを、共有資産として管理していくと読むべき、と考えたい。ただ、どこでその線引きをするかについては、学派によって意見が分かれるだろう。

◆共有資本について

共有資本は、土地のような自然物だけではなく労働力や文化を含むと定義される。自然、労働力、文化(知識や価値観)は「根源的な生産要素」とされ、市場で販売されるが、本来販売を目的として生み出されたものではない点が、一般の商品とは違う。共有資本は、市場経済とは別の「秩序」を有するのである。労働力を生み出す「人間関係資本」は、家族やコミュニティーでの人間関係という慣習(非合理性)のなかで生きており、(合理性を追求する)市場での労働力の商品化と対立する要素を本来的に持っているのである。(*注5)

これが、共有資本に対しては、経済合理性ルールではなく「社会的規制」が必要なのだという根拠である。また、こうした社会的規制は国や地方やコミュニティーごとの慣習法に基づくべきであり、その基盤の上に自由な市場経済が営まれると考える。

こうした考え方と対置されるのがグローバリズムである。グローバリズムの下では、「一つのルール」を国や地域に関わりなく適用することを求める。その結果、地域や国に特有の慣行やルールが破壊される。この視点から、本書ではグローバリズムを批判的に見ている。

共有資本と社会的規制の考え方は、「市場」においても適用が可能である。金融市場における金融機関の決済機能は、他の市場の活動に重大な影響を与えるという意味で共有資本といえるので、何らかの社会的規制が必要だということになる。

◆金融市場における規制の必要性

金融市場における社会的規制とは、システムが円滑に機能するための「信用秩序の維持」と「預金者の保護」を目的とした銀行規制が知られている。預金金利の上限規制、長短金利の分離、銀行・証券の分離といった規制である(*注6)。また、銀行は一般企業に対し強い立場にあることから、産業支配を排除するために銀行の株式保有の規制(*注7)や独占禁止法による巨大化の弊害防止も行われている。金融はその公共的性格と破綻(はたん)時の影響の大きさから規制すべき業種だと思う。

しかしながら、1980年代以降の世界的な金融自由化の流れの中で、多くの規制は緩和・撤廃されていった。米国の銀証分離を定めたグラス・スティーガル法も緩和されて、金融機関によって過剰なリスクテイクが行われ、リーマン・ショックにつながっていったと考えられている。(*注8)

リーマン・ショックでは、金融機関の失敗を政府が税金を使って救済しモラル・ハザードが起きた。それを教訓にして、2010年、米の金融規制改革法(ドット・フランク法)にボルカー・ルールと呼ばれる銀行規制が盛り込まれた。過剰なリスクテイクを制限したものであるが、収益機会を奪うとの理由で銀行業界は反対の立場である。そしてウォール・ストリートの投資銀行出身者で固めたトランプ政権は、銀行規制の緩和方針を打ち出している。

◆多元セクターと共有資産

経済学が現代資本主義の問題点に対して、どのように考え、規制しようとしているかを見てきたが、それだけでは不十分だと考える人々もいる。特に格差是正に関しては、税制や社会保障をつかってもっと強力な政策を打ち出すべきだとの意見も強い。仏の経済学者トマス・ピケティは、資産税の導入を主張している。その他にも、資本主義の仕組みそのものを変えていこうという考え方も提示されている。その一つとしてカナダの経営学者ヘンリー・ミンツバーグの『私たちはどこまで資本主義に従うのか(Rebalancing Society)』を紹介したい。

ミンツバーグの問題意識は、現在の経済合理性を追求する資本主義によって、「政府セクター」に対して「民間セクター」の力が過度に強まっており、資本主義システムはバランスを失っているというものだ。その結果、企業内コミュニティーは破壊され、個人は抑圧され、社会の危機的状況を招来しているとする。さらに米国だけではなく、グローバリゼーションの名の下、全世界で同様のバランスの喪失が起きているとする。

ミンツバーグは、解決策として「多元セクター」の導入を提言する。すなわち、民間セクター(「経済」)と政府セクター(「政治」)の二元論では問題は解決されないところまで来ているので、協同組合、NGO、社会運動、社会事業などから構成される多元セクター(「社会」)を強くすることが必要だとするのである。

多元セクターが他の二つのセクターと異なるのは、「所有のあり方」と「所有権に対する考え方」だ。多元セクターを所有するのは政府でも投資家でもないので、両者に対し自由な異議申し立てが可能だ。そして、多元セクターが保有するのは、私有財産ではなく「共有財産」だ。「共有財産」を拡大していくことで、コミュニティーの再生を図り、その力で社会的問題を解決する取り組み「ソーシャルイニシアチブ」に期待する。

◆おわりに

ミンツバーグのいう社会的アンバランスの存在という問題意識は、同じカナダ出身の経済学者ジョン・ケネス・ガルブレイスの『ゆたかな社会』おいても見られたものだ(*注9)。米国における豊かな民間企業と貧しい公共サービスというアンバランスの問題は、1950年代から現在に至るまで変わっていないということだろう。

しかし、これを単純に日本に当てはめるべきではない。後発の資本主義国であった日本では、国家主導の産業化が行われ、敗戦を経て高度成長期においても政府の指導的役割は高かった。そして、国民を産業化や高度成長に動員するための福祉国家建設のプロセスを経て政府の役割は決定的に増した。日本では、政府セクターの力が強すぎることが問題であり、低下している民間企業の活力の向上が課題となっているからだ。

自由な経済活動と合理性の追求は資本主義の必要条件である。それがなければ資本主義のダイナミズムは失われる。現在の日本企業の課題は、そうした資本主義本来のダイナミズムをいかに取り戻すかという点に比重が置かれるべきだと考える。そのための条件整備としての「経済的規制」の緩和が政府の重要な役割となっている。共有資本に対する「社会的規制」とは区別して考えるべきであろう。

一方で、ミンツバーグの主張する「多元セクター」の強化は日本においても必要であると考える。「民間」と「政府」という二元関係だけの資本主義システムは限界に来ているからだ。ただ本書は、理念先行で具体的なイメージに欠けるところがあるので、運営母体としての「多元セクター」の法的側面や行政との連携と役割分担の整理が必要だろうし、過度の政治性の排除の仕組みも考えなくてはいけない。そして、まず実績を積み重ねていき、それを通じた地域コミュニティーの再生、活性化につなげていくことができればと考える。日本には、「入会地(いりあいち)」(*注10)という共有地の長い歴史があり、「町内会」なども共有資産の一つとみることができる。むしろ日本が得意とする分野かもしれない。

さらに、多元セクターの担い手としての中高年人材のいっそうの活用が期待できるだろう。経験やノウハウを持ち、社会の役に立てることをしたいと思っている中高年はたくさんいる。私もオープン・カレッジに通い始めて、中高年層の学習意欲の高さと肉体的な元気さを再認識した。彼らは、町内会の活動を通じて地域社会でも活躍している人達が多い。

企業活動の規制やCSRのような企業サイドに焦点を当てた取り組みは必要であるが、効果には限界があることを認識すべきだ。また、政府依存の陥穽からの脱却にも注意していかなければならない。経済合理性の追求だけではない、かつ政府にも依存しない世界を拡大していくことで、初めて社会のバランスの回復が可能となるのである。

<参考図書>
『経済政策——不確実性に取り組む』松原隆一郎著(放送大学教育振興会、2017年)
『私たちはどこまで資本主義に従うのか——市場経済には「第3の柱」が必要である(Rebalancing Society)』ヘンリー・ミンツバーグ著(ダイヤモンド社、2015年)

(*注1)早稲田大学のオープン・カレッジ講座(2017年春学期)『現代経済政策の分析評価』(松原隆一郎東京大学教授)を受講し、筆者が理解した内容を本稿の趣旨に沿ってまとめた。同教授の『経済政策——不確実性に取り組む—』を参考とした。なお、本稿では必要な部分だけを取り上げたが、本書は経済政策全般について書かれた「教科書」であり、専門的な内容を丁寧に解説してくれる好著である。

(*注2)本書では、こうした新古典派経済学の考え方を「効率—公正」モデルと呼び、これに対する「不確実性—社会的規制」モデルを提唱している。

(*注3)本書第2章「市場と共有資本」の「3.共有地の悲劇」参照。

(*注4)第4稿『豊かさの誕生』の「経済成長四つの要素」の説明で、「集合体が共有地を持つ場合、メンバーが利己的に行動すれば共有地を荒廃させる。それを回避する方法として、財産権の導入(私的所有権)が効果的」としている。

(*注5)本書第2章「市場と共有資本」の「1.共有資本とは何か」参照。

(*注6)日本においてもこうした銀行規制が行われ「護送船団方式」と呼ばれたが、1980年代以降の金融自由化によって緩和・撤廃された。なお、中国においては、まだこうした銀行規制が行われており、自由化にはもう少し時間がかかると思われる。

(*注7)日本では銀行は事業会社の株式を5%以上保有禁止。米国では銀行の自己勘定での株式保有は禁止等。

(*注8)グラス・スティーガル法は1933年に制定され、商業銀行、投資銀行(証券会社)、保険業務の兼業を禁止した。それを緩和するためにグラム・リーチ・ブライリー法は99年に制定され、銀行、証券、保険の統合を可能にした。

(*注9)ガルブレイスは『ゆたかな社会』において、民間の豊かさと比較しての公的サービスの貧しさをあげて、「社会的アンバランスが生じている」とする。そして、教育のための支出を、将来の人的資源に対する投資と考えてもっと積極的に取り組むべきだと訴える。(第2稿『ゆたかな社会』参照)

(*注10)村や部落などの村落共同体で総有した土地で、薪炭・用材・肥料用の落葉を採取した山林である入会山と、まぐさや屋根を葺くカヤなどを採取した原野・川原である草刈場の2種類に大別される(出所:Wikipedia)

※『視点を磨き、視野を広げる』過去の関連記事は以下の通り

第5回 『世紀の空売り(The Big Short)』―“リーマン・ショックの本質”
https://www.newsyataimura.com/?p=6656#more-6656

第4回 『「豊かさ」の誕生 成長と発展の文明史』―“経済成長の歴史”
https://www.newsyataimura.com/?p=6590#more-6590

第3回 『資本主義の文化的矛盾』―“資本主義の諸問題(2)”
https://www.newsyataimura.com/?p=6457#more-6457

第2回 『ゆたかな社会』―“資本主義の諸問題の一考察”
https://www.newsyataimura.com/?p=6360#more-6360

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