接待の流儀
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第98回

7月 14日 2017年 経済

LINEで送る
Pocket

小澤 仁(おざわ・ひとし)

o
バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住19年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

「私は接待が苦手であった」と言うと、今では誰もが「冗談でしょ」と言ってとりあってくれない。しかしこれは本当の話である。私は社会人になって以来、ほとんどの時間を国際業務と企画業務などで過ごしてきた。44歳で東海銀行バンコク支店長とバンコク・ファースト東海社長職を拝命し、ほとんど初めて日本企業向けの営業を経験したのである。この日本企業向け営業の中で私が最も苦労したのが、ほぼ毎日入っていた夕食接待である。今回は、私がこの夕食接待の苦労をどのようにして克服したかということとともに、若い人への苦言を少し述べてみたい。

◆取引は常に「give and take」

皆さんは友人と夕食をする時にどのような会話をしているのであろう? 会社のこと。上司や同僚のうわさ話。趣味について。昔の思い出。友人とは共通のつながりがあり、特に話題について気をつかうことはあまりない。自然と会話が弾む。

ところが接待ではこうはいかない。接待は通常「会社の取引先」と行う。バンコクに赴任するまで日系企業向けの営業を行ったことがなかった私は、取引先がどのような物を作っているのかすら知らなかった。

コスト削減を目的に当地に進出した企業であれば、コストの高い日本人の派遣を最小限にする。タイ現地法人の社長は通常「製造管理者」が就任するが、一般的に「口下手」な人が多い。また、トヨタやホンダなどの大手の企業以外は「経理の担当者」もいないから銀行取引など慣れていない。「さて何を話せば時間が過ごせるのであろうか?」。会話が続かなくなると、当時の私は「酒」や「タバコ」で間を持たせようとした。バンコクに着任以降、酒量とタバコの本数が大幅に増加した。

多くの銀行員が得意とする話題は、「経済」や「金融マーケット」の動向についてである。ところが多くの経営者の方はこうした話題に興味がない。こんな話題しか持ち合わせていない銀行員は「営業職」失格である。なぜならお客様はこんな話題に興味なく、会話を楽しんでいないのだから。

接待はお客様に喜んで頂き、取引を増やすことが目的である。コンプライアンスのうるさい現代において、取引条件が劣っていれば「接待」だけで取引がとれることはない。まずは競合先と取引条件を同一にすることに専念した方が良い。

しかし競合先と取引条件が同じであるならば、「接待」をして仲良くなった会社に取引が来ることは十分に考えられる。否、単一取引の取引条件が少々悪くても、バンコック銀行と取引することによって他のメリットが得られるならば、お客様はバンコック銀行との取引を継続されるであろう。

「接待」ではこうしたこともアピールしていかなければならない。取引は常に「give and take」 である。接待でもこうしたことを常に意識して、「相手方に何かを与える」ことを考えなくてはいけない。ただ漫然と相手の興味の無い「経済」や「金融マーケット」の話をする銀行員は「給料泥棒」と何ら変わらない。

◆「タイ」と「ゴルフ」を猛勉強

接待の席での話題に困った20年前の私は、二つのことを必死に勉強した。その第1が「タイ」についてである。20年前には「タイの歴史」について体系的に書かれた日本語の本がなかった。皆タイに住みながら、おそろしくタイのことを知らないのである。

タイは立憲君主制でありながら、王室への「不敬罪」がある国である。現在はある程度王室のことを話してもかまわないような風潮があるが、20年前は王室のことは話題に出すことすらはばかられた。こんな状況であるから、タイ人による「タイの歴史」は王室礼賛のいわゆる「皇国史観」のようなものだった。こんな中でタイの歴史を知るためには、イギリス人ならびにフランス人が書いた英語の本に頼らざる得なかった。

これら英語の歴史本以外にも仏教の本や華僑関係の本、タイの社会構造などの本を20冊以上読み、自分なりにタイの年表を作ったりした。週末の接待ゴルフがないとチェンマイやイサーンなどの地方に出かけ、古代遺跡や上座部仏教のお寺を訪問した。

当時から「タイ人について」などのセミナーがたびたび開催されていたが、日本人駐在員として当地のタイ人と働いた“自分の経験”を語るだけのセミナーが多かった。タイの歴史・宗教・社会・文化をふまえたものは皆無であった。接待で「付加価値を高めよう」とした私の考えは、タイの日系現地子会社を必死になって経営しておられた方達から強く支持された。

私が次に取り組んだのが、「ゴルフ」についての話題づくりである。タイに住んだことがある人ならば良くおわかり頂けると思うが、タイは1年中暑くまた道路の舗装が整備されていないため、ついつい外を歩かなくなり運動不足となる。また当地には子供の教育のため、泣く泣く単身赴任する方も多い。こうした方々の週末の過ごし方はゴルフが一般的である。私自身は家族を帯同していたが、私の週末スケジュールはお客様との「接待ゴルフ」で埋め尽くされていた。

◆役に立ったゴルフ理論

バンコクに赴任する前に私は10年近く米ロサンゼルスに勤務していた。ロサンゼルスも言わずと知れた「ゴルフ天国」である。しかし私はアメリカではあまりゴルフをやらなかった。日系企業の米国子会社には厳しい勤務環境がある。日本とはほぼ12時間の時差がある。日本と連絡をとるため、平日は朝早く出勤し、深夜まで働く。家族と顔を合わせる時間がない。このため、週末はなるべく家にいて妻や3人の子供達と過ごすように心がけた。私にとっては、週末は家族と過ごす至福の時間であった。当然のことながらゴルフはあまりうまくなかったし、真剣に取り組んでいなかった。

ゴルフを話題にするには、バンコク赴任当時の私はあまりにも何も知らなかった。とりあえず「ベン・ホーガン」「デビッド・レッドベター」「坂田信弘」などの本を20冊以上買い込み読んでみた。読んでみるだけではわからない。夕食接待前の時間などを利用して練習場に出かけ、これらの本に書かれたゴルフの理論を実践してみる。ところが当然のことながらうまくいかない。ゴルフ理論書と言っても運動力学や身体メカニズムで説明するもの、練習のやり方を説明するもの、メンタルを説明するもの、何となく感覚的にクラブの振り方を説明するものなど種々雑多である。

これを自分なりに体系づけるとともに、ゴルフ練習場にビデオを持ち込み自分のスイングを録画する。このスイングを録画する際には、必ず自分の意図しているスイングを口述する。自分の思っていることは、後で見ると出来ていないことがほとんどである。この録画したビデオを自宅で見ながら次回の練習メニューを決める。こんなことを繰り返しながら、幾つもの理論を勉強した。このゴルフ理論は接待の話題づくりとして効果てきめんであった。当地の現地法人の社長達の8割はこの話題に食いついてきた。何とか夕食接待の場が取り繕えるようになってきた。

◆面談する際は必ず目的意識を持て

ところが期せずして、夕食接待の話題として最強のものを身につけられるようになってきた。私がタイに赴任した時期はタイの通貨危機(1997年7月)の直後であり、日系企業の多くは日本の親会社からの円建て買入金や買掛金を多く抱えていた。タイバーツの大幅切り下げにより、バーツ建てに引きなおした円建て買入金や円建て買掛金の額が大幅に膨張。多くの企業が債務超過に陥っていた。

こうした会社への貸付金の回収懸念が出てきたため、平日は朝から晩までお客様訪問を繰り返した。バンコク赴任1年で100社以上の工場を見て回ったが、工場見学を繰り返すとお客様の状態や産業構造がわかってくる。同じ部品を作っていても、全く作り方が異なる会社があり比較ができる。工場運営の良し悪しもわかってくる。

こうなってくるとお客様の仕事や会社経営のやり方などが接待時の話題となってくる。それまで口数の少なかった取引先企業の社長も、「仕事」や「工場」のことを話す時は多弁になる。「会話は相手の土俵で行えば相手が乗ってくる」ということが40歳半ばにして初めてわかった。私自身が会社訪問や工場見学を繰り返すうちにお客様のことを理解出来るようなっており、相手の土俵上で相撲をとっても十分互角に戦える。こうなると面白いように情報が入ってくる。こうしてお客様と情報の「give and take」をすることにより、私の持っている情報総量は雪だるま式に増えていった。

「接待のやり方を究めた」と思った私であったが、更に全く異次元で私の上を行く人がいた。日本の官僚経験者であるOさんである。Oさんと私は集めている情報分野が異なっていたため、若い頃から良く情報交換をしていた。ある時Oさんと共にタイの政治家にお会いする機会を得た。私はタイにおける日系企業動向などをお話すれば相手も喜ぶに違いない、と気軽に考えていた。

ところが、Oさんは面談が始まるとおもむろにペーパーを取り出した。話をしなければいけないことや質問などを箇条書きにしてある。Oさんはそれを一つずつゆっくりと話をされる。「相手との面談を無駄にしない」という真摯(しんし)な態度に頭が下がる思いである。

Oさんの真骨頂はこれからであった。「小澤さん、ちょっと付きあってもらって良いですか?」。タイの政治家との面談が終わると、Oさんは私と共に面談内容を反芻(はんすう)し始めた。政治家が話した内容を記録するだけではない。「その時の相手の顔はどうだったのか?」「なぜ相手はそのような回答を返したのか?」「前回と会話内容が違っているのはなぜだろう?」。面談相手の言葉をそのまま鵜呑(うの)みにはしない。分析を加えることにより、取り巻く状況をより正確に把握しようと試みる。私もこれまで数多くの優秀な方々とお付き合いさせて頂いたが、こうした面談を分析されるのはOさんが秀逸である。私はとてもOさんみたいなことは出来ないが、少なくとも面談する際には必ず目的意識を持ってお会いしなければならないと勉強させて頂いた。

◆身銭で接待するつもりで

翻って、最近の若手の接待のやり方である。私と同伴して顧客接待をする際に顧客との会話に一言も発言せず、ただひたすら料理の注文をして黙々と食べている者がいる。「お前のために接待をしているのではない」と思わず怒鳴りたくなる。せめてお客様の言葉に相づちを打つぐらいしたらどうだろうか? 取引がほとんどない先や同じ先を何度もくり返す輩(やから)もいる。誰のための接待かわからない。何の目的意識も持たずに接待を繰り返しているに違いない。これでは会社の金を盗んでいるのとなんら変わらない。

そもそも交際接待費なる摩訶(まか)不思議なものが公然と認められているのは日本ぐらいのものである。アメリカ人でもタイ人でもお客様の接待は通常自分のお金で行う。最近ではタイの会社でも日本の会社のまねをして交際接待費を設定しているところがあるが、使えるのはオーナーなどごく一部だけだ。自分の金を使って接待するならば、効果のある先にしか接待を行わないし、またしっかりとした接待を行う。事前に「何を得ようか」と当然検討しているに違いない。日本の若い人達にも「自分の身銭で接待している」つもりになって「目的意識を持ったしっかりとした接待をしてもらいたい」と切に願っている。

コメント

コメントを残す


+ 7 = 九