п»ї 財務諸表監査の新潮流 『国際派会計士の独り言』第21回 | ニュース屋台村

財務諸表監査の新潮流
『国際派会計士の独り言』第21回

10月 17日 2017年 経済

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内村 治(うちむら・おさむ)

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オーストラリアおよび香港で中国ファームの経営執行役含め30年近く大手国際会計事務所のパートナーを務めた。現在はタイおよび中国の会計事務所の顧問などを務めている。オーストラリア勅許会計士。

東芝の2017年3月度財務諸表監査は、監査法人との決算内容の調整に手間取り、上場廃止さえ視野にあったと思われますが、PwCあらた監査法人が8月に「限定付き適正」を出すという形で決着しました。その後、東芝の日米韓連合への半導体事業売却が決定し、いくつかハードルはあるものの一つの方向性が打ち出されました。

東芝関係者からの内部通報を発端とした1562億円の修正に及んだ2年前の不適正会計の発表以降、新たに米国子会社などの会計上の問題が発生し、従来から監査を担当していた最大手の一つ、新日本監査法人(Ernst & Young)が退任し、昨年からPwCあらたが担当となって、8月の変則的な監査意見表明となりました。

◆監査の課題解決に向けた動き

財務諸表監査は、一般に公正妥当と認められる企業会計基準に基づいて経営者の作成した財務諸表における財政状態や業績について、重要な点を適正に表示しているかを合理的な水準で保証するものだとおおむね理解されます。財務諸表監査の責任構造は、経営者が財務諸表の適正な作成の一義的責任を負い、監査人が監査上の責任を負うという二層の構造になっています。

一方、一般的に社会の認識・要請は、不正の予防発見を含めて完璧な水準での保証を求めているものと思われます。不正決算などを監査体制の整備だけで完璧には一掃できないかもしれないですが、金融庁との連携の中で公正な証券市場に不可欠な質の高い監査を実現するため様々な検討が行われ、改善提案がなされています。監査法人の組織的な運営に関するガバナンスコード(上場企業が守るべき行動規範を示した企業統治の指針)も昨年春に策定されています。今回世界でも大きく注目された東芝の監査事例から課題としていくつか浮かんできましたが、これらの課題の解決に向けた動向について筆者なりの紹介をしたいと思います。

(1)監査法人のローテーション問題

信頼性の高い監査を担保するためには被監査対象との外形的・内面的な独立性の維持が不可欠です。また、定期的にフレッシュな眼で違う視点で見ることの対応も必要だと思います。その意味で、以前からこのイシューは一つの課題として検討されてきましたが、実務的には大手監査法人などでの業務執行を定期的に交代させる担当パートナー・ローテーション制度を取り入れて補完してきました。ただし、これでは十分機能しないとの批判は根強くあり、一定期間毎に監査法人が変わることは十分検討の余地があり、例えばEU(欧州連合)では昨年から、基本的に監査法人の10年毎の交代制が導入されました。日本でも金融庁などで検討されていますが、むしろ監査法人ローテーションによって監査の品質を毀損(きそん)したりしないのか、また、大手4大監査法人で70%以上の上場企業監査を担っている現状で果たしてローテーションがうまく機能するのかなど懸念も多く、まだ導入には至っていません。最近太陽・優成という中堅監査法人の合併が発表されましたが、大手監査法人以外の選択肢としての目論見もあるのかもしれません。いずれにしても、海外での動向もにらみながら今後も注視していく必要があります。

(2)監査報告書の透明化

監査報告書は従来、定型的な文言で監査人が意見表明を行ってきました。監査報告には、①全ての重要事項において適正に表示していると表示する無限定適正意見②一部に不適切な事項はあるもののそれがそれほどの重要性がないと判断する場合にその不適切な事項を記載して、その事項以外は全ての重要な点において適正に表示していると表示する限定付き適正意見③不適切な事項が財務諸表全体に重要な影響を与えると判断する場合、その不適切な事由を記載の上適切に表示していないと表示する不適正意見④重要な監査手続きが実施できず、その結果十分な監査証拠が入手できないで、その影響が重要と判断した場合、適正に表示しいるかどうかについての意見表明をしない旨の表示をする意見不表明――の4種類の監査意見があります。

この監査意見について、監査報告書の有用性向上をもくろんだ数年前の国際監査基準(国際監査・保証基準審議会で定める国際監査基準―ISA)の改定、また、イギリスや米国など海外の導入動向も受けて、個々の会社の監査に特有の主要事項(Key Audit Matter-KAM)を記載する鑑査意見の透明化(長文化)という改定が検討されています。監査報告書の一貫性や比較可能性に留意しながらも財務報告利用者の有益性を重視していると言えます。KAMには、企業の未公開情報の記載は想定されておらず、会社統治責任者との協議の上、重要な虚偽表示リスクなどをKAMとして表示するとともにその判断の根拠と監査上の対応などを記載するものと思われます。今後監査報告書に関する透明化がどのように進むのか大変興味深いと言えます。

(3)高品質な監査:ビッグデータとAIの活用

英オックスフォード大学が数年前に発表した雇用の未来(The Future of Employment)という論文で、人工知能やロボットなどによって将来様々な職業がリスクにさらされるということが話題になりましたが、監査についても単純な事務作業を行う部分の職種は無くなる可能性が多いと予測されています。監査の目的は合理的な水準での財務報告書に関わる保証とも言えますが、社会の認識は不正の予防発見を含むほぼ完全な水準での保証と言えるのかも知れません。

最近の会計士の人員の質量的な課題への対策という面もあるのでしょうが、大手監査法人では現在、人工知能やビッグデータを利用した先端技術を活用しての監査の質の向上をもくろんでいるようです。ここには、不正会計に対して先端の技術と手法を利用して予測対応するとものや、試査をベースに考えるリスクアプローチ(重要な虚偽表示リスクへの対応)からデータを精査するアプローチへの変更などが含まれます。

以上のように今後、財務諸表監査の大きな質的な変化と向上が期待されます。企業の経営について、会計基準に基づいて正確な決算が行われ、適正な決算報告をすることは健全な証券市場にとって不可欠と考えられます。その意味で、決算報告を保証する財務諸表監査が十分適正に機能することが肝要と言えると思います。

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