回る身体(その1)
『住まいのデータを回す』第6回

10月 27日 2017年 社会

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山口行治(やまぐち・ゆきはる)

株式会社エルデータサイエンス代表取締役。元ファイザーグローバルR&Dシニアディレクター。ダイセル化学工業株式会社、呉羽化学工業株式会社の研究開発部門で勤務。ロンドン大学St.George’s Hospital Medical SchoolでPh.D取得(薬理学)。東京大学教養学部基礎科学科卒業。中学時代から西洋哲学と現代美術にはまり、テニス部の活動を楽しんだ。冒険的なエッジを好むけれども、居心地の良いニッチの発見もそれなりに得意とする。趣味は農作業。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。

健康な日常生活では、身体(からだ)が動くことにあまり疑問を持たないだろう。それでも健康のために運動をすることもあるかもしれないし、スポーツで運動能力を競うことがあるかもしれない。年をとると関節が痛くなり動きたくなくなるかもしれない。物理学ではニュートン力学の運動が出発点になる。しかし、点の直線的な運動や、砲弾の放物線的な運動は、身体の運動とは全く異なる「運動」であって、私たちは身体の運動を数学的な意味でほとんど理解できていないという反省から始めたい。

◆しっぽを回す

太極拳は中国の健康法として広まっているけれども、武闘としての奥義が根底にある。筆者は健康上の問題で、中国人医師から太極拳の個人指導を受けた経験がある。筆者自身がガンの余命宣告を受けたのがきっかけだった。統計専門家としては医師の余命予測の予測誤差がどの程度のものか知っているつもりなので、転移・再発のリスクは理解していても余命など全く気にしていなかったが、家族の気持ちを考えると、生きている間は健康に生きようと考えるようになった。それまでは健康で当然とばかり、多くの同僚と同じく無理な生活を送っていた。

中国人医師は気が長かった。二十四式太極拳の最初の型を教えてもらうまでに2年ほどかかった。まず準備運動を30分してから、動かないポーズを20分ほど行う。そして残りの10分が太極拳の指導といった具合だ。最初の年は整体治療と準備運動だけ、2年目で動かないポーズが20分以上できるようになった。動かないポーズというのは身体的にも精神的にもとてもきつい。太極拳の達人は60分以上も動かないでいることができるというから驚きだ。真剣勝負で間合いを測り、戦う相手の運動能力とその弱点を見定め、全ての気配を察知しながら動かないでいるようなものだ。

準備運動が変わっている。足のつま先から頭のてっぺんまで、身体の動く部分を回してゆく。時計回りと反時計回り、それぞれ適当に行う。この「適当」な感覚を体感できるようになるのに時間がかかる。筆者の場合は、時計回りと反時計回り、その日どちらが調子悪いのか感じられるようになるのに5回から10回ほど回していた。首が回らないと困ることはあっても(お金の工面という意味で)、頭の回転が速いということはあっても、時計回りか反時計回りかを気にしたことはないだろう。

しっぽを回す運動には驚いた。足の股関節の次で、腹筋を回す前にしっぽを回す。尾てい骨のあたりに意識を集中して、しっぽがあるつもりになれば回せるという。進化を遡(さかのぼ)って、サルやリスになったつもりになれるかどうかがポイントなのだけれども、驚くことにとても疲れる。しっぽで微妙な感情表現ができる動物たちはすごい。

当たり前のことかもしれないけれども、全ての関節は回る。伸縮しかできない筋肉を巧みに操って関節を回す技は、現在のロボットでは難しいだろう。しかも時計回りと反時計回りに回して、微妙に運動を調整する。ニュートン力学では回転運動の記述が難しい。運動量の計算が分かっても、角運動量(運動量ベクトルと位置ベクトルの外積として定義されるベクトルで、回転運動の勢いに対応する物理量)の話になると定性的にしかついて行けなくなるものだ。回転運動は複素数の世界で考えるとすっきり理解できる。3次元の立体的な回転運動になると4元数(※参考1)が役立つそうだ。アイルランドの数学者ハミルトンが1843年に発見した4元数がロボット工学で役立っているという。私たちは4元数を理解できなくても、身体を回すことはできる。ロボットがしっぽを回すようになったら、その人工知能(AI)は4元数を計算するのだからあなどれない。

◆素数を回す

米国の天文学者カール・セーガンが書いたSFを映画化した「コンタクト」(※参考2)では、宇宙からのメッセージは素数だった。ランダムなノイズではないメッセージであることを、知的生命体は素数として表現したのだという。しかし、カシミール効果(※参考3)のように、物理量の計算に素数が使われることもあるし、ランダム行列の固有値の間隔(※参考4)は統計的な分布としてみると、リーマンゼータ関数の自明でない零点(素数の分布に関する本質的な性質)の間隔の分布と類似していることなど、素数は知的生命体の数学的論理を超えて、自然現象の奥義に関与している。

生物の多様性は身体を構成する細胞の多様性や生態学的な種の多様性など、生命現象の本質的な性質と考えられる。確かにニュートン力学で記述される無生物(物)の世界は少数の法則に支配された世界で、多様性とは無縁であるかのように見える。しかし流体力学における乱流の渦や、複雑系のカオスでは無生物にも多様な世界が現れてくる。古典的な統計力学では確率的な組み合わせを計算できても、多様性は現れてこない。生物統計における個体差の取り扱いが代表的な例になるが、統計学は多様性をランダムな誤差として打ち消してしまう。

数学的な世界における多様性は素数が良いモデルになる。素数は自分自身よりも小さい素数によって弱い意味で(定義の問題として)束縛されているけれども、自分自身よりも小さい素数から予測することはとても困難で、自然数全体を眺めれば、最も独立した数のように見える。従って、生命現象の多様性を数学的に調べるときには、素数の性質が役立つに違いないと勝手に空想している。

カール・セーガンが夜空の星を数えるときに、自然数ではなく素数を使っていたら、無数の素数が夜空に散らばっているイメージを持っていたら、コンタクトは別の物語になっていただろう。人の遺伝子(タンパク質をコードするDNA)は2万個程度で、ネズミとほとんど変わらないことに生物学者はとても驚いたようだが、2万個の素数を想像していたら、その多様性に圧倒されたに違いない。多細胞生物の遺伝子数は1万個以上のようなので、10万以上100万までの自然数に含まれる68905個の素数(※参考5)をウラムの螺旋(らせん、※参考6)で眺めてみたら、夜空の星のようでもあり、整然としたパターンもあり、進化のプロセスを可視化するための多様性が見えて来ると想像している。ウラムの螺旋がこの探索のために最善とは思えないけれども、素数が回っているイメージの出発点にはなるだろう。

◆確率的な現象で本質的なのは自由度よりも独立性

理想気体の統計力学など、統計的な見方からの確率現象では、アボガドロ数(物質1モル中の粒子の数)のオーダー(10の23乗)になる多数の粒子の膨大な自由度が背景にあり、それでも少数の変数ですっきりとした法則にまとめられる。一方で、確率そのものを数学的に考えてみると、独立な事象の確率はそれぞれの事象の確率の積となる「独立性」の定義が本質的であることが分かる。理想気体の統計力学では、自由に動き回る粒子はランダムかつ独立に運動していて、玉突きのように一瞬衝突することがあるかもしれないけれども、ほとんど相互作用しないという素描だ。

量子力学における「独立性」は微妙に縺(もつ)れているので、自由独立性(※参考7)という別の確率概念が提案されている。素数の「独立性」もランダム行列の理論(※参考4)から確率的な解釈が可能になってきたけれども、素数の世界には人知の及ばない未踏領域が広がっている。生物において多様性が生まれてくる根源も「独立性」に関係していると思われる。統計力学のエントロピー増大の法則に対応して、生物学では独立性増大の法則が成り立つと仮定すれば、進化論で自然淘汰を議論するまでもなく、多様な世界が現れる。

生物にとって「独立性」が決定的に重要だと確信したのはiPS細胞の山中因子について考えていた時だ。生化学は足し算で、遺伝学は引き算で生物を研究するといわれてきた。山中伸弥先生(京都大学iPS細胞研究所所長)はそれを掛け算にしてしまった。四つの独立な転写因子である山中因子を「同時」に処置することで、数百の遺伝子発現が関与する細胞分化の初期化を行ったのだ。生物学的に重要なプロセス、例えば老化も数百の遺伝子発現が関与しているので、不老不死の薬は作れないだろうというのが常識だった。しかし、数個の「独立な」薬剤を同時に投与すれば、老化のプロセスにブレーキをかけることも不可能ではないかもしれない。生物における独立な因子は、もちろんランダムではなく、周到に選出され、環境変化に機敏に反応する。しかし複数のスイッチを同時にオンにすることが決定的に重要だったのだ。

この「独立性」の話は、本稿の主題である「住まいのデータ」とは全く関係のない話のように見えるかもしれない。しかしランダム行列の理論は、歴史的にも内容的にもデータ行列の理論を含んでいる。データ行列から作られる分散共分散行列の固有値を計算することは多変量解析の出発点で、データ行列を乱数で埋め尽くせばランダム行列となる。このようにグルグルと回る議論こそ「住まいのデータ」にふさわしいと思える。

先日の第48回衆議院議員選挙にあきれた国民の一人として、あえて政治的な解釈を行ってみよう。中央集権に支えられた「自由」経済よりも、地方分権を目指す「独立」経済についてもっと真剣な議論を期待したい。バランスの取れた経済成長は、支配的な権力者の「自由意志」としてではなく、自然界の法則としては、「独立」な生活者による試行錯誤によってもたらされるように思われる。原発の問題も、これからは技術的な発展は望めないので、地域の経済圏と環境リスクを直接住民が判断する道州制で解決してゆくしか道がなさそうだ。大きな経済ではなく、個性的で多様な経済のありかたを探求するために、経済学者も素数の勉強から始めてはいかがだろうか。

参考1;4元数
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E5%85%83%E6%95%B0

参考2;コンタクト(映画)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%82%AF%E3%83%88_(%E6%98%A0%E7%94%BB)

参考3;カシミール効果
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%B7%E3%83%9F%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%8A%B9%E6%9E%9C

参考4;ランダム行列の固有値の間隔の分布
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%82%B4%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%89%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%82%B3%E4%BA%88%E6%83%B3

参考5;素数表
https://sites.google.com/site/sosuuichirannhyou10mannko/

参考6;ウラムの螺旋
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%A9%E3%83%A0%E3%81%AE%E8%9E%BA%E6%97%8B

参考7;自由確率論
http://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~kyodo/kokyuroku/contents/pdf/1855-25.pdf

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