スポーツか、それともご神事か。
『あれ、オレいまナニジンだっけ?』第17回

11月 27日 2017年 社会

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呉 亮錫(ご・りょうせき)

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作家、翻訳家。米ボストン大学国際関係学部を卒業後、雑誌編集者を経て独立。「第8回 真の近現代史観懸賞論文」(アパ日本再興財団主催)にて佳作受賞。著書に『「親日の在日」として』(LUFTメディアコミュニケーション)、訳書に『クリントン・キャッシュ』(同。ピーター・シュバイツァー著)がある。在日韓国人三世(2016年に日本国籍取得)。横浜市出身。

今年のプロ野球には、ベイスターズという大番狂わせがあった。レギュラー・シーズンで首位の広島に14.5ゲーム差をつけられ、セ・リーグ3位に終わったものの、プレーオフでの快進撃で19年ぶりの日本シリーズに進んだ。大雨の中、甲子園で阪神に競り勝った、クライマックス・シリーズ第1ステージの「泥試合」など、名勝負の連続を演じて頼もしさを増した若いチームは、パ・リーグ王者ソフトバンクへの挑戦権を得て、長いシーズンを最後まで戦い抜いた。

◆信仰の篤い助っ人外国人

ひところの暗黒期から浮上したベイスターズの強さの理由は、いかようにも説明される。日本代表の4番(筒香)が中軸に座り、前後を打点王(ロペス)と首位打者(宮﨑)が固める強力なクリーンアップ。ともに二桁勝利をあげた左のエースの今永と、ルーキーの濵口、そこに開幕投手の石田が続く先発左腕の豊富さ。クローザーの存在。ラミレス監督の勝負勘。そして、チームの若さと勢い。

これらはどれも、ベイスターズの快進撃を説明するうえでの大事な要素だ。しかし、意外とあまり注目されないのが、信仰の篤(あつ)い真面目な助っ人外国人たちの存在である。現在の横浜の外国人選手たちは、なぜかそろって信心深く、みんな真面目なのだ。

そのことに気づかされたのは、シーズン中、横浜スタジアムで配られたフリーペーパーに載っていた選手名鑑を見てのことだった。選手への一問一答が載っているこのコーナーでは、「遠征先に必ず持っていくもの」という質問があったが、ベイスターズの助っ人たちの答えは、誰もが聖書、聖書、聖書、だったのである。

彼らの信仰の篤さ、そして、そこから生まれるプロフェッショナリズムは、プレーの端々に垣間見える。攻守にわたるチームの要であるロペスは、ヒットを打つたびに、塁上で十字を切り、天を見上げる。インタビューではよく、「まずは神様に感謝したい」と言っている。

今季からチームに加わったウィーランドは、不調の日でも先発投手の責任を果たして試合をつくり、投げる方がダメな日にはバットでチームに貢献した。外国人としてチーム初の10勝をあげただけでなく、打席ではシーズン3本塁打を記録し、代打起用もささやかれたほどだ。彼のモットーは、「神の定めを信じる(TRUST GOD’S PLAN)」。もともとはメジャーでも有望株だったそうだが、そんな彼が、「海を渡って日本で投げているのも、ひとつの使命」と思っているのだとしたら、その心意気やよしである。

そして今季、チームの外国人選手の真面目さに最も心を打たれたのは、エリアン・エレラ内野手のプレー・シーンだった。先発・今永の好投も実らず、西武に0-1で敗れた6月11日の試合、8回表の打席で、エリアンは送りバントを決められず、併殺打でチャンスの芽を潰してしまった。試合後のベンチには、自分のせいでチームが負けたことが悔しかったのだろうか、バットで自分の頭を何度もコツン、コツンとやりながら、いつまでもうなだれる彼の姿があった。

「キリストのためにプレーをする(YO JUEGO PARA CRISTO)」というモットーを掲げる彼は、満足な成績を残せず、今季でチームを去った。しかし、成績に比して退団がファンに惜しまれたのは、野球へのひたむきさを彼がグラウンドで表現してきた結果だったのかもしれない。

思えば、他でもないラミレス監督自身が、信仰の篤い人格者としての面を持つ。勝った日も負けた日も、「明日は明日」と水に流して、次の日への準備に取り組む。公の場ではいつも明るい言葉を使い、選手の悪口は言わず、勝っても負けてもチームを励ます。現役時代の著書『ラミ流』(中央公論新社、2009年)では、自身のメンタリティーについて、次のように述べている。

「僕は、神が僕に与えてくれたすべての恵みを謙虚に受け止め、神に感謝することを学んだ。だから僕は、首脳陣の決定にも審判の決定にも、怒ったりはしない。僕は、自分の思うようにならない問題に、心を乱されないようになった」

このように、おそらく彼らにとって、野球はスポーツというより、ご神事に近いものなのかもしれない。自分が持っている一番の才能を発揮して、それを神様に捧げようとプレーする。自分に与えられた持ち場は神から与えられた使命と信じ、そこでベストを尽くす。表れてきた結果を真摯(しんし)に受け止めて感謝し、また次の試合に臨む。そうした、私心を滅して自分の役割に徹するプロの姿勢が、観ている者の心を打つ。

信仰の篤い外国人選手を集めれば勝てるとは言わない。しかし、信仰の篤い彼らの活躍なくして、今年のベイスターズが日本シリーズに進むことはなかっただろう。彼らが今季、横浜でプレーしてくれたことに、ファンの1人として感謝している。

◆相撲界の一大スキャンダル

最近では相撲界で、モンゴル出身の横綱・日馬富士による同郷の後輩力士への暴行問題が、一大スキャンダルになっている。何で殴ったのかもハッキリしておらず、重傷とされた診断書の信ぴょう性も含めて、詳しいことはまだ分からない。しかし、そもそも相撲はご神事だということを理解して普段から取り組んでいたならば、このような騒ぎは起きただろうか。「自分たちは、相撲を取る姿を神様に捧げているのだ」という意識があったなら、横綱が怒りに任せて後輩を殴るようなまねをしただろうか。

大相撲は外国出身の力士が当たり前になり、すっかり国際化が進んだ。そのこと自体は悪くはないが、もし競技者の側が、勝敗を競うだけのただのスポーツだと錯覚して相撲を取っているのだとしたら、おおもとにあった大切な「心」が忘れられていってしまう。殴ったのがビール瓶かどうかをしつこく検証するよりも、そちらの方が、社会をあげて考えるべき、大切なテーマなのではないだろうか。

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