経済学のダイバーシティは回るのか
『住まいのデータを回す』第8回

12月 04日 2017年 社会

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山口行治(やまぐち・ゆきはる)

株式会社エルデータサイエンス代表取締役。元ファイザーグローバルR&Dシニアディレクター。ダイセル化学工業株式会社、呉羽化学工業株式会社の研究開発部門で勤務。ロンドン大学St.George’s Hospital Medical SchoolでPh.D取得(薬理学)。東京大学教養学部基礎科学科卒業。中学時代から西洋哲学と現代美術にはまり、テニス部の活動を楽しんだ。冒険的なエッジを好むけれども、居心地の良いニッチの発見もそれなりに得意とする。趣味は農作業。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。

身近な話題を取り上げようとして、タンパク質や素数の話になってしまった。まったく身近ではないと感じられる読者が多いだろう。それではお金の話などいかがだろうか。生活感覚としてのお金の話と、経済学は大きくかけ離れていて当然かもしれない。しかし、経済学におけるダイバーシティの問題は身近に感じられる。より正確には、経営論におけるダイバーシティが話題になることが多い。女性管理職や身障者の雇用の問題などを、社会的な枠組みから考える場合や、数学者や芸術家など、サラリーマンとあまり縁のない人たちと一緒にイノベーションを目指す場合など、ダイバーシティは経営論としても様々な視点がありうる。こういった話題が身近に感じられるのは、家庭内での男女役割分担とか力関係に無関係とは思えない。

今回の結論を先にまとめておこう。経済学におけるダイバーシティの問題から始めても、結論はタンパク質や素数の話とあまり変わらないということだ。ダイバーシティを「多様性」と考えるか、「異質性」と考えるかで多少ニュアンスは異なるものの、それらをどう測るのか、いかにデータから読み取るのかという視点で見ると、個性とか個体差の話と同じようなことになってくる。個性を測るためには、数論における素数のようなものを、考えている対象の中に見いだすことができれば、あとは数学の問題になるというのが筆者の考えになる。そして、素数のようなものを見いだすために、回してみる。夫と妻の力関係を回すのは容易ではない。子供がいれば回りやすくなる。本当に内在的な回転はスピンのような自転であって、自転する夫と妻のイメージが出来てくれば、家庭内ダイバーシティを素因数分解する大山脈が見えてくるはずだ。

◆経済学者が考えるダイバーシティとは

日本経済新聞のコラム「やさしい経済学」に連載される記事からの引用、「ダイバーシティとは集団におけるメンバーの属性のばらつきです」(早稲田大学教授、谷口真美)。この記事の内容はとても興味深いもので、文章もよくまとまっているけれども、上記の定義はデータ解析には全く役立たない。筆者の立場からは、「個体差とは個体差を評価する集団におけるメンバーの属性の素因子です」ということになってしまう。個体差が無ければダイバーシティの議論もありえないので、似たようなことを言っているはずなのに、だいぶ分かりにくくなる。単純に「メンバーの属性」と言えないのは、非常に相関した属性は含めたくないからだ。「親の年収」と「本人の年収」を別の属性とするのは注意が必要だということは当然として、「年収」と「寿命」はどうかとなると難しい。集団とメンバーの関係も微妙で、メンバーの帰属意識の問題もあるし、少なくとも個体差の評価のためには、個体ごとに集団の中から部分集団を選択して評価したほうがうまく解析できる。会社組織でもグローバル企業の場合など、メンバーごとに異なる組織図、例えば国内組織での立場と、グローバルなグループでの立場が、単純な縦割りになっていないことがむしろ普通だろう。

難しく考えなくても、大雑把に言えば同じようなことではないか、という考えも理解できないではないけれども、それでは地球が太陽の周りを回っていても、太陽が地球の周りを回っていても同じようなことになって、数学的な表現を考えるのには大雑把すぎてしまう。統計学ではメンバーの属性の主成分もしくは独立成分という解析法がある。それでも個体差の解析には大雑把すぎるので、「属性の素因子」といっているところが筆者としては頑張っているところで、30年ほど考えて作った仮説になる。

◆社会的属性の素因子

細胞レベルの分子生物学における属性としては、DNA、RNA、タンパク質それぞれの属性を考えることが出発点になる。最近読んだ本で『DNAの98%は謎-生命の鍵を握る「非コードDNA」とは何か』(小林武彦、講談社、ブルーバックスB-2034、2017年)は素晴らしかった。DNAの98%は謎なのだから、当分その素因子を想像することも難しいかもしれないけれども、少なくともリボソーム(※参考1)を素因子に分解して、細胞レベルの素因子を探索することは有望なように思われた。リボソームの構造はX線結晶解析により分子レベルまで解明されている。しかし生命としてのリボソームの素因子としては、自分自身を再生するDNAコードの複製(コピー)を多数持っていて、遺伝子発現をコントロールする機構が素晴らしく独創的だ。大腸菌などでは7コピー、酵母では150コピー、人では350コピーがゲノムDNAの中に存在する(前出、小林)。

社会的属性において、細胞に相当するものは家族なのだろうか。国勢調査では世帯という概念が使われる。日本において世帯とは、「実際に同一の住居で起居し、生計を同じくする者の集団」と定義されている(※参考2)。住民票や健康保険で世帯主であることが問題になる程度で、世帯主をあまり意識したことはないだろう。世帯の定義がよくわからないのだから、世帯主はもっとわからない。ただし、お金に関係する場合は損得で判断できる。世帯主になっても得なことはあまりない。世帯の属性は国勢調査の項目ということになるのかもしれないけれども、各国かなり異なる。共通しているのは人口が「推定」できるように工夫されていることで、戸籍上からは人口動態がうまく推定できない。性別、年齢も重要な調査項目で、やっと話がダイバーシティに関係してきた。

世帯内にリボソームのような、それが無いと世帯が存在しようもない基本的な機能単位があるだろうか。住居としては台所とかトイレがほぼ必須で、寝床も大切だ。それよりも大切なものは生計そのもの、お金だろう。生活費を測る方法としては、食費の割合、エンゲル係数が思いつく。現代では通信費の割合、スマホ係数(筆者の造語)のほうが重要かもしれない。比率とか割合は分母が問題になるので、全所得もしくは全資産に対する生活費の割合も気になる。もしくはハードウェアとしての住居の価格に対する生活費の割合のほうが適切かもしれない。生活費はリボソームを動かす代謝エネルギーのようなもので、もっとエントロピーや情報量に近い、多数のコピーが可能になるという意味では、移動手段の数、靴、自転車、自家用車の数などどうだろうか。もしくは玄関ドアの開閉回数も興味深い。

もちろん玄関ドアの開閉回数は国勢調査の調査項目ではないけれども、玄関ドアの開閉回数を調査項目から推定する場合、関係のある項目をまとめて素因子と考える。谷口先生の解説によると、ダイバーシティ経営論の立場からは、ソーシャルカテゴリー理論や類似性アトラクション理論では、ダイバーシティがコミュニケーションの障害となって、経営に悪影響を及ぼすと考えるそうだ。似たもの夫婦が良いということだろうか。未知の特性量を推定する場合、既知の属性が似ているメンバーを集めればうまく推定できるだろうと考えがちなのだが、この層別解析は予期しにくい間違いとなる場合もある。筆者はこういった状況で、特に重要な属性(素因子のようなもの)、例えば年齢などを、その他の既知の属性から予測して、その予測精度が良い部分集団をうまく選定すれば、その部分集団では未知の特性量もうまく推定できるという理論を開発している。類似性のネットワークを作った場合、近接する似たもの仲間ではなく、素直なつながりである程度遠くまでつながる仲間が大切なのではないかと考えている。

◆集団の中で人がつながる形

人のつながりは片思いのような(最近ではストーカーのような)有向グラフとなることが想定される。しかし、人のつながりを類似性で評価しようとすると、非対称な類似性をうまく表現する必要がある。経済学では、情報の非対称性に注目して2001年にノーベル賞を受賞した米国のジョージ・アカロフの理論がよく知られている。物理学や数学では非対称性のなかでも特に非可換な関係について詳細な研究が行われている。本稿でも何度か非可換な確率概念である自由確率論を紹介した。そもそもダイバーシティは非類似性の話なのだから、非類似性を非対称に表現する難しい問題になる。

経済学は難しい学問だけれども、経済活動をやめるわけにはいかない。引きこもっていても、独房の中でさえ、人は多くの人々の経済活動によって支えられている。世帯構成のようなミクロな話が、国家の経済政策のようなマクロな話とどういう関係があるのだろうか。物理学のように、ミクロの世界を統計的に解釈すればマクロな世界になるほど単純ではないことはよくわかる。物理学でも、量子論ではミクロな世界にマクロな世界から「観測」過程として介入することを理論化しないと、単純な統計処理ではうまく説明できないことがある。世帯に国家から介入する場合、税金であれば経済学の問題であっても、政治的に徴兵されるのは別問題だろう。最近では首相や大統領の仕事に家族が介入するのだから、マクロ経済学は難しい。

世帯などのミクロな経済活動において、非可換性や素因子を想定することは、離散的な世界、すなわちデジタルな世界を前提としている。多くのマクロ経済学は微積分が可能な連続量を取り扱い、アナログな世界のように思われる。コンピュータ技術が飛躍的に発展し、世界がデジタル化してしまうと、ミクロな経済活動がそのまま、国家レベルの経済活動まで延長されるかもしれない。大統領の仕事に家族が介入するように、ミクロがマクロに介入することも容易になってきた。マクロ経済学もデジタル化される時代になってきたようだ。

◆マクロ経済学におけるダイバーシティ

地球経済学という言葉がある。地球規模での経済政策について考えるもので、環境問題や貧困の問題を経済活動との関連で研究対象にしている。実際に、脱化石燃料はエネルギー政策として大きな課題だし、世界人口の99%が貧乏人という富の集中の時代にあって、経済分析もお金の動きだけを見ていては時代の変化をとらえきれなくなる。1%の富豪がとても個性的に見えて、99%の貧乏人が同じように見えるのは何故なのだろうか。環境問題で希少種の絶滅が問題になるのに、病原菌やウイルスの新種がどの程度増加しているのか予測すらできない。

マクロ経済学は国家や市場のシステムを分析して政策提案する。しかし、地球規模での経済システムはいかにも巨大で、複雑系としかいいようがない。そこでプロセス、例えば国際協力の意思決定プロセスなどに論点を絞れば、多少科学的な議論が可能になるだろう。『貧乏人の経済学―もういちど貧困問題を根っこから考える』(アビジット・V・バナジー,‎ エステル・デュフロ、みすず書房、2012年)はランダム化対照試行による統計的意思決定理論を推奨している。筆者が慣れ親しんだ臨床試験の方法論で、前世紀に大成功を収めた。最近ではインターネットのWEBマーケティングでも活用されている。あえて前世紀の方法論として紹介した理由は、臨床試験においては主にコストの問題で医薬品開発の足かせとなりつつあり、バイオマーカーなど新しい方法論が模索されているからだ。筆者は画像バイオマーカーの実用化に従事していた。画像データは空間統計がうまく使える。心電図などは時系列解析や複雑系解析なども試みた。経済問題でもソシオマーカー(筆者の造語)のような、例えば衛星画像やIoT(モノのインターネット)データを使った新しいアプローチもありうるだろう。要点はシステムではなく、プロセスに焦点を絞れば、様々な数理的な方法論が使えるということだ。どのようなプロセスに注目するのか、プロセス間の相互作用も含めて、専門家の着眼点が問題を切り出してくる。

地球規模のマクロ経済学におけるダイバーシティは貧富の差だけではなく、宗教や政治体制の差異による経済システムそのものの多様性も含まれる。マクロ経済学がデジタル化されてゆくと、経済活動はデータによってリアルタイムに監視され、計算可能な世界だけが現実的な世界を覆い隠してゆく。データを支配するものと、データによって支配されるもののダイバーシティは非対称であり、貧困にも似た深刻な社会問題となるだろう。どの程度の社会的多様性を受容するのか、どうすれば社会的多様性は自律的で持続可能な社会的「進化」となるのだろうか。

地球規模のマクロ経済学があまりうまく機能していない、大きな問題が根本的に解決されたとは思えない、地球環境や人類の未来に関する不透明感が増大する中で、人工知能(AI)による不気味なデータ支配が進行している。物理学や経済学が何かを見落としている、学問として十分にデジタル化(代数化)されていないために、時代の変化に追いついていないように思われる。しかし代数学自体も完全ではない。

素数は発見されれば計算可能だけれども、全ての素数を発見する計算方法は知られていない。個性は独立でありたいと願う個体の表現活動によって「発見」されるものだと思われる。独立でありたいと願う理由は、独立ではない、何かに従属させられている、支配されていると感じるからだろう。先進国では認知症が問題となり、開発途上国ではHIVウイルスが蔓延(まんえん)する。日常生活のデータを回すことができるようになれば、コンピュータとの共存も視野に入ってくる。AIとともに日常生活を見直すことが、地球規模の問題解決にも役立つことを期待したい。

参考1;リボソーム
地球上の全ての細胞に含まれる細胞小器官(RNAとタンパク質の複合体)。 mRNAの遺伝情報を読み取ってタンパク質を合成する。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%9C%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%83%A0

参考2;世帯
世帯の定義は各国・各機関で一致しておらず、同じ国でも統計調査の目的から世帯の定義の見直しが行われることがある。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E5%B8%AF

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