重ねる対話、治療共同体の動き方―退院促す精神医療(1)
『ジャーナリスティックなやさしい未来』第120回

12月 11日 2017年 社会

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引地達也(ひきち・たつや)

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一般財団法人福祉教育支援協会専務理事・上席研究員(就労移行支援事業所シャロームネットワーク統括・ケアメディア推進プロジェクト代表)。コミュニケーション基礎研究会代表。精神科系ポータルサイト「サイキュレ」編集委員。一般社団法人日本不動産仲裁機構上席研究員、法定外見晴台学園大学客員教授。毎日新聞記者、ドイツ留学後、共同通信社記者、外信部、ソウル特派員など。退社後、経営コンサルタント、外務省の公益法人理事兼事務局長など経て現職。

◆朝の回診後に参集

午前9時。木目調の本棚に囲まれたフロアに木目調の長机と椅子、脇にはしゃれたカウンターがありコーヒーの香りが漂う。長机の上にはノートブックのパソコンが並び、壁の一面にはスクリーンがおろされている。「はじめます」とマイクからの声が室内に響き渡った時には、まだ3割ほどの席が空いていたが、やがて席は埋まり、大画面には患者の名前と状態などが出され、「ミーティング」が本格的に始まっていく。

のぞえ総合心療病院(福岡県久留米市・堀川公平院長)の毎朝の風景は、緊張感と温かさが同居する。開始9時から遅れて着席する人、中座や携帯電話での対応する人が多いのは、150床ある院内の入院患者の毎朝の回診を終えて駆け付ける医師、約30人の精神保健福祉士のほか、ソーシャルワーカーらは常に動いている現場からの連絡を受け、対応する必要があるからだ。

それでもミーティングは一人一人の患者や利用者の名前とともに進められる。外来・入院患者の診療結果や状態だけではなく、運営する共同生活援助やグループホーム、訪問看護の報告、多機能型就労支援事業のレストランやカフェの利用者の状態から売り上げまでスクリーンに明示されていく。

「佐藤さん(仮名)が、カミソリを隠し持っていました」

「何に使うつもりだったのかな」

「田中さん(仮名)とは、相性がいいようです」

「田中さんと同じ部屋にしてみようか。田中さんとお話してみることできるかな」

出席者は一見、誰が医師かはわからない。医師が「白衣を着ない」うえ、全員が私服であることから、どこか自由な空気もある。医師やソーシャルワーカーの飛び交う意見は、やがて一つの方向におさまっていく。

精神保健福祉士の女性スタッフは、参加当初は緊張してミーティングでくたくたになった、と言うが、今は慣れた口調で複数の意見を整理し、集約し、方針の決定を即座に行う。ここでは「水平型」のコミュニケーションが基本だから、医師の意見が絶対ではない。

◆患者の声を聴く

この日の午後、入院病棟にあるミーティングルームでは車座になった入院患者とスタッフが「患者・スタッフ(PS)ミーティング」を始めた。患者は8人、スタッフ4人も同じ車座の中に等間隔で座っている。

進行役である作業療法士の女性スタッフが柔らかい口調でこう語り掛ける。

「この1週間は何がありましたか」

患者は順番に話をしていくが、話が終わったところで他の患者から手が上がり、発言者に関して気になったことを話していく。

「ここ最近私のことを気にかけてくれてうれしい」

「集中して編み物している姿がすごいなと思いました」。

それらの言葉はすべて発言者に対して肯定的で、他の患者からの言葉に涙を流しながら、「ありがたい」と感謝する高齢の女性患者もいた。その感謝の言葉の意味を、スタッフはちょっとした言葉で意味づけていく。

ゆったりした時間の中、温かい雰囲気で進んでいくPSミーティングはこの病院の「治療」の中でも重きを置いているメニュー。毎週1回、定期的に1時間程度行われる。話す主なテーマは、「責任レベルについて守られているか」「服薬の自己管理レベルは守れているか」で、このレベルは病院独自の基準により決められた、散歩の範囲(病院内、病院外の決められた領域など)や、服薬を自分で行うか、スタッフ同伴で行うかなど、病状に合わせた「行動」の段階である。それぞれの行動の段階を上げて、「自分だけで出来る範囲を大きくする」という意志が治療への意欲につながる、という構図だ。

対話が進められる穏やかな空気はどのようにして作られるのだろうか。対話のメンバーであった臨床心理士、看護師、ソーシャルワーカーらは口々に「なぜでしょうね」と首をかしげるが、結局は知らないうちに出来上がった形で、それは「文化なのでしょう」と一致した。

◆「退院させて」が消えるとき

「何でそんなに変わったのだろうね」「いつも、いつの間にかいなくなっていたのにね」。

その日は「社会復帰ミーティング」の日で病院内のホールには堀川院長を中心に患者の輪ができ、職員や支援者も囲んだ。その数40人。

堀川院長が患者に語り掛ける姿は、医師風情の色を消していた。対話を促す「近所のおじさん」のような役割に徹するように、顔を崩しながら、言葉も崩しながら、語り掛けていく。マイクを手にする患者にもかしこまったところはない。

院内のミーティング活動は活発でデイケア活動の一環としても機能している。「うつ病ミーティング」「アルコールミーティング」「薬物ミーティング」「摂食障害ミーティング」など病状や置かれた状態などに分けられたものや「心理教育ミーティング」「料理教室」「音楽療法」など学びに関するものもある。さらに入院患者の作業療法、スポーツなどのレクレーションを眺めると、病院は楽しそうなコミュニティにも見えてくる。

のぞえ総合心療病院は、1965年に開設された医療法人光生会野添病院を前身とし、当初は100床の統合失調症の慢性期中心の収容型病院だったのが、1994年に堀川公平院長が理事長に就任し、病院改革を進めた。「治療共同体モデル」に基づく「力動的チーム医療」という方法で取り組み、結果2156日あった平均在院日数を40日台まで減少させ、全床スーパー救急病床の急性期治療型病院へと生まれ変わった。

「最初はずいぶん人が辞めていった。堀川先生は勉強させるからって言って」

そんな改革当初の苦労話をしながら、堀川院長は毎朝の回診の「結果」をこう語る。

「みなさんが『退院させて』って言わなくなる。毎日診るから、言わなくなって、信頼関係ができるからね」

堀川院長が進めてきた改革は、対話の文化として治療チームと患者に根付いている。精神医療の「新しい方向」を進んできたのぞえ病院について、複数の精神科医や医療関係者は「のぞえ以外にはできない」「あれでは普通、経営は成り立たない」と口をそろえた。なぜのぞえ病院だけが「出来る」のであろうか。

そこには、思いを言語化し、形と行動にする文化が見え隠れする。精神医療のこれまでとこれからを考えるため、新たな取り組みを続けるのぞえ総合心療病院の現場から4回のシリーズで報告する。

※『ジャーナリスティックなやさしい未来』過去の関連記事は以下の通り
第115回 相模原事件を考え、学び、語らうことを続けたい
http://www.newsyataimura.com/?p=6821

精神科ポータルサイト「サイキュレ」コラム
http://psycure.jp/column/8/

■ケアメディア推進プロジェクト
http://www.caremedia.link

■引地達也のブログ
http://plaza.rakuten.co.jp/kesennumasen/

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